11,開かずの扉
日は落ちていた。トリノ達3人は、車通りの激しい道に面したファミリーレストランに居た。4人掛けのボックス席に、ソラの隣にトリノ、正面にキサラギというように着いていた。
「えー……と……」
通話を切って、ソラは頭を抱えた。キサラギが普段通りの無愛想な顔で訊ねる。
「……どうした?」
キサラギへトリノはどこか怯えた瞳を向けた。
「……いえ。……つい今し方、私たちは二人目のキサラギ先輩と電話でお話していたわけですよ……?」
トリノもソラも、少なからず困惑している。しかし当事者であるキサラギは平然としていた。
しばしの沈黙。ソラが唸った。
コピーして張り付けたように、キサラギが二人。しかし紙と違って、人間のコピーは出来ない。
キサラギ本人と、キサラギのそっくりさんだろうか。そうなると、少なくとも駅で待っているキサラギが、向こうから電話をしてきたのだから本人である確率が高かった。
ソラは視線を持ち上げて、キサラギの様子を盗み見た。ドリンクバーで汲んできたコーヒーを、無感動に飲んでいた。見慣れたキサラギの様子で、違和感などなかった。
やがてトリノがぽつりと言った。
「……先輩は私たちを助けてくれましたから……」
ソラは瞳を横へ向けた。空になったカップを両手で包み込んだトリノは、視線をその底へ落とし、小さくふるえていた。
「……」
ソラは何も言わなかった。しかし直感的に分かることがあった。予感がした。あちらのキサラギが、よく知っているキサラギなのだ。
ソラは、あちらのキサラギが言っていたことを思い出して、スマートフォンを取り出しカメラ機能を呼び出す。
目の前のキサラギが本物かどうかを知る1つの目安として、カメラに写るかどうかを調べる。あちらのキサラギが言う通りなら、目の前のキサラギはカメラに写らないはずである。
ソラはゆっくりとカメラを向けていく。
「——! だめですよ! ソラちゃん!」
カメラがキサラギの姿をとらえる直前、トリノの腕が遮った。
「……ソ、ソラちゃんは先輩を疑っているんですか?」
震えた声でトリノは取り繕うように言う。表情は蒼白で、スマートフォンを押さえつける指は小刻みに震えていた。
トリノ自身、自分の言葉を信じきることが出来ないのだろう。カメラをのぞき込んで、その先の事実を知ってしまうのを恐れているのだ。
しかし、それはソラも同じだった。
カメラをのぞき込んで、キサラギという人間が写らなかったら、そのときは——
——3人目のドリンクバー代は誰が払うのだろうか?
いや違う。
ソラはスマートフォンを握りながら、頭を左右にふるふるとふった。
恐怖のせいか、思考が現実逃避を始めてしまった。むしろ思考は限りなく現実を見たのかもしれないが、それは今考えることではないだろう。
隣でトリノが心配げな様子でソラを見ていた。
そもそも、レストラン内の周囲の客は、キサラギの姿が見えているのだろうか? 先ほどレストランに入ったとき、何人かと聞かれ、「3人だ」と答えたら、なぜか聞き返されたのを思い出す。
もしキサラギが見えなければ、ソラとトリノはボックス席で隣り合わせに寄り添って座る2人の女の子ということだ。しかも今は見つめ合っている。
なんだか危険な香り。
「…………」
「どうしたんですか? ソラちゃん……」
トリノの言葉でソラは、はっと我に返った。
「疑う疑わないは置いておいて、とりあえず確認してみたほうがいいと思うよ?」
トリノは少し悩んだ後、申し訳なさそうな顔をキサラギに向けた。
「……そうですね……ごめんなさい、先輩。確認しますね」
キサラギは無表情で、
「好きにしろ」
とだけ言った。
再びカメラ機能を呼び出して、カメラをキサラギへと向けていく。トリノはソラに強く抱きつき、身体を硬直させながら、しかし視線はディスプレイに向けられていた。
はたしてそこにキサラギの姿はあるのだろうか。
ソラとトリノはゴクリと喉を慣らした。
ディスプレイにコーヒーの入ったカップが写った。カメラがキサラギを捕らえるまで、後僅かだった。
やがてキサラギの腕が写り込んだ。
とたんに緊張がほぐれ、緊張した2人の表情に笑みが浮かんだ。
「ほら! やっぱり先輩は——」
トリノの笑顔が凍り付いた。
「……俺が……どうした?」
何食わぬ様子で、キサラギが訊ねる。
ソラとトリノは、目を見開いたまま、ディスプレイを凝視していた。
キサラギは写っている。
だが頭が無かった。首は、刃物で切られてしまったように途中からとぎれ、切り口から血管やら白い骨が露出していた。
ソラにしがみつくトリノの口から、がちがちと奥歯がぶつかる音がする。
目の前のキサラギは、明らかに異常だった。
痛々しく凄惨で、かつグロテスクで見るに耐えなかった。しかしディスプレイから目を離すことが出来なかった。
ディスプレイの中で、キサラギはカップを掴み、無いはずの頭へ運んでいく、そして傾けられたカップからコーヒーが盛大にこぼれて、テーブルへ落ちる。
コーヒーの飛沫がソラへ跳ねた。
ソラの身体が反射的に動いた。2人の視界からディスプレイが消えた。
テーブルを挟んで正面に、首のないキサラギが座っていた。
「——!!」
2人は声にならない悲鳴を上げた。
冷静さを欠いた2人は、ソファーから落ちるようにして離れると、外界との仕切りである出口へ向かって走り出した。
しかし扉は——




