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優子と陽子

 三日経ち、一週間経ち、なんとなくもう会えないと感じ始めた頃、私は高校の同窓会へ足を運んでいた。同窓会とは名ばかりのただの飲み会だ。

私は友情とか愛情とかそういうのはもうわからない。皆が楽しそうにビールを飲みながら、かつての雑談に花を咲かしている時、私は箸袋を手元で折り曲げながら気を紛らわしていた。


「優子、もっと飲みなよ」


 そういって隣に座ってきた女は、名前すらわからない人物だった。趣味の良い香水の匂い、高校時代の私はきっと今よりも輝いてたはずだ。青いものに悩まされることもなくて、部活も一生懸命で、恋もきっとした。でも忘れてしまった。



「うん、私あんまりお酒強くないんだ」


 あなたの名前は? どんなにそう聞きたかったか。私はあなたの顔を覚えている、きっとそれなりに親しかった。良い子だった。


「そっか。私もなんだ。でも無理して飲んじゃう。そうやって何度も後悔するの」


 そういうと彼女は柔らかく笑った。私もそうだよ、お酒弱いくせに一人になるとつい飲んじゃうんだ。そうするとよく眠れるから。


「優子、私今好きな人がいるんだ」

「そうなんだ」

「その人と結婚しようと思ってるんだ」

「本当? おめでとう!」


 結婚か、そういえばもうそんな歳なのかもしれない。


「優子にだけ話すよ、彼ね、私のこと殴るの」


 私にだけ? 迷惑な話だ。名前も知らないあなたはどうして私にそんな深刻そうな顔をして相談できるの? 私はあなたの名前を憶えてないし、あなたが思ってるほど情に厚くなんてないんだよ。

この箸袋の薄っぺらい感じ、よく似てる。

でも私のはもっとだめ、袋になんてなってないよ。薄っぺらい一枚の紙切れ。


「怒るとね、凄く恐いの。私、青アザができるほど殴られるの。でもその後にふっと優しくなって、泣き出したりするんだよ。おかしいよね。でも顔は絶対に殴ってこないの、優しいでしょ? これってもう病気だよね。でも好きなんだ。ずっと一緒にいたいって思うの」

「そんな人、やめたほうがいい」

「うん。わかってる。でもいいんだ、私殺されてもいいって思ってるから」


 真剣な顔、本気の顔。なんだかあなたのこと思い出しそう。何に対しても真剣だった。それに優しかった。自虐的だった。私大嫌いだったんだ、あなたのこと。

いつも自分に酔ってるみたいだった。誰かのために自分を傷つけて満足してた。



「殺されてもいい?」

「うん」


 私はあなたがそうやって死んでいって、「私最後まで誰かのために生きれたな」って天国で思われるのが嫌。あなたはただ甘やかしていただけ、皆を甘やかしていただけ。自分を着飾っていただけ。

ただの勘違い、気持ち悪いよ。そうだ、名前、陽子だ。一緒にテニス部やってた陽子だ。

優子と陽子って名前が似てるよねって話し出して、仲良くなったんだっけ。


「陽子、死にたいんでしょ?」


 私何言ってるんだろう。ああ、もう面倒くさいこと言っちゃった。


「え? どういう意味?」

「死んで満足したいんでしょ? ああ私は自分を犠牲にして生き抜いたんだって思いたいんでしょ? それって気持ち悪いよ。誰かのために死ぬっていうのはそういうんじゃないから」

「優子、酔ってる?」

「酔うわけないじゃん、このジョッキ見てよ、全然減ってないじゃん。私が飲むのは一人の時って決まってるんだ。なんでこんなところで飲まなきゃいけないわけ? 陽子は幸せだよ。陽子がやってることはただの幸せボケ、ナルシシズム、私がどうして死なないかわかる? 死んで悲しむ人を見るのが嫌なの。誰かに泣かれるのが本当に嫌だ。どうして死んじゃったのーって何も知らない奴が言うんだ、それまで音信普通だった友達が葬儀にやってきて泣いたりするんだ。そういう奴らって私にとってただのマイナス、あいつらに泣く機会なんて与えたくない。私は私のために死にたい。そのやり方がわからないから死ねない」


 陽子は激怒、私のこと何も知らないくせにって叫び出して男達に止められる始末。当然だろうね、私だってこんなこと言われたらもうぶっ叩いちゃう。

陽子が叩かなかったのはまだナルシシズムが抜けきってないからだな。

あ、ただのMなのかもしれない。ああそうか、Mだったのなら悪いこと言っちゃったな。そのこと考えていなかった。


 結局同窓会は中止、でも二次会に行く奴はちゃっかり行ってたみたい。

親しくなった男女は勝手にどこぞへフラフラと。同窓会なんて所詮口実だ。楽しんで、ストレス発散、運がよければお持ち帰り。

絶対行かないと思っていたけれど結局来ちゃった私、しかも同窓会を台無しにしちゃったな。でもいいや、なんだかスッキリした。


「大丈夫? 送っていこうか?」


 なんて甘い言葉をかけてくる男がいないっていうのも私にとっては嬉しい限りだ。今夜もこの青いのと二人で家へ帰るんだなぁ。


 タクシーに揺られながら私は街頭のネオンの明かりがスピードの中に溶け出しているのを窓から眺めていた。料金メーターがどんどん上がっていく。

良い商売だなって思う。これを時給に換算したら凄い裕福な暮らしができるだろう。実際はタクシー会社に全部取られて、運転手の給料に回るのは一部で、結局普通のサラリーマンと同じくらいなんだろうな。


「着きましたよ、お客さん」


 無愛想な運転手だな。でもこれぐらいが丁度良い。思ったより高くついた。電車で帰ったほうが幾らか安かったけれどあの人ごみから逃れられるお金だと思えば安いものだ。


 部屋に帰ってももちろん誰もいない。電気を点ける。ああ、電気、嫌だなあ、やっぱり消してしまった。暗い空間、暗いと言っても眼を閉じるのとは違う。墨を溶かした水の中にいるみたい。ゆらゆら漂うような闇、私の身体の感覚が重くなる。


「あなたは何?」


 私は青いものに話しかけてみた。自然に口から出た言葉だった。今まで意識せずに喉の奥で止めていた言葉だ。青いものに口なんて見当たらないけれど、私の中から言葉が流れ出した。


「私はどうなるんだろう、いや、私にどうさせたいの? あなた、話せるの?」


 初めからこの青いのが人語を理解するとも思い難く、だめもとで言ってみただけだったがそれでも少し胸が冷たくなった。


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