思い通りにはさせません
大丈夫
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それは、誰もまだ目を通していない手帳の一ページ
「きみ、清水先輩」
それは歩き出してすぐの事。
琴音たちは、気を失った后とそんな后を抱き上げた清水と合流した。
「清水先輩、F組の川隅志都美です。
能力は治癒。まぁ簡単なのしか治せませんが?
怪我はありますか?」
「すまない。六衡を頼めるか。」
清水に抱きかかえられたままの状態で后の足へ手を当てる志都美。
その横で琴音が心配そうにその様子を見つめ、恐怖による震えが止まらず志都美から離れることを嫌がる智穂が寄り添い、その後ろにアレクが立っている。
清水からはアレクの後ろに、美智の姿が見えていた。
憎憎しげに、少女たちに鋭い視線を送るその姿に、清水は心のうちで笑いを堪えた。
あの子は、あんな顔をしちゃうくせにヒロインだなんて言えるんだね
美智の顔はまるで、姫君を付け狙う魔女のそれだった。
なんで なんで
私はヒロインなのよ?
なんで、ルート通りにいかないのよ!!
なんとかしなさいよ!!
《いいよ》
ふと聞こえたそれは、知らない筈の女神の声。
しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
「いっ」
「なっ」
「なんで」
「きゃあ―――――――――!!!!!」
一番後ろを歩いていた美智の後ろから現れた、巨大な蜘蛛。
振り返り驚きに身体を硬直させるのは、慣れていない一年生。
近くにいた少女たちを庇うよう鋭く目を蜘蛛へ向け、一歩前に出るアレク。
気を失った后の身体を強く抱きしめ、自分へと向けられる視線がないことをいいことに本性をむき出しにした笑みを浮かべる清水。
すぐ傍にまで迫っていた蜘蛛を振り返った美智は、恐怖に引きつった悲鳴をあげ、けれど、その顔には歪んだ笑みが浮かんでいる。
なぜなら、この蜘蛛が美智を傷つけることができないと知っているから・・・・
それは光の爆発だった。
美智の悲鳴と共に、その身体から溢れ出たものは
力のないもの、弱いものから見れば、眩い光の爆発
力の強いものに見えたのは、何色にも色づいた光の筋が美智の身体からあふれ出て、うねるように、荒れ狂い外へ外へと向かっていく姿だった。
「清水!」
「悪いが、無理だ」
アレクの声が自分の後ろにいる同輩へと向かうが、硬く絞られた清水の否定の声が答えた。
「流石に、これを抑えるには俺の力ではどうにもならん。
お前も知っているだろう。俺の力は、支配した空間の中にいなくてはいけない。
この状況で支配空間を作れば、全員を巻き込むぞ」
美智以外の全員を包む壁が作られ、光の爆発、光の筋を阻んでいる。
「これが俺に出来ることだ。
だが、このままだと持たない。なんとか、彼女を止めないと。
・・・・・・本当に馬鹿力だな」
最後の呟きは誰にも届かない。
「私が!!」
それは、智穂から出た。
「私が止めます。私なら、出来ます」
「ちょ、何いっ」
智穂が壁を擦り抜け、光の中へと駆けていく。
志都美が止める声も手も、仲間たちが驚く声も、振り切って。
「智穂?」
光が収まり、壁も消えていく。
蜘蛛はもういなかった。
美智は呆然と立ちすくんでいる。
そして、智穂はそんな美智の足元で倒れていた。
「智穂!!」
志都美が走り寄る。
その声にゆっくりと起き上がる智穂の身体を西塚と村上が支えた。
「まったく、無茶するなよ」
「だが、よくやったな。」
「身体はどうですか?」
「そうよ。大丈夫なの?」
F組三班のメンバー全員が取り囲み、怪我はないか、無茶をするな と智穂を撫で回していく。
まだ、意識がしっかりと定まっていない智穂だったが、だんだんと頬に赤みがさしていき、小さな笑みを浮かべていった。
「すごいな。あの馬鹿力を全部消すなんて」
「・・・・・・でも・・・ちょっと違う」
「あっ、起きたんだ」
清水の腕をバシバシッと叩き、后は地面へ降り立った。
足をくりくりと動かし、腫れが引いているのを確認する。
「あぁ、彼女、川隅志都美さんが治してくれたよ。
あと、全員にはまだ君がお姫様抱っこされてるように見せてるから。」
清水が指差したのは、ぺたぺたと智穂の身体を触っている志都美。
そちらに視線を動かした后は、そのまま智穂を見た。
「やっぱり。なんか、氷川智穂がゲームとは違う。」
「へぇ。どう違うの?」
「ゲームじゃひたすら暗くて、しゃべんなくて、無表情で、って感じで。
あんな風に自分から力を使おうなんてしないような子」
なのに・・・・
「じゃあ、あの班は彼女にとって良い環境なんだろうね」
「みたいだね。
それにしても、あのヒロイン。なんか性格悪い。」
「まぁ、危険ではあるね。
どうやら、女神に頼んで意図的に起こしてるみたいだよ。」
「まじで!?」
「本当、本当。あぁそろそろ支配を解くよ。」
「きみ、起きたのね」
「(唐突すぎ)」
後ろに立つ清水に肘鉄を食らわせ、后は喜ぶ琴音を抱きついた。
「心配させて、ごめんね琴音。」
「もう、蜘蛛に驚いて力を使いすぎるなんて、相変わらずなんだから。」
「(あとでシメル)」
「どうかした?」
「なんでもないよ。それより、あの人たちは?」
一塊になっている三班の面々を指差し、琴音がそちらを向くように仕向けると、后は後ろ手で清水へジェスチャーで怒りを伝えた。
すると、背後からブフッと吹く音が聞こえた。
「右から、西塚保、村上孝典、高野慶介、川隅志都美、で真ん中にいるのが氷川智穂だよ」
「そう、爽やか部活系、勤労系不良、腹黒、ギャル、図書館少女ね」
「アホかっ」
近寄ってきた涼が紹介すると、后がイメージを声に出していく。
そんな后の頭を叩いたのは要だった。
「イタっ。間違ってない気がするんだけど?」
「うん。間違ってないね。でも、志都美はギャルじゃなくて姐さんって感じかな。
面倒見いいんだよ、あれで」
そう言って、后を三班のところで連れて行く。
后は、未だに呆然と立ちすくんでいる美智に警戒しながら、その近くで智穂を囲んでいる三班の元へ。
「皆、紹介するね。うちの班の、六衡后ちゃん。
彼女が能力を使うときは要注意ね。流れ弾が激しいから。」
「六衡后です。
えっと、志都美さん。足、ありがとう」
「いいって、いいって。それより、”さん”は必要ないから」
「じゃあ、志都美。これから、よろしく。
で、智穂、でいい?」
志都美と后が握手を交わし、その後、后は座り込んでいる智穂へと手を差し出し、首を傾げてみせる。
「えっ・・は、はい。」
「同じ外部生同士、友達になろ?せっかく、外部生の女子が三人も同じクラスなんだし」
「なら、実習が終わったら藤巻君にも声をかけてみましょうか。」
「あっいいね」
智穂の両手を包み込むように握りこんだ后の手の上から、琴音も手で包み込む。
「ちょっとぉ」
三人の手を真ん中からチョップするように引き裂いたのは、志都美の手だった。
「私を仲間はずれにするつもり?
智穂に先に目ぇつけたの私なんだからね」
智穂の身体を抱きしめ、后と琴音を睨みながら頬を膨らませる志都美。
「いやいや。その言い方、違う印象になるって」
「カツアゲするみたいだよね」
「そこ、男ども!うるさいわよ、黙ってな」
「これは、山賊の女親分かな」
「黙れっていうのが聞こえなかった?高野」
うるさい
うるさい
なんで
なんで!!
「后!」
「琴音!」
聞こえたのは、清水とアレクの声だけだった。
一年メンバーでじゃれあっていた中、突然、再び起こった光の奔流。
反応できなかった為に、全員が体中のあちらこちらに血を滲ませ、地面に叩き付けられた。
「っぅう」
「きみ。なんで」
「・・・后ちゃん」
ちょうど、美智と智穂の間を陣取っていた后は、咄嗟に琴音と智穂を庇い、二人に覆いかぶさるように地面に倒れた。そのおかげで、二人に目立った怪我はなかったが、后は声を振り絞ることもできないほどの激痛を背中に覚えていた。
「大丈夫か、志都美?」
「西塚・・・高野・・・」
志都美を庇ったのは、西塚と高野。こちらも、二人の背中に激痛が走っている。
あぁもう、自分の思い通りにならないからって暴走するなんて!!
なんて奴!!
私が・・
また・・・・
「止めろ、氷川。
お前の能力は、使いすぎれば死の危険もあると忠告されている筈だ」
「でも!!」
動けない后の下敷きになりながら、手を伸ばし美智へと自分の能力を使おうとした智穂を止めたのは、アレクの声。
未だに美智の暴走は続き、腕のように伸びる光の筋が近くにあるもの全てを飲み込もうと広がり、アレクと清水は近づけない。
「緊急事態だ。清水」
「あぁ。」
清水が懐から一枚の札を取り出した。
「緊急事態発生。緊急脱出を要請。」
札はもしもの為に付き添いの上級生へと支給されたもの。
森全体の空間を支配し、作りかえている『妖精王』へ要望を伝えることができる代物だ。
「「了解。」」
「「一年F組3班及び5班の脱出を完了する」」
光の中心で、焦点の合わない目で虚空を睨みつける。
氷川美智の姿だけが、木々がどんどん薙ぎ倒されていく森の中に残された。
なんで
どうして
私のシナリオが狂っていくの?
邪魔をするのは、誰?




