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白の抽出

「ねえ、もう教えて。これから私たちどうなるの? 色ってなに?」


 私の声、いつもどおり話しているだけなのに大きく感じる。

図書館の中にいるような、あの冷たい壁面に囲まれているような感覚。

奥行きがあるようで無いようにも思える奇妙な世界。


「これから私たちはこの世界に色を取り戻さないといけない。それが色を持った人間の役目だから」


 少女はおもむろに遠くを指差した。その先には巨大な黒い塊、山脈よりも長く東京タワーよりも高い。群青色の暗闇の中で一段と黒いそれは不気味にうずくまっていた。


「世界に色を取り戻すなんてゲームか何かの話でしょ? もしかして私とあなたであれと戦うわけ?」


 私の言葉を聞いて無邪気に笑う少女に苛立ちを覚える。


「戦ったりなんかしないよ。あの黒色に白色を混ぜちゃえばいいんだから。白色は人間を砕いた時に僅かに採れる鉱石。人間っていっても色を持たない人間ね?」


 人間、砕く? 何を言っているんだろう。


「今ここに居ない人たちは目には見えないけれど存在するんだよ。目の前に手を出して」


 私は言われるままに手を伸ばそうとすると何か硬いものに腕が触れた。

私の腕はパントマイムのように中空で止まって動かない。腕が触れているものをなぞってみると確かに人のような輪郭が感じ取れる。

しかし感触はザラザラしていて冷たい。まるで石に触っているよう、そうだ、あの青いものの感触と似ている。


 何も無いはずの目の前の空間に透明の石造りの人間が存在している。

異様な気配。


「それはね、触れようとしなければ触れられないもの。今私の話を聞いたから、お姉ちゃんはその存在に触れられるんだよ」


 この少女はまだ小学校の低学年程度で、どう考えても中学生以上には見えない。それなのに私なんかよりも何でも知っているようだ。

私は自分で自分は優れていると知らない内に思っていたのかもしれない。初めて私の知らないことを知っている人物に会ったような気がする。


「お姉ちゃんの色を取りに行こう。お姉ちゃんの青は空の色、水の色、命の色。この星の大部分を司る色だよ。とても力の強い色」

「いやよ、せっかくあいつと離れることができたのに。どうしてわざわざ取りにいかなければならないの?」

「じゃあ私が手本を見せてあげる」


 少女が頭上に手をかざすとじわじわとオレンジ色の小さい霧が現れ始めた。

それはみるみる内に形をなし、一羽の鳥の姿になった。


「見ていてね」


 少女の頭上の鳥は目にも止まらない速さで旋回すると耳鳴りのような高い音を立てて目の前の空間を突き破った。

一瞬だけ生じる空間の歪み、灰色の銀河が現れたと思うとそれは目の錯覚であったが如く消えた。ガラスの割れるような音と共に白いチョークの欠片のようなものが散らばる。


「白い色、人間一人から僅かしか採れない。人間を砕けるのは色の力だけ。だからお姉ちゃんもこれから色を取りにいくの」


 私は何がなんだかわからなくて叫びだしたい気持ちだった。

しかしここでこの少女を見限れば、それこそ何の手がかりもなくなってしまう。今この世界を支配しているのは彼女だ。

人に頼ることって本当に嫌な感じ、それを仕方ないって思っている自分はもっと嫌だ。


「どうやって取りに行くの? 何処へ?」

「海、ここから真っ直ぐ歩いていけば海岸に着くよ。私はここで待っているから」

「もう一つ聞きたいんだけど、さっきのは人間一人を殺したっていうことなの?」

「大丈夫だよ、存在がなくなっただけ。その人がいなくなったことだって誰もわからない。何もしなければ世界は元に戻らないんだから、石油みたいなものだよ」


 この子の言っていることは全て薄っぺらい。所詮は少女なんだ、そのことを忘れていた。この子は自分の使命みたいなものに凄く従順なだけで悪意なんてない。私よりマシ。


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