刺さる
「お姉ちゃんこっちだよ」
少女の声が聞こえる。静止していた鼓膜に空気の振動が走る。私は前方の闇に向かって青の銛をかまえる。銛の先が闇を掻き分けて黒い霧が背中へと突き抜けていく。
「何処にいるの?」
私がそう聞いた瞬間に闇が晴れて目の前にピンク色の茜空が現れた。
鮮烈な風景、まだ身体がこの変化に対応できていない。数秒経ってやっと鼓動が早くなる。少女はスクランブル交差点の真ん中で喪服のように真っ黒なワンピースに身を包んでいた。
この夕焼けは闇のそれよりも不気味だ。子どもの頃に見た西洋人形の瞳のように透き通った恐怖。鮮やかな色、目が痛い。
「さようなら。お姉ちゃん」
少女の身体からマチ針のような黒く鋭い線が何万本も噴出する。闇の針で茜空の一角が真っ黒く彩られる。少女が指をほんの少し震わせると黒の針は一斉に私めがけて四方から突っ込んできた。
とても避けるとか防御とかできる数ではない。あの子は私を殺す気だ。
ソラの背中からいくつもの背鰭が突き出して私を取り囲む。私は鰭と鰭の隙間から銛を突き出して構える。狙うのは少女一人。
物凄い数の針がソラの身体を突き刺す。ソラの肌のおかげで最初の数本はぽろぽろとコンクリートの上に落ちたが、続けざまに放たれる針が少しずつソラの身体に突き刺さる。
ソラは少し身体を震わせた。残酷すぎる光景、針は私の体にも何本か突き刺さり痛みでどうにかなりそう。ソラを心配する余裕も無い、脳細胞からの伝達が間に合わない。
「ぐあ」
出したことの無いような情けない声が漏れる。針は皮を貫き、血管を貫き、骨を締め上げる。構えた銛の感覚もわからない。
「どう? 痛くないでしょ? 痛いって言う前に死んじゃうから」
少女の声、近い、近くにいる。様子を見に出てきた。
「これでもっと黒くなる」
耳のすぐそばで息遣いが聞こえる。最後のチャンス。
構えていた銛から力を抜き、零れ落ちた先端がゆっくりとソラの額に触れる。銛はソラに吸収され、頭の先から新しく生え変わった。
ズッ
銛は、何かに刺さった。
「え、痛」
呆気にとられた少女の声が聞こえる。