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レイン・シャーク  作者: 西武球場亭内野指定席
第3章
23/61

第22話

『雨谷、大切な話がある。今晩、みゆきと川島と一緒に新宿東口のいつもの店に来い。川島にも話は伝えてある』

メッセージを残すと、奈央はゆっくりと安楽椅子に腰掛けた。



PM 20:15

新宿東口某所の中華料理店

祐介、みゆき、川島の3人は雑居ビルの階段を降り、おもむろに店に入っていった。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「先に2人連れの方が来てるはずですが」

そういうと、少し間を置いて…

「川島様ですね。奥の座敷で薬師寺様がお待ちです」

そこには、奈央と小橋川の2人がいた。

「さて、大切な話ってなんだい?」

祐介がきく。

「その前にメシにしようか。話は食べてからでいいだろう」


30分後

「そろそろ話をしましょう。まずは川島から。先日電話で話した通り、中国の重慶という町の外れにある黒い底なし沼についての調査依頼を命ずるとともに、雨谷くんの護衛任務の終了を命じます」

「それはつまり、山本さんと雨谷さんに対する脅威が消えたということでよろしいでしょうか?」

「その通りよ」

「かしこまりました。ひとつよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

突然の質問に奈央が少し戸惑う。

「中国への渡航には手間と時間がかかると思いますが、どういう名目で入ればいいのでしょうか?」

「まずは一旦香港に行きなさい。そこから先は現地で指示を出します。川島さんは支度をすればいいです」

「かしこまりました」

そういうと、川島は一旦座敷から離れた。



「さて、ここからは雨谷に対する話だ」

部屋の中に一瞬の静寂が訪れる。

少し経ってから、奈央はゆっくりと口を開く。

「雨谷、一旦うちに来い。みゆきも一緒にだ」

「いきなりどういうことですか?」

「君に知る権利があると思うか?もちろんみゆきも同じだ」

「突然ね」

「理由は言えないけど、一言で言うなら、自分の身を自分で守るためだよ」

その言葉に雨谷は震えた。

「薬師寺さん。もし俺があなたに失礼なことをしたというのなら謝罪させていただきます。もし俺の想像通りなら、みゆきが大切なものを失う可能性があります。もし今、みゆきが大切なものを失えば、今度こそみゆきはただの人形、それも殺人人形になってしまいます。ですからアレだけは絶対にやめてください」

「察しがいいな。でも、私がついてる。死なせはしないよ」

そう言ったとき、川島が慌てて座敷に戻ってきた。


「奈央様、小橋川さん、大変です。外に屈強な大男たちがたくさんいて、周りを囲まれてます」

「なんだと?」

「急いで逃げましょう」

と、祐介がいう。

「まて、むしろ好都合だ」

と、奈央が返す。

「でも武器なんか何もないでしょう」

と、祐介が反論する。

「私は武器無しでも戦えるけどね」

と、奈央。

「私はお嬢様の侍従であり、薬師寺家総侍従長兼特殊部隊訓練長であります。相手が何人いようと、自分が劣勢でもお嬢様を守るのが私の役目です」

と、小橋川。

「私はあくまでもメイド。しかし、薬師寺家のメイドたるもの、お嬢様やその客人を命をかけてでも守るのが掟でございます」

と、川島。

「私も戦う。ユウスケは隠れてて」

と、みゆき。

「わかった。俺は掃除のロッカーに隠れる。掃除用具を目立たない場所に置いてくれ」

というと、祐介は掃除用具をどけて掃除用ロッカーに隠れた。


数分後、屈強な男達を引き連れた女が店に乱入してきた。


「薬師寺奈央ってのはどなた?」

その時、小橋川が前に出る。

「あなたが薬師寺奈央さん? 」

「いいえ、私は薬師寺家の侍従長で奈央様の元戦闘訓練係の小橋川マヤと申します」

「(小橋川さんの下の名前ってマヤだったんだ)」

と、祐介は軽く驚く。

「どこの誰ともわからない人に会わせるわけにはいきません」

「小橋川、下がれ」

「お嬢様」

と、奈央が小橋川を引っ込める。

「あなたが薬師寺奈央さんね。頼みがあるの」

「何だ?言ってみろよ。あと、名を名乗れ」

と、奈央がいう。

「名乗るほどのものではございません。知りたければあるものの輸送を請け負ってもらいたい。輸送先は薬師寺家本家の常闇の蔵」

「いつ、どこで何を輸送するか具体的に内容をどうぞ。なお、明日から3日間は依頼を受けることはできませんので今決めていただけませんと来週になりますよ」

「今日はあくまでも挨拶に来ただけですので、来週改めてお伺いいたします」

「待ってください。帰る前に聞きたいことがあります」

と、小橋川が聞く。

「何かしら?」

「いったいそのブツには何があるんですか?こんなにたくさん屈強な男を引き連れてまで私たちと話をしに来ただなんて、あなた何者ですか?」

「それは言えません。あと、私の名前はカルメンよ」

と、依頼主がいう。


「顔がモロに欧州系なのにカルメンは無いでしょう。偽名を使うならもっとマシな偽名を使いましょうね」

と、みゆきがいう。

「なんでわかるの?」

「私はアメリカ育ちよ。カルメンなんて名前、中南米やスペイン語圏で聞くからね。あと、あんたの英語、南部なまりが無い」

「よくわかったね。確かにカルメンって名前は偽名よ。だけど、私のおじいちゃんはコロンビア生まれ。これは本当。それじゃ」

と、いうとカルメンと自称する女は去っていった。


「雨谷さん、もう出て大丈夫ですよ」

小橋川がそういうと、祐介は掃除用ロッカーから出てきた。

「まったく、もう二度と掃除用ロッカーに隠れたくないぜ」

「死ななきゃ安いわよ」

「そりゃそうか。ところでみゆき、なんであの女が欧州系ってわかったんだ?」

と、祐介が聞く。

「彼女の英語はアメリカ英語じゃない。教わった場所はおそらくイギリスね。それに顔立ちはアメリカ人のそれでもなければ、ましては中南米のそれでも無いから、消去法で欧州系って言ったまで。確証は無いわ」

そういうことかと、祐介が納得すると

「雨谷、さっきの話だが、一旦保留だ。しばらく忘れろ。ただ、みゆきを借りて行っていいか?」

と、奈央が聞く。

「私は構いませんけど、みゆきはどうなんだ?」

「いいよ。別に」

この時、祐介はみゆきがああいう仕事をまたやるのかと思いながらも、無視することにした。

「小橋川、雨谷を自宅まで送ってあげなさい」

「かしこまりました」

そういうと小橋川はすぐに電話をかけた。


20分後、車中にて。


「雨谷さん、今日は大変でしたね」

「ああ。本当に大変だったよ。薬師寺家はいつもこうなのか?」

「今日が特別大変なだけです。普段からこんなに大変なわけではありません」

「それはそうと、あの運転手、随分と若く見えるけど、大丈夫なのか?」

「薬師寺家のメイドの中でも1,2を争うくらいの運転技術の持ち主で、二種免許も持ってますよ」

「二種免許ってことは、少なくとも21歳は超えてるよな?」

「はい、彼女は27歳です。顔はかなり幼いですけど」

その年齢を聞いて、祐介は戸惑った。

何しろその運転手の顔はどう見ても高校1年生、下手したら中学3年生にも見えるような顔である。

「彼女もかなりヘビーな過去がありますからね。水野さんの推薦でうちに来た人です」

「また水野さんがらみですか…」

祐介がそういうと、彼女は少し顔を赤らめた。

「水野さんいわく、わずかながらサキュバスの力があるらしいですけど、戦闘員には向かないから非戦闘員として薬師寺家でがんばってもらってます」

「サキュバスってあんなのばかりじゃないよな」

「水野さんはかなり特殊ですから。しかし、私の方が戦闘力が上ですよ」


こうして、祐介らが乗った車は街の雑踏から離れていった…



〜〜〜〜〜〜

3年前


「もううちは終わりだ。逃げるしかない」

「オジキ、諦めちゃダメだ」

「あの殺し屋連中が動いているとみて間違いないんだ。昨日うちの傘下の組のヤミ金融の連中が皆殺しにされてた。だから次に殺されるのは俺たちだ。警察もまともに捜査してねえ」

その刹那、ヤクザ複数名の身体が真っ二つになった。


「ふぅ…本当によかったのか?」

「ああ。拉致して臓器や血液を全部売り払ってしまうよりは楽だからね」

「警察がこんなことしてるから驚きだよ」

「俺たちは懲罰を与える特殊部隊だ。警察であって警察ではない。犯罪者を見せしめに残酷な形で殺すのは海外ではよくあることだよ」

「しがらみってのは嫌だねえ」

「むしろ俺たちは薬師寺家が裏切らないかどうか心配だよ。フリーランスの殺し屋ほど厄介なものはない」

「俺たちの雇い主は国でありあんたら諸田家だよ。雇い主を裏切らないのは薬師寺家のポリシーだよ」

「ただ、悪人は裏切るんだよな」

「その通り」

そういうと、2人は新聞のある切り抜きに目を通した。

『米軍 ウイグル族救出へ』 『特殊部隊派遣 議会の承認得る』


「いよいよ米軍も本気だね」

「うちの闇ルートもここいらが潮時だろう。助けに行くか見捨てるか。どっちにしても厄介ごとは嫌だねえ」

「まあいいじゃないか。それと、イスラム圏で不穏な動きがある。一部の原理主義者団体がウイグル族救出のために動こうとしてるそうだ」

「闇ルートはどのみち終わりだからね。この情報が本当なら事後処理はやりやすいな」



つづく

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