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第3話 予定調和!?…の乱入デビュー

いよいよ試合に乱入することになった

同心館大学総合格闘部の6人。

蛸山からの言いつけを少し誤解している

ようだが、その結末はいったい!?

 試合前のスポーツ選手の時間の過ごし方は様々だ。

 もちろん、競技種目にもよるだろうが、基本的に彼らは試合開始までは精神集中を繰り返し、自分の中で良い意味での緊張感を生み出し戦いにのぞんでいく。


 ある空手家は、自分の緊張の糸が切れるのを嫌い、次の試合までの休憩時間中、休むこともなく、ずっと正拳突を続けていたという。

 逆に試合直前まで仮眠をとるボクサーもいるという。


 プロレスラーはリングシューズを履き、コスチュームに身を包んだ瞬間に変身を遂げるものが多い。普段は温厚な顔つきなのに、突如として犯罪者めいた危険な目つきになり話しかけたもの全てに怒声を浴びせるなど、平生とのギャップに彼らの人格すら疑いたくなる場合もある。

 もっとも、これも全てのレスラーに当てはまるわけではない。


 特にGaPaのような地方の弱小団体では、選手といえども試合の直前まで会場前で客引き?をしたり、グッズ売り場に張り付いたりと、いつ気持ちを入れかえるのかと心配になるほど忙しく働いているものが多い。

 同心館6人衆が蛸山に呼ばれて行った20××年9月5日の興行でも状況は同じで、彼らは体育会の姿勢で挨拶回りや会場準備を手伝おうとしたのだが、乱入する人間があまり人目につくのは好ましくないし、ましてや楽しく話をしているのを見られるのはまずいということで、控え室に閉じ込められることとなった。


 とはいえ、何かと気を使う6人の姿勢は選手たちに評判がよく(彼らとしては蛸山と同じ控え室にいたくなかっただけなのだが)、「今夜は上手いこと盛り上げてくれよ」「タコちゃんの後輩なら期待できるねェ」などと暖かくも呑気な言葉をかけてもらっていた。


 ただ、若手の2,3名はこの海の物とも山の物ともつかぬ不審な同世代の連中の来訪をこころよくは思っていなかったようだ。

 それでも、蛸山が決めたことなら仕方ないと、彼らも上層部の決定に従うしかなかった。

 この団体において、蛸山という男の存在がどれだけ大きいか推し量れるだろう。


 「さて、…と」

 蛸山がマスク・怒・オクトパスに変身し、グッズ売り場に向かって行った。

 控え室からでも何人かのファンの嬌声が聞こえた。ついでにそれよりも大きな声で蛸山のへたくそな英語も聞こえてきた「サンキュー、サンキューネー」。

 しばらくすると声は聞こえなくなった。

 蛸山は少ないファンと共に階段を上りグッズ売り場に消えていったようだ。


 「…行ったか?」

 「分からん、もう少し待機だ」

 「フヒ-、喉渇いた…」

 例の6人は狭い控え室の一番隅に身を寄せ合って直立不動で立っている。手はヘソの下で親指を隠す形でクロスし、あごを引き、これでもかというほど真剣な表情で蛸山が去った扉を見つめている。

 そして2分、さらに5分と時間が流れた。

 「も、もうええやろ。いい加減」

 と言いながら望青空が狭い控え室にどさりと倒れるように寝転がる。

 「よっしゃ、主将が寝るんやったら、オレらもええやろ」

 それに続き、他の部員たちもスペースを無理やり見つけて各々がへたり込んだり、寝転がったりとくつろぎ始める。一人志摩犬健だけが乗り遅れ、直立不動のまま座ることもできないでいた。


 「どうするよ、のぞみぃ」

 一気に埃まみれになった制服を気にするふうもなく平木基樹が言う。

 「どうするって、何を?」

 視線も送らずに答える青空。

 「オレあんまりプロレス詳しくないぞ。それやのに今後やっていけんのか?」

 不安げである。元来平木はこの中では現状をしっかり考える方だ。意外と慎重派なのだ。

 「もうええやん、あの人に会ったんがオレらの運の尽きやってん。ホヒョ」と呑気な元瀬敏男。

 「そやな、とりあえず今晩どうするかや」青空が返す。

 「やるからにはオレは目立ちてえよ、強烈なインパクトも残したいしさ」

 お祭り感覚で名月純が言った。ノリだけは良いようだ。

 「プロレス…か」

 平木は誰に言うでもなくつぶやいた。そして自分に言い聞かせるように

 「…悪くないかもな」と繰り返していた。

 その声が聞こえているのかいないのか、突然青空が立ちあがり言った。


 「よっしゃ、やるからにはあの人(蛸山)の期待を良い意味で裏切っていこうぜ!要はオレたちに、この団体引き受けて新しい団体に変えてくれって事やろ」

 沢下博が、そうだったっけ?と小首を傾げていた。

 別に団体を変えてくれとは言われてない気もしたが、それは言わずにいた。

 他の部員たちは特に疑問も持たず、新しい団体名について言い争い出した。


 「大体こういうのって英語の頭文字とか取るんやんな」と平木。

 「でもそれ、いかにもって感じじゃねえか?あえて漢字一文字とかにした方が、かっこよくねぇ?」そして名月。

 「うーん、結構斬新かもな」とハモる二人。

 と、ここで珍しく名月純と平木の意見が一致したが、この後のまとまりのなさといったら、彼らの仲間関係をそっくり表したものとなった。


 少しその言い争いを紹介しておくと…

 「…だから、いくらなんでも"男"はないだろっつってんじゃん」

 「アホ、漢字の漢と書いて"オトコ"やないか!」

 「それはダサいわ。どこのB級Vシネマやねんって感じするもん」

 「ほな、お前なんか考えろや、沢下」

 「…"愛"」

 「…苦し紛れに言っただけやろ?」

 「ご名答」

 「ちょっと皆、真剣に考えようよぉ」

 「お前、一つも良い案出してないやろが、イヌ!」

 「なんでだよぉ、ボクは『真琴』を一押ししたじゃないか」

 「なんで、お前の彼女おんなの名前を冠に使わなあかんねん!」

 「まーまー、もめるな。ここは一つ"イチゴ"ってことで、ウヒ」

 「…」

 「…」

 「ま、こいつは問題外として…何かないか?」

 「え、何?オレ無視?ホヘー」


 とまあ、このように意味のないやり取りがずっと交わされていたわけだが、ふと沢下が口にした一言が彼らの今後につながっていく。

 「いっそ、ウチらのクラブ名そのまま出したらどうや?」

 「なるほど、総合格闘部か…」

 「うーん、聞き慣れてるせいか悪くはないけど何か泥臭いな、オンナ来ねぇよ」

 「それは困る!」と一同。


 しばし沈黙、そして青空が言った。

 「これこそ頭文字取ったらええねん!略してDSK!」

 「??なんで最後Kやねん」一同が首をかしげた。

 「アホかお前"同心館総合格闘クラブ"の略やんけ」

 自信満々に答える青空。 これを受け、あきれる一同。

 「アホはお前や、クラブ―Clubやったら最後Cやろが…」

 「しっかりせえよ、主将!」

 「お前、英文(科)じゃなかったっけ?」

 その通り、青空は同心館の中ではエリートコースとされている文学部英文学科に属している。

 まあ、言うまでもなく落ちこぼれである。


 「う、うるさい!KでもCでもこの際ええわ。どうすんねん、お前ら」切れる青空。

 「そやな、疲れてきたし…」と沢下博。

 「ええんちゃう、"DSC"で」平木がつぶやく。

 「はい、決定-。後はしっかりアピールしてな、主将。ムヒョ」

 「やっぱりオレがやらなあかんの?」青空が自分を指さす。

 当然。という顔で頷く5人。「ま、ええか」と青空も乗り気なようだ。


 「さて、と…後は乱入の仕方と、蛸山さんに誰から技をしかけるかやな…」

 と、議題は一応移っていくようである。

 なんか、いい加減にやっているようで結構みんなの意見を統合している辺りは、ほんの少し彼らを見なおしたくなるが、実のところどうなのかは分からない。

 実際、この後は誰が最後に技をかけるか、つまりトリは誰がやるかということで、結局掴み合いのケンカをしたようだ。


 ただ、この6人のやり取りは部屋の隅の防犯カメラに納められていたため、蛸山もグッズ売り場でちょこちょことチェックしていた。

 「新団体?…オレそこまで言ったっけ?…」

 腑に落ちない点はいくつかあったが、それはたいしたことではなかった。

 『今日は久しぶりに客、湧くな…』

 そう思う蛸山のマスクの下の顔は自然と笑顔になっていた。

 彼は一体あの6人に何を期待しているのであろうか…


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