逢う
私は交差点を向こう側まで歩き終えると、想像するだけで結局は何もしない自分自身を鼻で笑った。今日もまたあの家に帰るのか、朝に出かけて夜に帰って、その繰り返しの中で何を楽しいと思えばいいんだろう。
そういえば高校の同窓会の手紙が来ていた。来週の土曜日だったな、用事なんてないけどきっと行かない。
痛っ、肩に誰かがぶつかってきた。それは疲れた顔をした女の人、まだ小さい女の子を連れている。女の人は私に少しも謝る素振りはなく、死人のように前を見据えていた。
女の子は母親に手を引かれ、何度か地面につっかかりそうになりながらも落ち着いて一歩一歩足を動かした。
「お姉ちゃん、青いね」
何? ぐっと心臓を掴まれたような感覚、鳥肌が立ち動悸が激しくなった。それは恐怖に似ていた。この子は何を言っているのだろうか、おかしい子なんじゃないか、気味が悪い、私に近づかないで。
少女は単に私の顔色を見て言ったのかもしれない、でも確実に少女の目はその上の青いものを見つめていた。声が出せない。この子を引き止めて、たくさん聞きたいことがあるのに私は声を発することができない。誰か止めて、あの少女を。
しかし人は私のことなんて見ていない。自分のことにしか目がいっていない。嫌でもわかる。右手を差し出して少女の細くて白い腕を掴んでしまえばいい、でも身体が動かない。
少女と母親はどんどん先に行ってしまって、スクランブル交差点を反対側まで渡りきり、そのまま道路沿いを一直線に遠のいていく。信号が赤に変わった。
あんなに幼い少女に私の全ては掌握された。水の入ったコップに垂れた黒い墨汁のように私の全てに染み渡る焦り、不安。
あの少女にはもう二度と会うことがないかもしれない。私の青いものを見ることのできる唯一の存在であるかもしれないあの少女に。
その日を境に私は毎日会社帰りにあのスクランブル交差点辺りをフラフラ歩いた。ただあの少女と話がしたい一心で私は人ごみの中に身を置いた。
行き交う人をこれほど苦痛に思ったことはない。街の明かりが煌煌と道路を照らしだし、人の顔に影を落とす。
ゴッドファーザーの映画のような影を落として、冷徹な人間が私の隣をするすると通り抜けて行くのが不思議な感覚だった。
クリーム色の残像が道路の端から端まで埋め尽くし、東京は煙草の臭いに包まれた。




