色
少女、あの時の少女が一人、黒い地面に立っている。
そうだ、青いもの、青いものがいなくなっている。今、ここには私と少女の二人だけ。直観でわかる、この世界から今人が消えた。
話がしたいんだけど、なんだか話せない。この間のお母さんはどうしていないんだろう。私を見ている、私の奥の奥まで見透かせる火のような色の眼をしている。
「お姉ちゃん、こんばんは」
可愛い声、まるで赤ん坊のように幼い声、でも重い、細胞が危険信号を発している。
「私に会いたかったんでしょ?」
なんでも知ってるっていう風だな。いつもなら吐き気がするほど嫌なことなのに、今は何とも感じない。その通りなんだよ、って必死に何度も何度も頷いている私。
「今、この世界にいるのはお姉ちゃんと私だけ。どうしてだかわかる? 神様がそうしたんだよ」
この子、何を言っているの? 神様? 何かの宗教?
「どうしてものに色がついているのかわかる?」
そんなこと知らない、初めから色がついて生まれてきたんだからそれだけじゃないか。
「神様がつけたんだよ。全ての色は神様が塗った色なんだよ」
そうか、これは夢かな? 私ついにいくとこまで来ちゃったのかもしれない。青いものだって全部ただの幻覚、おかしかったのは私自身、勘違いしていたのは私独り。でもそれじゃあ、どこから夢を見ていたの?
「今この世界は黒で塗りつぶされようとしてる。黒っていっても実際は限りなく黒に近い青色、やがてはほら、この外灯も黒で包まれる。ここを真っ直ぐ行った突き当りの外灯はもう消えちゃった」
私はさっきから少女の話を聞くだけで、身体は動けるはずなのにそれをしようとしなかった。
「別にいらないよね、こんな世界、何もわかってない人たち、私はいつも独りだった。誰しも何処かに色んな不満を持っているものだけど、その不満に酔っている人がいる。お姉ちゃんはそれをわかってた」
少女は私のことを指差して瞳を輝かせた。鉛に包まれたように重い身体をふっと自由に解き放つような煌めき。
「私はわかってなんかいない。私はただ自分の思うようにしていただけ。他の人のことなんてわからないし、わかろうとしなかった」
「そうだね。今までお姉ちゃんは色んなことを考えすぎた。でもここは後悔の場所ではないんだ。ちょっと散歩してみようよ」
外灯を頼りに私と少女はスクランブル交差点を突っ切ってビルとビルの間を浮遊するように歩く。靴の重さも筋肉の動きも全く感じない。間接がゆるゆるの操り人形のよう。
いつもの風景が死んだように静かだ。会社の植え込みに咲いている花の香り、どぎつかったんだけど今は何の匂いもしない。
「今、全ての色のあるものは無力になってるんだよ。私たち以外」
ファミリーレストランのウィンドウに写った私たちは全身黒タイツに身を包んだかのように顔も何もなく、輪郭だけ浮き上がって見えた。
「私たちって、私たちは何なの? 言ってることが急すぎて、よくわからないよ」
「私たちはただ自分の色を持っていただけ。あなたは青、私はオレンジ」
色、この子さっきからそう言っている。




