琴音の決意
「あっ」
糸が切られた。
清水晶人先輩と二人だけで残してきた后が心配で、清水先輩の視線を借りて様子を伺おうとしたのだけど、すぐに気づかれ拒絶されてしまった。
私のこの力は、細い糸で相手と繋がるイメージ。
少し腕を振るだけでほどけてしまうほど、弱いもの。
だから、清水先輩くらいの実力を持っている人なら切られてしまってもしょうがないと覚悟はしていた。
でも、どうして后のことをお姫様抱きしているのかしら、清水先輩?
一瞬だったけど、后を抱き上げている清水先輩の視線
目を閉じている后だったけど、怪我した様子は無かった
それに、清水先輩から感じたのは強い好意
だから大丈夫だと思うのだけど…
「どうかしたのか、琴音?」
アレク先輩に顔を覗き込まれ、思考が中断する。
どうして、こんな所にアレク先輩がいるのかしら?
清水先輩に言われた通り、歩いたまま跨げるほどの小川に辿り着いたのは、つい先程の事。
渡された白いハンカチを握りしめ、ほっっとしたのもつかの間。
その場所には、先客がいた。
アレク先輩をはじめとした6人だった。
小川を中心に、思い思いの場所で休憩をとっている人たち。
その顔ぶれに、少しだけ見覚えがあった。
「あれ、西塚たちだ?アレク先輩が引率だったんだね」
涼君の言葉に、同じクラスにいた人たちだと気づいた。
外部生として入学式に一緒に参加していた、氷川智穂さんの姿もあった。
「涼!?要!?どうしたんだ、こんなところで?」
「それは、こっちのセリフだよ」
私たち3人に気づいた彼らのもとへ、涼君が何のためらいもなく近づいていく。
要君もその後に続いたので、私もその後を追う。
「・・・琴音か・・・后の姿がないな、どうしたんだ?」
近くにあった岩に足を組んでいたアレク先輩が私に近づいてくる。
親しそうなその様子に、要君や皆が驚いた顔をしている。
注目をあびることになって、きっと顔が赤くなっているわね。
事情もあって注目を浴びないようにしてきたから、こういうことには慣れていないから・・・
「・・・萩野と知り合いなんですか、アレク先輩?」
「半年ほど前に、外での任務で知り合ったんだ。彼女と后とはね。
彼女たちには助けられたよ。」
そう、あれは半年前のこと…
私と后の二人は能力を使っているところをアレク先輩たち学園関係者に見られてしまい、今回の入学へと繋がってしまった。
后の家を襲撃しようとした、怪しい人たち。
それを撃退し、追いかけている途中のことだった。
アレク先輩たちも同じ人たちを追いかけているところだった。
そういえば、あの時からお父さんの部下の人たちをあまり見なくなった。
小学校にあがる前から一人で生活している。
それもしかたのないことだと理解しているし、身の回りのことは父の部下の人たちがしてくれていた。
それに、后や后の家族である孤児院の子供たちと過ごせば、寂しさなんて感じなかったから・・・
自分のことを出来るようになったら、部下の人たちもあまり家には来なくなった。
でも、近くに待機しているのは気づいていた。
そんな待機している人たちの人数が減ったと感じたのは半年前、
何か関係があるのかしら?
「琴音ちゃん、こいつらは同じクラスの3班だよ。」
涼君が指をさしながら紹介してくれた。
「まず、こいつが西塚保。」
制服のシャツの前をはだけ、黒いタンクトップを見せている。
后がよく、さわやか系部活青年っていっているタイプ。
よろしく と挨拶してくれた。
「あっちが高野慶介と村上孝典。」
岩に座り足首までを川に浸している二人を指差す。
制服をしっかりと着ている高野君と、白いタオルを頭に巻いている村上君。
腹黒系好青年と勤労奉仕系不良 って后がいいそうな感じの人たちね。
「あの二人が川隅志都美。で、琴音ちゃんと同じ外部生の氷川智穂ちゃん。」
男子とは少し離れた場所で岩に座って休んでいる女子が二人。
薄い茶髪の間から耳につけている赤いピアスが覗くスカートが短いのが、川隅さん。
その横にいる、長い黒髪を肩で結んでいる制服をしっかり着ているのが、入学式のあった体育館でも見かけた氷川さん。
見た目でいえば、ギャルと委員長タイプというやつかしら?
「初めまして、萩野琴音です。」
頭を下げて挨拶をすると、全員が返してくれる。
ギャルや不良は返事をしないって、孤児院にいた子が言っていたけど・・・
見た目で判断しちゃいけないってことよね。村上君も川隅さんも仲良くなれそう、かも。
「・・・もう一人と先輩は?」
「あぁ、僕たちのところは清水先輩がついてくれているんだけど、
后ちゃんが足をひねっちゃってね。先輩が見ていてくれてる。僕らはハンカチを濡らしにね」
持っていたハンカチを皆に見やすいように胸の前まで持ち上げる。
「清水先輩が?」
「あぁっ、あたしが治したげよっか?」
西塚君たち男子の眉間に皺が寄る。その様子に首を傾げたが、川隅さんの言葉に意識はそちらに向いた。
「本当ですか?ありがとうございます、川隅さん」
「志都美でいいって。クラスメートなんだし、これくらいどうってことないっしょ」
立ち上がり近寄ってきた川隅・・・志都美の目が私の横に立つアレク先輩へと向けられる。
「かまわない。班同士が協力してはいけないなんてルールはないからな。
では、全員で清水たちのもとへ向かうか」
反対の言葉はなかった。
良かった。これで、后も大丈夫ね。
「・・・・ただ・・・邪魔をされた清水が恐ろしいがな・・・」
アレク先輩の呟きは、私にだけ聞こえた。
目を丸め、彼を見上げると微笑みを返されただけで、その言葉の真相を教えてはくれなかった。
でも、そういえばと今気づく。
はじめて会ったはずの清水先輩が切り株に座らされた后を見る目は、
父が后や一部の部下の人たちを見る目に似ていた気がすることを・・・
気に入った存在を見る、目に・・・
そういえば、后と父が初めてあった時、その時にはもう父は后にその目を向けていたわね。
真っ暗で、一部の電燈だけが光を放つ、夜の公園。
たくさんの大人たちの真ん中で、一人の男に手を繋がれて踊るように振り回されている私の姿に、后は勘違いをしたのは、仕様が無いと思う。
「琴音に触るな!!!」
「あっまって、きみ」
慌てて声を上げた。でも、拳銃を手に生み出して戦闘体勢になった后は止まることない。
「きみ!!!」
指を引く。その瞬間に、后の体が地面へと沈んでいた。
体には誰も触れていない。
多分、地王に属する重力の能力者がいるのだろう。
后に駆け寄ろうとした私を、後ろから抱き上げる腕が邪魔をする。
「なんて、野蛮なんだ!銃を振り回すなんて!琴音、こんな子とお友達だなんてパパは心配だ」
何を言うのか。
周りを囲んでいる自分の部下たちの顔を見ろ、と言いたい。
側近で私もよく知っている人たちはお腹を抱えて大爆笑。
それ以外の人たちは、遠い目をして天を仰いでいる。
銃を振り回す野蛮な人たちを纏める、その頂点に生まれながらに君臨している人の言葉じゃない、絶対に。
「お父さん」
「ん?パパって呼んでって言ってるだろ琴音?」
背後から抱きしめてくる腕を軽く叩き、父の顔を振り返る。
軽口を叩く父と目があう。
私としては睨んでいるつもりでも、父やその部下たちにとってはなんてことのないものだろう。
殺気を込めるとか、よく言うけど・・・
私はただの子供。そんなことをする術はない。
「きみに酷いことするなんて、大っ嫌い」
「なっ・・・えっ・・・こ、ことねぇ・・・」
側近の人たちが、笑いすぎて呼吸困難をおこしているのも、
他の人たちが、表情を引きつらせて後ずさりしているのも、分かっていた。
それでも、硬直して抱きしめる腕の力を失った父から逃れた私は、そんな周囲を気にもせず、一人の側近に助け起こされている后へと抱きついた。
「きみ、きみ、大丈夫?ごめんね、ごめん・・・」
地面に押しつぶされたときにできたであろう、顔の擦り傷。
全身が痛いのだろう、しかめられた顔。
涙が出てきた。
大切な友達が、私のせいでしなくていい怪我をしてしまった。
嫌われてしまうかも知れない、と。
「・・・・・えっっと・・・ごめんね、琴音・・・」
「えっ・・きみ?」
少し体を離して、きみを見つめる。
でも、きみの腕をつかんだ手だけは離せなかった。
部下たちの中に治癒能力者がいたのだろう。
后の顔の傷が少しずつ治っていく。
「・・・あの人・・・お父さんなんだ・・・。
勘違いして攻撃しようとしちゃって、ごめんね?」
痛くなる程、首を左右に振った。
「きみは私のこと、守ろうとしてくれたんだもの。
ありがとう、ありがとう、きみ」
「ううん。・・・でも・・・大丈夫かな、琴音のお父さん・・・?」
后の言葉に、ちょっとだけ後ろを見てみてると、
しゃがみこんで顔を伏せている父の姿。
部下の人たちに、何か慰められている。
「いいの。
そもそも、お父さんはいつも唐突で、どうしようもない人だって、お母さんも言ってるもの。
きみのこと酷く言うし・・・もう、お父さんなんて知らないの。」
「・・・・・・・そんなこと言っちゃ駄目だと・・・思うよ?
私にはいないけど・・・お父さんって、大切な人でしょ?」
「よぉく言った。そうだよ、お父さんは大切なんだよ、琴音。」
何時の間に復活したのか、父は后の背後に立ってバンバンとその背中を叩いている。
先程の怪我の痛みもあって、后の顔は痛みですごく歪んでいる。
「いいこと言うじゃないかぁ后ちゃん。いやぁ、琴音は良い友達をもって嬉しいよ。」
后の腕をもって、踊るように振り回す。
「お父さん、きみをいじめないで!!」
「はっはははは」
他人から見たら、調子のいいだけの人だと思うかも知れないけど、父はそんなじゃないから。
少しでも気に入らないなら、目にもいれないように排除するし、触れることも許さない。
自分から后に触れたくらいだから、気に入っているのは明白だった。
それに、その目も后を見てランランと輝いているもの。
・・・そういえば・・・后はお母さんに似ているって誰かが言っていたわね・・・。
お父さんが変なこと言い出したら、どうしようかしら・・・
お母さんに頼んで、后を守ってもらおうかな・・・
そんな風に考えていた、父の目に似た清水先輩のそれ。
少し不安に思ったけど、
大丈夫。
后が困ったり、嫌がったら、私が守ればいいもの。
后が今まで、私を守ってきてくれたみたいに・・・
漠然としたものにたいして決意を決めた。
そして、皆と一緒に后と清水先輩が待つ切り株の地点まで戻ろうと足を踏み出した。
そこに、一つの事件が待っているとは、露にも知らずに・・・




