縁取りの中で
ソラが渾身の力で体を捻ると細かく折れた黒い針がぽろぽろと四散する。痛みは無くなったが私の肌もソラの肌も黒い斑が消えずに残っている。ソラはもうほとんど動かなくなっていた。
少女がすぐそばにうつ伏せに倒れている。じわじわと地面に流れ出るオレンジの液体、これが彼女の色か。オレンジ色は黒と交じり合って汚染された川の水のようにどぎつい色に変わっていく。
少女の脇腹を貫いたままの青い銛を引き抜くと同時に彼女の傷が塞がるよう、青色で蓋をした。銛の一部を体に埋め込むイメージ、出来るかどうかなんてわからなかったが彼女の体から流れ出るオレンジは止まったように見えた。
見計らったようにソラと銛は風に溶けるようにして消えた。最後に手に残った銛の感覚で死んでしまったわけではないことはわかったがソラは相当な深手を負ってしまったようだ。
私も薄墨で塗られた様な黒い斑点が全身に広がっていて、触れてもなんともないのがぞっとするほど気味悪い。
「起きてる?」
少女はうつ伏せのまま小さく頷いた。
「この世界は何なの?」
「この世界はこの世界、名前なんてないけどいつも存在する世界」
「もっとわかりやすく教えてよ」
「サバンナだとかジャングルだとか、知ってるでしょ? でも行ったことはある?」
少女が毛羽立った髪の毛を揺らしながら上体を起こす。
「それと同じ。いつもあるのに行ったことも見たこともないから知らないだけ。知っていればここに来ることができる」
お腹にぴったりとはまったままの私の青色を少女は恐々と指先で撫でた。
「お姉ちゃんは自分の色の存在を知って、私と会って、知らないうちにこの世界の存在に気付いた」
「じゃあすぐ傍に現実があるの?」
「色の無い世界のことでしょ。現実だなんて言わないで。そうだよ、すぐそばにある」
さっきからほんの少しだけ耳鳴りがして、地面も揺れている。
「出方を教えて」
「塗り絵知ってるでしょ? この世界は塗り絵の黒い縁取りの中みたいなもの。外に出るには黒い枠を消すか壊すかして外の余白に逃れるしかない」
それで白を作ろうとしていたのか。
「ねえ、さっきから地面が揺れてるのはどうして?」
「きっとあの黒がね、縁取りと一体になってるんだ。線が無くなろうとしてる。今更白を作ったところでどうしようもない」
じゃあもうここから出れないの?
こんな暗くてつまらない場所で、少女と一緒に暮らしていくの?
絶望だわ。
塗り絵の縁を白く塗る以外に外の世界と同化する方法は? 破くとか? 破くってどうやって? 頭がぼーっとしてよく考えられない。
「そこら中に居る人を壊して白を一杯集めてみる? 針の穴ぐらい開けられるかも」
「……それは駄目。そんなことしか出来ないなんて情けなさすぎる」