私の部屋
さっきまでここにあった全てが別のものになったみたい。
私は交差点の端に一人でうつ伏せになっていた。車も通らないけれどこれは現実、わかる。色の無い世界に来た。ちょっと腰が痛いけれど、針が刺さっていた痛みも肌の黒い斑点もすっかり消えていた。
朝早いのかな、透き通った鳥の鳴き声がする。青天井、どこまでも続く。銀色のビル、何本も建っている。手触りのよくないコンクリートの地面、手のひらを押し当てると跡が付く。
鞄が横に落ちていて、開けっ放しのチャックから書類が顔を出していた。ああ、仕事、やっぱりこういうのって普通に仕事行くんだよな。今日は何日?
今は家に帰って寝たい。人の姿もあんまり見たくないな。
私の足音、響いている。朝一番だとやっぱりここも静かだ。鞄が少し重く感じる。雲がない、風が止まったり吹いたり、少し海の香りがする。
ソラのことを思って手を前に出すけれど、ちっとも姿を見せてくれない。
そういえば私ジーンズを履いていたはずなんだけど、それに手袋も。今はスーツとスカートに戻っている。あの女の子は? ちゃんと戻って来れたかな。
探さないと、私が。
まだどこの店もやっていない。ショーウィンドウで外国人のマネキンが歯茎を出して笑ってる。そうだ、マニキュア塗ってみようかな。やっぱり青だよね。
カーテンの閉まった暗い部屋に私は重たい瞼を押さえながら帰ってきた。少し頭痛がする。普段見ないものをたくさん見たから。子供の頃から続く痛みだ。
カーテンの隙間から漏れる光、私はそのままベッドに寝ころんだ。薄暗い、でも明るい。手も、壁のポスターも、枕の柄も、目で確認できる。心地良いなあ、こうやって朝の光を中途半端に遮断した部屋って神秘的。
ああ、今日は会社休んじゃおうかな。でも何て言えばいいんだろう。あ、でも屋上、あそこから夕焼け見たいな。寝ちゃったら起きれないよな。あーどうしよう。
「どうしよう」
どうして居ないの? いつも居たのに。部屋の隅から見ていたでしょう? 叩いたのも謝るよ、あなたを憎んだことも全部。
「出てきて」
私の泣き声は乾いた部屋に響くこともせず、瞬時に生まれては瞬時に消えた。ソラが目の前に現れなかったら、私死んでたかも。醜いもの、気味の悪いものに怒りを向けさせることで私に逃げる場所をくれたんだ。馬鹿だったな、私。
「ありがとう」
何かに感謝するのは久しぶりだったけど、思いの他スムーズに言葉が出た。私もまだまだ、捨てたもんじゃない。