第20話
武蔵グループ本社ビル
昼頃、社長室のホットラインが鳴った。
電話は薬師寺家当主の敏夫からだった。
「時間がないから端的に言う。緊急の用件だ。とにかくうちの会議場に来い。場所と時間はメールで送る」
ちょうど昼食を終えたばかりの広田社長は、この日の午後の視察の予定を急遽キャンセル。速やかに山部美咲弁護士、雨谷祐介、山本みゆきの3人を呼びつける。
「社長、何の用で急に呼び出したんですか?」
「話は後だ、すぐに車に乗りたまえ」
こうして、理由も説明されないまま、祐介、みゆき、山部の3人は車に乗る。
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薬師寺家が用意した会議場には薬師寺家の直参の幹部達が集まっていた。
薬師寺家の直参の幹部には、実戦経験豊富な者が多く、外務省が直接行えないような情報収集や諜報活動を主に行う者はもちろん、世界各地の紛争地帯での傭兵の経験者から自身の特殊能力を活かした地雷除去業者(兼軍事会社)の代表者まで、そのほとんどが血なまぐさいところや硝煙の香りが漂うところで生きてきた人間ばかりである。
「うわぁ…ヤバい連中だらけじゃねえか」
祐介はただならぬ殺気を感じていた。
「これみんな、死線をかいくぐってきた連中?」
みゆきが聞く。
「ざっと見ただけで70人くらいいるよ。相当な数だ」
「私もそれ相応に死線はかいくぐってきたつもりだけど、あれ全部と戦えって言われたら降伏するしかない。少なくとも私より強いのが8人はいる」
「(この場に乙坂がいたら、大体の人間のことを知ってるんだろうな)」
などと思う祐介だった。
「雨谷、なんでこんなところにいるんだ?」
祐介に声をかけたのは薬師寺奈央だった。
「社長に呼ばれたんだよ。スーツを着てこいって言われて」
「そうか。おや?山本みゆきじゃないか?君も呼ばれたのか?」
「そう。私も呼ばれた」
みゆきが無表情でいう。
「礼服、似合ってるじゃないか」
「昔の仕事の都合でこういう服は持ってるのよ。フルネーム呼びはあまり好きじゃないから今後は苗字か名前で呼んで」
「そうか。じゃあ下の名前で呼ぶよ。私のことは奈央って呼んでいいぞ。ただし、雨谷、お前はダメだ」
と、軽く笑いながら奈央がいう。
「わかってますよ。大学の頃からそうだったじゃないですか」
そうこうしているうちに、薬師寺家当主の敏夫が話を始める。
「今回、皆さまにお集まりいただいたのは、皆さまの中にロイヤルダークソサエティにつながる連中がいるのではないかという嫌疑があるからです」
ロイヤルダークソサエティ
正式名称はイギリス王立魔術研究会。
かつてイギリス女王の影武者を務めた者が作り上げた魔術結社であり、その組織の全貌は謎に包まれている。
創設者は齢120を過ぎた今も生きており、それ故に魔女王と呼ばれている。
「私は皆さまを信用しております。今日集まった皆さまはあの戦いを共に戦ったからです。もし、この中に裏切り者がおり、裏切りが発覚した場合には、裏切り者を1人も生かしておくことはできなくなります。もちろん、関係者全員に加え、関係者の家族、ペット、親類縁者も全員殺すことになります。 私達はたとえその者が便所に隠れていようとも殺すことが出来ます。これは先の戦いでわかっているはずです」
「裏切り者なんか1人もいないわよ」
話を切り裂くように、1人の女が入ってきた。
「誰だ?この女は?」
若い組員がガンを飛ばす。
「みゆき、あいつ何語で話しているんだ?」
「英語。それもクイーンズイングリッシュよ」
「私はロイヤルダークソサエティのアマンダよ。今日は挨拶に来ただけよ」
アマンダを直参の幹部連中が取り囲む。
「てめえ日本語で話せや」
「待て。ここからは俺とアマンダの話だ」
と、敏夫が止める。
その気迫に押された直参の幹部連中は引き下がる。
「さて、アマンダさん。何が目的でこんなところに来ているんだ?理由くらい言ったらどうだ?」
「随分と英語がお上手ね」
「通訳の仕事を営んでるからね。それに俺は外務省関係の仕事もやってる。英語が使えなきゃどうしようもないだろ」
「私の目的は薬師寺家の龍のことよ」
「そんなこと誰から聞いた?」
「魔女王よ」
敏夫は少々黙った。
魔女王はイギリスの裏社会では有名人中の有名人だが、あまり人前に姿を現さず、普段は自分のアジトに身を潜めて暮らしているという。
なお、魔法の素養のあるものが魔女王の悪口を言おうものならその日のうちにトラウマを植え付けられるという噂もある。
「そうですか。この話はまた後日改めて行うことにしましょう。今日はあくまでもパーティーだからね」
「今度は、ちゃんとした人だけにしてね。ここにいる人たちの中には紳士が少ないわ」
そういうと、アマンダはどこかへ消え去ってしまった。
「なんなんだあいつは」
「全くだ」
「皆さま、大変失礼しました。この後の第2部は衆議院議員の神部一郎君を励ます会となります。時間は18時からですので、ご参加の方は引き続きこの場所でお待ちください」
神部一郎議員といえば、典型的な二世議員であり、昨年神奈川2区で当選。
その選挙の直前、神奈川2区の大物議員が引退し、その議員と神部の父親が義兄弟だったため、三バンがそのまま受け継がれ、野党の支持者から非難を浴びるも、最年少議員ということや、甲子園優勝投手(港南学園高校1年次の夏の甲子園大会決勝戦で10奪三振を挙げ完封勝利し優勝。のちに東京大学へ進学)初の衆議院議員ということもあり、メディア受けがよかったこともあってか、一年生議員の中では一番好感度の高い議員である。
「うまいこと考えてきたな。直参の幹部を集めたかと思いきやその後に企業の幹部連中やら取締役たちを集めて政治資金パーティーとはね」
「それってどうなの?」
「時間さえ被らなければ当日に他のことやっても問題ないからね。それに、政治家に献金しておけば恩を売れるだろ?」
「ねえ、ユウスケ?」
「どうした?」
「この後のパーティーって私たちは出なくていいんだよね?」
「社長に聞いてみるよ」
数分後…
「パーティーには社長と山部だけ出るから俺たちは帰っていいって。タクシー呼んで帰っていいってことで車代をもらっちまった」
「そう。じゃあ退散しましょう」
その夜、パーティーが終わった後
敏夫は始祖六家の代表者らとテレビ電話会議を行っていた。
「と、いうわけで、日取りが決まったら全員に集まっていただきますようお願いいたします。忙しいことは承知していますが、何卒お願いいたします」
数日後…
大手町の武蔵ビルには薬師寺家の3人に加え、薬師寺ファミリーの直参の幹部3人、本家のある甲賀の忍者部隊の軍団長の名代、広田社長、さらには他の始祖六家の代表者(実際の代表者が来たのは榎本家のみ。あとは名代をよこした)が集まった。
これだけの人数を集めると流石に壮観である。
対する相手側は大英帝国王立魔術研究会のアマンダ、極東支部長のトマソンほか3人が来ていた。
「はじめまして。私は王立魔術研究会極東支部長のトマソンです」
「薬師寺敏夫です。よろしく」
「話は君も聞いているとは思うが、中国の重慶というところで発生した消滅現象と呼ばれるものはご存知かな?」
「いや、わかりませんね」
と、敏夫が質問に答える。
「その地域に突然黒いものが現れ、そこにいた人やものは全て黒いものに飲み込まれて消滅した」
「消滅…」
「そう。そしてその黒いものは毎日少しずつ大きくなっている。中国は今内戦の途中で情報が全く流れてないが、それでも衛星写真はごまかせない。これを見てくれ」
そういうと、トマソンは1枚の写真を見せた。
「これは、中国の重慶の北側のあたりを写したものだが、右上のあたりに黒い丸があるだろう。あれが消滅現象そのものだ」
「日本に来るのでしょうか?」
「それはわからない。ただ、一つ言えるのはアレを放置したら世界が崩壊する」
「崩壊ですか…」
「世の理を破壊するものだ。しかもそれは徐々に広がるものだからね。広がりすぎたら大変なことになるぞ」
それから数日後、さるインターネットのゴシップニュースサイトで、中国において謎の怪奇現象が続発しているというニュースが流れた。
つづく
次回をお楽しみに。




