目覚めて
「おはようございま~す」
教室の扉を開けて、大きく朝の挨拶をする。
その瞬間、教室中の視線が私に集まる。
起きてみてビックリ。十日間眠りっぱなしだったという私の突然の登校に、皆驚いていらっしゃる。
そう、あれから十日間眠っていたんだって!
学校初日からの十日間って、色々嫌な予感しかしないんだけど・・・主に勉強の方面で。元々不安しかない成績なんだし。
あぁぁ、めちゃくちゃ気恥ずかしいし、憂鬱だ。
「あと10分で四時間目が終わるって時に来るなんて、勇気あるなお前。」
黒板に白いチョークを向けていた先生が苦笑をもらす。
私としては、全然時計とか見ないで来たので、そんな時間なのかと驚いた。
「朝、医務室で目が覚めて今まで検査してたんです。」
先生に差し出したのは、保険医に持たされた遅刻届。これに担任とその時間の教科担当の印を貰い提出すれば遅刻が免除される。
「えーっと」
「数学担当の林だ。
十日分のプリントを机の中に入れといたから、来週までに提出しろよ。」
体育担当といわれた方がしっくりするんだけどなぁと思いながら、「林」と判子を押してもらった遅刻届をカバンにしまい自分の机に向かう。
涼や要たちに手を振りながら進み席に着く。そして、琴音に笑顔で挨拶をした。
「おはよう、きみ。」
あ、あのぅ、琴音さん?
とっても良い笑顔でいらっしゃるんですけど・・・何か怒っていらっしゃる?
普段から微笑みを絶やさない琴音ではあるけど、今日の微笑みは何となく重さを感じる。私が犬だったらお腹見せて尻尾を丸めていることだろう・・・
「お昼に、ちょっと話があるから。逃げては駄目よ、きみ。」
「は、は~い」
私の寿命は、あと6分。
そんな気持ちで、教室の前に掲げられた時計の秒針を見てしまう。
机の中を嫌々ながらチラっと覗いてみると、溢れるプリントたち。
この一週間にあった授業の課題に、校報などのプリント。
多分、8割くらいは課題の方だと思われる。
これって、何時になったら終わらせれるのか、今から死にそうな気分になった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、林先生が教室を出て行くと、クラスの皆が私のもとに群がってきた。口々に、「体の調子はどうだった」などの色々な問いかけをしてきてくれて、強面とか問題児扱いされている生徒が集められてクラスにしては良い奴等ばかりだなぁと笑いが溢れてくる。
「それにしても災難だったな、六衡。
凶暴な幻獣に襲われたB組の氷川さんの暴走に巻き込まれたんだろ?」
「西の森で、そこまでの大物が出るなんて滅多にないのにな。」
男子たちの声を聞いていると、少し違和感を覚えた。
「その氷川さんは大丈夫だったの?怪我とかしてない?」
「六衡以外の全員、治癒を使える先輩たちに治して貰って、次の日から授業に出てたよ。怪我が治っても目覚めなかったのは、君だけ。」
あれだけの暴走を故意に起こした氷川美智が普通に学校に来れている。もしかして、『夢王』-彼女が言うところの女神様が何か介入したのかな。
それを許す『慈水王』ではないと思うけど、相手は神話の時代から力を溜め込んできた生粋の神様だからね。氷川美智のやったことが無かったことにされていても、おかしくはない。そういう意識の操作も『夢王』の領域。
掲示板見に行って、色々聞いてみないとなぁ。
「きみ。ご飯、食べに行きましょう?」
携帯を操作しようと手に持ったところで、琴音に肩を叩かれた。
クラスメートたちの質問攻めの間は待っていてくれたようだけど、さすがに携帯を使い始めるのは許してはくれないんですね。
「皆、ごめんなさい。」
それまで、こちらに向けられていた視線が全て、私と琴音以外の場所に逸らされていった。
これは学校にも知られていない琴音の能力。周囲の視線を支配して意識を誘導してしまう。そうすることで誰にも気づかれずに行動する事が出来るようになる。
「さぁ、きみ。行きましょうか。」
いえす、まむ。
「きみの分も、お弁当を作ってきたのよ。
今日は天気もいいし、中庭に行きましょう。」
大人しく、琴音の後をついて廊下を歩く。
廊下を歩き、外に出て行く間にも、アレク先輩や清水先輩とも擦れ違ったりしたが、琴音の能力が常時発動中なおかげで気づかれることなく、何人かの生徒が寛いでいる中庭へとたどり着いた。
そして、各々に昼食を取っていたり昼寝をしていたりする生徒たちも、琴音の能力の影響を受け、食べかけの昼食を片付けて中庭から去っていく。
「はい、きみ。これが、きみの分ね。」
日当たりのいいベンチに座り膝の上に置いた琴音に渡されたお弁当は、卵焼きや西京焼など美味しそうな和食なおかずと胡麻塩がのったご飯で、十日間何も食べていなかった私のお腹が自己主張を始めた。
「ありがとう、琴音。それじゃあ、いっただきま~す」
何を言われるのかとビクビクしていたのも忘れ、手を合わせてお弁当に手をつけようとする。
「駄目よ。食べる前に、聞きたいことがあるの。」
ウキウキと卵焼きを掴もうと箸を向けたところでのお預け。
要求激しいお腹を何とか無視して、大人しく箸を置きました。




