第1話
喰鮫
その名は、完全無欠の殺し屋。
誰のためでもなく、ただ依頼に応える。
裏切れば確実に死ぬと恐れられるほどの強者だが、その正体は謎に包まれている。
俺、雨谷祐介は、何の変哲もないただの冒険ギルドに入り浸るだけの冒険者。
父母ともに死んだが、莫大な遺産のおかげで平和にのんべんだらりと過ごしていた。
あの日、喰鮫と出会うまでは…
西武園競輪場
ダンジョンの換金所が近い立地もあり、普段なら客も入るが、この日は本場開催は無く、場外発売(その上、立川もなぜか本場開催中)のため、そこまで多くはなかった。
俺はいつものようにバックスタンド1階で横になっていた。
発売所が第1センタースタンドとサイクルシアターに集中しているため、普段は誰も来ない。そこで横になっていると、一人の女を見かけた。身長は150cmくらい。しかし、その女からただならぬ気配を感じ取った。
11レースが終わった後、いけないこととわかりながらも、その女についていった。それが、運命を変えるとも知らずに。
数十分ほど歩く。そこは多摩湖の緑地だった。薄暗い林の中で、女が誰かと喋っていた。その時、喋っていた男が突然倒れた。
やはり読み通りだった。
この女は殺し屋だ。うかつに近づいたら殺される。そう思い、急いでこの場を立ち去り、逃げようとした。
しかし…
「あなたは誰?」
女が話しかけてきた。後ろからナイフを突きつけて。
「返答によってはあなたを殺すわ」
どうも一部始終を見ていた俺を始末したいらしい。
「俺はこのあたりのダンジョンを管轄する、武蔵ダンジョンギルドソサエティの構成員の雨谷祐介だ。武器を収めてくれないかな?」
「あなたが丸腰なら、考えてみる」
そういうと、彼女はボディチェックを始めた。
こんな場面でもなければうれしいのにと思っていると、
「これはなに?」
彼女が1枚の紙切れを持っていた。
よく見るとそれは車券だった。
宇都宮 12レース
3連単 3-7-5
合計1枚 1000円
西武園場外
そういえば第12レースの前に彼女を追って多摩湖の緑地に行ったなと思いつつ、
「これは車券だ。結果を見てないから当たりか外れかはわからないが」
「そう。ならいいけど。でも、見たんでしょ?さっきの一部始終を」
反論できない。このままじゃ殺される、そう思ったとき、なにかを感じた俺は、
「危ない!伏せろ!」
と、とっさに叫び、俺と彼女が伏せると、後ろの木に矢が刺さっていた。
「クソッ!気づかれた!逃げろ!」
矢を放った男が逃げようとした。しかし、男の太腿にナイフが刺さる。
軽く30M以上は離れているのにと思っていると、いつの間にか彼女は男を始末していた。
「ありがとう。あなたが叫んでなかったら死んでいたわ。私は山本みゆき。いろんなところから喰鮫って言われている殺し屋」
「みゆきさん。住まいはどちらですか?」
「私に住まいは無い。流れ者っていうのかしら?」
妙なことになってきたぞと思っていると
「しばらく世話になりたい。お前は命の恩人だからな。恩返しだ」
少し考えていると、突然、
「泊めろ。でなければここでお前を殺す」
急展開だった。突然女の子(しかも伝説級の殺し屋)が押しかけることを強要してきた。
しかもナイフを突きつけて。
「私は追われてる身だ。納得いかなくても納得してくれ」
みゆきはすがるように頼み込んできた。
そりゃあ俺も納得するしかない。
こうして、弱小冒険者と伝説級殺し屋の同居生活が始まってしまった…
その頃
「なにっ!喰鮫を逃がしたばかりか、追手を皆殺しにされただと!?」
「申し訳ありません。しかし、喰鮫が日本にいることは間違いありません」
「もう失敗は許されん。もしも喰鮫が始祖六家に加担するようなことになれば、わが組織は終わりだ。何としてでも喰鮫を生け捕りにして連れ戻してこい」
「はい。承知しました」
つづく
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