握りしめていた物
学園の中に、后の他に5人使い魔がいること。
掲示板を使って連絡し合っていること。
氷川美智は『夢王』に操られている事。
簡単に、事の成り行きを説明した。
使い魔の一人が清水先輩だったと伝えると、琴音は「やっぱり」と笑っていた。
琴音が感じた違和感、それを最初に感じたのが清水先輩だったらしい。
なら、私にも何か違和感を感じていたのかと聞いた。
「お父さんの気配は、私には近過ぎて分からないのよ。少しは感じたのだけど、お父さんが気にかけて守りを施してくれていたのかと思っていたわ。」
いや。それは強く否定しておく。会う度に嫌味を言ってきたり、軽いとはいえ攻撃をしてきたりするような奴がそんな事するわけない!今までされた事を思い浮かべて、怒りにフルフル震えている私に、琴音は「そんな事ないわ。お父さん、きみの事気に入っているから。」と笑ってるけど、背筋に寒気が走るくらいにその言葉を否定する。
ようやく在り付けたお弁当。
緊張感が抜けて、再び自己主張を始めたお腹へとご飯をかきこんでいく。
どれもこれも私の好みな味付けで、箸が止まらない。
「空腹が何よりのスパイスだって言うでしょ。」
美味い美味いと言う私に、琴音は呆れていた。
箸の動きを止めることなく口の中に、おかずに、ご飯にと放り込んでいると、琴音が水筒から暖かいお茶を出して、差し出してくれる。
水筒のコップに入ったほうじ茶を飲み込み、喉から詰まらせたご飯を流し込む。
琴音に、落ち着いて食べなさいと怒られながら、胸元を叩いていた私はフッとあることを思い出した。そういえば、あれってポケットにしまったままだなと、胸ポケットを少し開けて中を覗いた。
「きみ?」
「ねぇ、琴音。これって見覚えある?」
箸を口に銜えて手を空けると、もごもごと箸を落さないように言葉を発して、胸ポケットからピンクのクマのぬいぐるみがついたキーホルダーを取り出した。
「可愛い。」
チェーンの部分を摘まれ、ブラブラと揺れるクマ。
そのクマを突いきながら、首を傾げて考え込んでいた琴音だったけど、心当たりはないわねと首を振った。
「どうしたの、これ?」
「朝、目が覚めたら手の中にあったんだよねぇ。私のでもないし、怪我した時とかに誰かのを持ってきちゃったのかと思ってさ。」
「そんな話は誰もしていなかったと思うわ。それに、治療している時に持っていたのなら外されていた筈だもの。お見舞いに来た人たちのじゃないかしら。」
「えぇ~?しっかりと握りしめてたんだよ?落ちてたとかじゃなくて。」
もう元に戻ったけど、朝起きて手の中を見た時には形が少し崩れている程度には長く握り締めていたようで。見舞いにきてくれた人とかじゃない気がしたんだけど。
「寝ている時に、近くにある物を何であろうと握り締めちゃう癖があるでしょ。」
小さな頃から、学校に行く際に寝汚い私を起こしたり迎えに来てくれていた琴音は私の癖を良く知っている。
「そんな昔の話。最近は、そんなことしてないよ」
最近は朝、起きた時も手には何も持っていない。ちょっと指先が痺れていることはあるけど。すぐに痺れは取れるし問題は無い。
「いいえ。朝、起こしに行くと枕とか本とかを握りしめてるのよ、毎回。握り過ぎて、指先が真っ白になっているもの。」
枕はいいけど、本はもう枕元には置かないようにしなさいねと、ニコニコと笑う。
「それで、医務の先生には相談したの?」
「ううん。起きた直後から検査やら何やらで忙しくて、話しかけようが無かったよ。ポケットに入れておいたら、今の今まで、すっかりこれの事忘れてた。」
改めて、裏に表にとクマを見るけど、手がかりになりそうなものはない。
「後で聞きに言ったら?」
琴音が言うとおり、医務室に聞きに行くのが一番手っ取り早い方法だよね。
「ん~今から行って来る。しまったら忘れる自信があるもん。」
最期に残しておいた卵焼きを口に放り込み、蓋をしたお弁当箱をしまい手を合わせて「ご馳走様」と頭を下げる。
昼休みが終わるまで後十分程。
走っていけば、医務室で話を聞いて教室に戻ることは出来る。
「これ、洗って返すね。」
お弁当箱をしまった巾着袋を手に、ベンチから立つ。
「構わないわ。私の分もあるんだから。」
持ったまま走ろうとしたけど、琴音にさっさと巾着を取り上げられた。
ごめんねと言って走っていく后。
病み上がりなのだから走ったりしては駄目だと言うべきところなのだけど、そんな小言を后が受け入れてくれた事なんて出会った頃から一度もなかったものだから、諦めている。
昔から、男の子よりも腕白で、クラスの男の子たちともよく手や足が出る喧嘩をしていたなと、当時の様子を思い出して笑いが零れる。
あれは、后や私の家について色々とからかってきた事に怒ってのことだった。
相手がどんなに人数が多くても挑みかかっていく后に、それを止めようとした私がボロボロに汚れてしまい、駆けつけて喧嘩を止めた先生には二人で怒られた。事情をよく理解してくれていた先生は、男の子たちを怒鳴って叱った後、こういう時は手を出さずにいろと注意してくれた。そうすれば、相手の子たちが全面的に悪いって堂々と叱れるだろうと、あの頃にはあまり理解出来ない怒り方だった。
意味が分からなく、そして悔しくて泣いている私たち二人を向かえにきてくれたのは、世話を焼いてくれていた二人の兄的存在。
それは、二人がそれぞれの新しい家に引き取られていくまで続いた。
「あの、ぬいぐるみ。もしかして・・・」
あの頃、学校の女の子の中で流行ったおまじない。
后と一緒に、お小遣いを集めて電車に乗って隣町の雑貨屋さんに行ったことを覚えている。
初めて二人だけで乗った遠出をした。
帰って来た時には、院長先生に珍しく家に来ていたお母さんに心配させたと怒られたことも覚えている。
あの時買ったものも、ピンクのクマのキーホルダーと黄色のクマのキーホルダー。
后が持っていたピンクのクマは、しばらくして失くしてしまったと言っていた。
二人が居なくなってしまった後の事だったせいで、そちらの方が悲しくて、失くしてしまったこともいつの間にか忘れていた。
「やっぱり、彼が・・・」
もしかしたら、とまだ予想でしかないことを考える。
本当だったら后も喜ぶな、でも后の性格を考えると怒るかも知れない、近い将来に起こるかも知れないことを思い浮かべ、喜びがあふれてくる。




