決断
少女がオレンジの鳥を呼び出した。
鳥は見る見るうちに大きくなって小型の飛行機程の大きさに落ち着いた。
「飛んでみる? 一緒に」
少女に導かれるままに私は左の翼の上に腰下した。
少女がふっと手を上げると鳥はゆっくり上昇し高層ビルも見下ろせる高さまで飛び上った。空を飛ぶのが仕事の生き物だ、平たい羽の上に乗っていてもソラとは違い抜群の安定感がある。
「見て」
私は息をのんだ。辺り一面漆黒のヘドロに覆われているようだ。ビルをよく見ると角が見えない。どれも柔らかく丸まって円柱のようになっている。
目を凝らさなければ空との境界もわからない。
黄色い光を灯していた信号機はもはや何処にあるのかすら見当がつかない。私たちがさっきまで居た場所も既に黒で埋まってしまった。
風の音、私の息遣い、少女のため息、それ以外もう何もない。
「どこまで行っても同じ景色……」
少女は両手を揉むようにして口元に持って行った。
背中が震えている。なんだ、ここにだって私たちの居場所無いじゃん。
「あなたが塗った世界だよ。どうせならもっと綺麗に塗れば良かった。あなたの色みたいに」
少女はぽろぽろと涙を流した。
「ごめんなさい」
こうやって見るとやっぱりただの女の子なんだ。あっちの世界でもきっと楽しく生きれていなかったんだろうな。お母さん、凄く疲れた顔をしてたから。
少女の涙が落ちた部分だけ水彩絵の具のようにほんの少しオレンジ色が薄くなったような気がした。
「あっ」
私は声を上げていた。
「水で滲ませたら、黒が浮き上がるんじゃないかな」
「水なんてどこから?」
すぐに思いついた。でもそれは、きっと以前の私なら、喜んで選択したはずの答え。消えてくれってずっと望んでいたはず。
でも今、この子を失ってまであちらの世界に戻る価値があるの?
「これしかないのかな。これしか」
呼びだす間もなく、ソラはすぐに私の隣に現れた。透き通るような青だったのに今は薄汚れてる。サメっていうよりシャチに近いかもしれない。この子には意識しなくても私の考えが伝わっちゃうんだ。
不運な生き物、それなのにまだ私に頭を擦りつけている。
「私とあなたでソラの中に入る。そのままあの闇の一番濃いところを突っ切れば、出ることができるかもしれない」
「私はここに残る。私の責任だから」
夢見がちなガキは嫌い。
「あなたは許されないことをしてきた。元の世界に戻っても裁かれることはない、こっちの世界で起きたことだから。だから逃がさない。私がずっと見張ってる。あなたは色の無い世界で、つまらない世界で生き続けなければいけない。色のある世界でなんか死なせてあげない」
少女は涙と嗚咽を止めた。似合わない、ちょっとだけ大人びた顔。
「でも、できなかったら?」
「できるよ。あなた言ってたじゃない、青は命の色だって。できないわけない。ソラにできないわけない」
半分自分に言い聞かせていた。ソラをぎゅっと抱きしめる。不思議と涙は出ない。これはきっと私で私を抱きしめているせいだ。
ソラは私、ソラが私。