小人は曲者
「なっ?」
驚き、
清水先輩から離れようとしたが、腫れた足を手に捕られたまま、どうすることもできない。
「ふっ可愛いなぁ后ちゃん」
チュッ
ありえない。
ありえない。ありえない。
先程までの落ち着いた言動から一変した話し方。
大人びた表情から一変した、年相応の満面な笑顔。
なにより、手にしたままの人の足に口付けするなんて!!
かぁっと頭に血が上るのが分かった。
手に生み出したのはリボルバー
映画でよく見て、すぐに出すくらいには知っている拳銃だ。
清水先輩に向かって放つ。
いくら私の腕前でも、この距離なら当たる。この森なら死ぬことはない、と頭のどこかで冷静に考えて。
「あぶないよ。」
銃口から放たれた銃弾が、空中で静止する。
目を細めて見れば、銃弾の周りに正方形の枠があるのが分かる。
清水先輩の能力、妖精王に属する空間系でも有数の力をもつ『箱庭』
正方形にくりぬいた空間の中を自由に支配する力。
「放して」
戦っても敵わない、だから声を落ち着かせて、頼んだ。
「可愛い。でも駄目」
「ん~」
顔が近づいてきたと思ったら、手の平で口を塞がれた。
暴れて、その手を放させようとすると、あれよあれよという間に背後から抱き込まれ身動きできないようにされてしまった。
「はいはい、ちょっと大人しくしてね。
じゃないと、別の方法で静かにさせちゃうぞっと」
がさがさ
口調は軽いが、渋い色気のある声にピタッと体が固まる。
私的には長く感じる、でも実際はとっても短い時間が経った後、草をかき分ける音が聞こえた。
えっ?
「(あぁちょうどいいタイミングだな)」
音のする方向に目を向けると、清水先輩が耳元でささやくように呟いた。
「あぁ、いいところに座るとこ、みつけたぁ」
木々の間、草を踏み分けながら現れたのは、ふわふわと揺れる桜色の髪を遊ばせた美少女。
「もぉ、攻略キャラにアプローチできると思ったのに、なんでだぁれもいないのよぉ」
美少女は、甘ったるい声でぐちぐち文句を言いながら、スマホを片手に切り株に腰掛けた。
しかも、私が清水先輩に抱きかかえられながら座っている切り株の、私たちのすぐ横に。
「んぐ!んん」
私の悲鳴に近い声は、清水先輩の手の中に消えていく。
異様過ぎる光景だと私自身思う光景にも、なんの反応もすることなくスマホを弄る。
「(大丈夫。『箱庭』で俺たちはいないことになっている。
でも、あんまり大きい声出すと違和感が出ちゃうから大人しくしてな、ね?)」
だぁ、耳元でしゃべらないで!!
顔が真っ赤になるのが分かる。
「(まぁ、見てなよ。面白いものが見えるよ?)」
「(はぁ?)」
清水先輩が口から手を放してくれる。
おもいきり息をする。
清水先輩の指示に疑問を持ちながらも、隣に座る美少女を見る。
「(この子、ヒロインの氷川美智じゃないですか。なんで、こんなところに)」
「(手元を見てみなよ)」
氷川美智の手元を見ると、スマホをしまい、代わりに手の平サイズの皮表紙の手帳を持っている。
パラッと手帳が開かれる。中は真っ白な白地だけ。何も書かれている後は無かった。
「さぁってと。ちょっと女神様、これってどういうことぉ?
美智の担当になるのは、アレク先輩のはずでしょぉ?
これじゃあ逆ハーにならないじゃない。」
手の中で開いた真っ白な手帳に大きな声で話しかける氷川美智
その言動もあって頭が悪そうな光景。
っていうか、最悪だ。
最悪ヒロインって言われてたんだよ、氷川美智って。
詳細はプレイしてないから知らないけど、主人公の中で人気がなくて、全ルートをコンプした人の感想とかを見ていたら、最初は好きだったけど全部の設定を見た後では嫌いになるって書いてあった。
このゲームは、主人公のルートだけだとその主人公から見た都合のいい世界しか分からないようになっている。世界感の全て、キャラクターの事情を知りたかったらコンプするしかないというものだった。
その人は氷川美智から始め、藤堂恭一郎で終わったそうだ。
その最悪ヒロインが私と同じ世界からの転生者!?
しかも、逆ハー狙い!!?
止めてほしい!!!
しかも、逆ハー一歩間違えれば破滅ルート。
・・・・・・琴音が死ぬかも知れないし、私は絶対に死ぬ。
「(后、手帳を)」
「(手帳?)」
真っ白いページに文字が浮かんでいく。
大丈夫。
ここから少し進んだところにアレクサンドル・フォン・ヒュードルはいる。
そこで一つ目『暴走』を起こせばいい。
そして、正しい選択をすればルートは開放される。
貴女は正しいヒロインなのだもの。
「(何、これ?)」
「(暴走って?)」
「(この実習の中で、能力に覚醒していない力が不安定な氷川美智は力を暴走させます。その対応などの選択肢を選んでいくことで幾つかの攻略キャラのルートが開放されるんです。)」
もう、お腹に回された腕も、耳に近い声も気にならない。
それだけ手帳の中の文字にも、きゃっきゃきゃっきゃ嬉しそうに手帳を見ている氷川美智にも驚いている。
「そうよ。美智はヒロイン。
ここは美智のための世界なんだもん。私が正しいの。」
「(なかなか、イタい子が中身なんだね)」
「ありがと~夢神様ぁ。美智がんばるね」
切り株から立ち上がり、手帳をスカートの中にしまい、氷川美智は手帳に示された方向へと歩いていった。
というか、班の仲間はどうしたんだろう。
驚愕のあまり、どうでもいいことに頭がいく。
「氷川美智が転生者だなんて・・・しかも、助言を与えてるのが夢神?」
清水先輩の腕がどかされたが、動く気にもならない。
「夢王かぁ~俺のところでは、ラスボスだったよ。
寂しくて寂しくて、世界を壊して直そうとしていた夜と夢の世界に漂う女神様」
「こっちでも似たようなものですよ。
幻獣を世界に送り込んで、全部を壊そうとしている我侭な女神」
どの主人公、どのルートを選ぼうと絶対に戦って勝たないといけない唯一の王だ。
「靴屋の小人・・・清水先輩だったんですね」
清水先輩を睨みつける。
「ちゃぁんと、漫画の清水晶人を演じてていたからね。
誰にもばれてないよ。」
「琴音たちを行かせたのは、私に正体を知らせるためですか。」
「それもあるね。
あとは、ここに氷川美智が来るのが分かっていたから、
とアレクに頼まれたんだよ。琴音ちゃんと話がしたいって」
「はぁ?」
琴音のところに。
慌てて走り出そうとしたら、足に激痛が走り、そして足の裏が石や小枝で踏みつけ痛む。
痛みに立つことができず、転びそうになる私を清水先輩が支えてくる。
「靴をはかなきゃ。
それに、アレクとの約束だからね。
行かせないよ。俺とここで大人しく待ってようね。」
「意味が分かりません。靴返してください。」
「駄目。初恋なんだって、半年前から様子がおかしかったからなぁ」
「自分で話かけれないようなヘタレ」
思いっきり噴出して笑う清水先輩。一応、口元を押さえるくらいには笑いを我慢しなくてはという気はあるらしい。
「そういっても、そのチャンスを悉く潰しているのは、后ちゃんと空王だろ?
いい加減、一歩前進するくらいは許してあげなよ」
確かに。
空王のおっさんは知らないけど、私は入学前に何度か妨害はしている。
でも攻略キャラなんか、もしもヒロインがまともだった時にルート通りになったら・・・
そう思うと、アレク先輩を琴音に近づけたくはなかった。
「・・・何を心配しているのかは分かるけど・・・
この世界は、君や俺、風呂屋の番頭が知っているものが混ざったものみたいだし
大丈夫じゃないかなぁ?
アレクが、あの氷川美智とかに惑わされるように見える?」
「・・・清水先輩も、心配ないと?」
「・・・もしかして、清水晶人のルートやってない?」
清水先輩が呆然としている。
確かにプレイしてない。
でも大半のことは小説などで知っている、と思う。
清水晶人は昔大切な人を失ってしまったことがトラウマとなり、人と接することに影を抱き、それを上手く隠している。それをヒロインが癒していくっていうルートだった。
二人のヒロインには、何かしら大切な人に重なって見えるところがあって、時々つらそうな顔で聞こえない名前を呟く、その表情がたまらないと人気があった。
「俺も、記憶が戻って使い魔になったのは最近のことなんだ。
一年半くらい前かな。
だから、清水晶人としての人生をそれまで歩んできた。
ぜんぜん、あの子とヒロインは違うよ。あの子はもっと可愛かったからね。」
「・・・清水先輩がそうだからって、アレク先輩がそうだとは限りません。」
しんみりした空気には耐えられない。
くすくす
清水先輩が笑う。
空気が軽くなるのを感じた。
「后みたいな小姑がいるなんて、アレクは大変だね。」
「さぁ、靴を返してください。
私の妨害くらい退けられなくて、あの馬鹿親に立ち向かえるわけないんですから。」
「はいはい、后ちゃん」
靴を受け取ろうと手を差し出す。
しかし、清水先輩はその手を無視して私の背中と膝裏に手をいれ、抱き上げた。
お・・お姫様抱っこですか?
「な、何するんですか!!」
「この足で靴を履いて歩こうなんて無謀だよ。
俺が運んであげる。」
「結構です。」
さっきは気づくほど余裕はなかったけど、
流石武道を嗜んでいるだけあって、がっしりとした筋肉が服ごしにでも分かる。
抱かれた状態で私が体を動かしてもビクともしない。
「六衡、大人しろ」
清水晶人バージョンで言うなんて卑怯ですよ、先輩。
頭の中とは裏腹に、体は硬直して動かなくなった。
「后ちゃんは、清水晶人が好きなんだね。
可愛い。
このまま、連れ帰りたいくらい、ね」
不穏な言動も、暗くなっていく視界の中で頭の中を通り抜けていった。




