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1話(その5)

 「あのう…皆さん、オレの話を…」

 すっかり立場の弱くなってしまったこの男こそ、総合格闘部第十代主将、望青空のぞみあおぞらその人である。

 芸名のような名前だが本名だ。日本中でもベスト10に入るような爽やかな名前ではないだろうか。

 青空本人もどちらかといえば爽やかなお兄さんといった感じのする男ではある

 身長174センチ、体重70キロ。マッチョではなく一見するとボクサー体形。

 事実、青空はボクシング部では重量クラスの助っ人として重宝がられていた。

 シュート・ボクシングもかじっており、それらの真剣勝負では負けたことがない。

 しかし四年間彼が専門としていたのは学生プロレスで、そこでは平気で笑いを取ったり八百長試合もしていた。もちろん本気を出したら、プロレス・サークルの学生が再起不能になる恐れもあったからなのだろうが、青空は真剣勝負よりも観客を楽しませることが好きだったようだ。

 それでも一応主将に選ばれているのは、クラブの中で一番実力があるということなのだろうが、今の状態を見ると統率力はないようである。


 「とにかく静かにせえよ、お前ら!またかかってきたら……」

 と、みんなを落ち着かせようとしているのに、ずっと無視されている

 「お前らなぁ、主将の言うことがきけんのか!」

 「きけるか!!」

 えらそうに言ったときだけ、反発をかうことでかろうじて相手にされている。

 主将としては情けない限りであるが、それも青空のこれからの行動を見ていると仕方がないことだと思えてくるだろう。

 部員たちから無視されつづけた青空は、自分の携帯からリダイアルで電話をかけた。

 そして、開口1番、恐ろしく甘えた声で・・・

 「あ、ママ、元気だった?もう三時間もママの声聞いてなかったから、ボクチン寂しかったー」

 一瞬にして喧騒が静まり、青空以外の部員が眉間にしわをよせる。

 「みんなね、ボクチンが強すぎるからヤキモチ焼いて言うこと聞いてくれないのー」

 一気にだらしない顔になった青空が甘い声で話しつづける。

 また始まったか、というような顔をした博が受話器を取り上げた。

 「何すんねん?!返せボケ!」

 一転してどすのきいた声で叫ぶ青空。

 「ごめん、ごめん。オレらが悪かった。こうしてる間にも、タコ山さんがお前の携帯にかけなおしてくるかも知らんやろ?おとなしく待ってよ、な?」

 博がだだっ子をなだめるように言いながら、携帯の電源を切った。

 「ま、分かればええんや」

 もう一度厳しい表情に戻り、青空は全員を見まわした。

 言うまでもなく、部員たちはうんざりした顔をしている。

 これがなかったら、結構ええ主将やのに……、基樹が青空には聞こえないようにつぶやいた。聞こえると厄介なことになるのは必至だからだ。


 もう説明は要らないかもしれないが、青空は自他ともに認めるマザコンである。

 自分でも認めているくせにマザコン扱いをされると手がつけられないほどに暴れる。

 童顔殺人者と化している時の博とぶつかり合えば、本当に恐ろしいことになると部員たちはおびえている。

 それはともかくとして青空のことだが、これほどまでにひどいマザコンになったのには理由があるらしい。

 部員たちも詳しくは知らないのだが、中学のころのある事件をきっかけに青空は変わってしまったそうだ。それまでは地元大阪では知らないものはいない、ヤクザがスカウトに来るほどのヤンキーだったらしい。

 さらに複雑なことに、現在の母親はフィリピン人で、本当の生みの親ではないらしい。

 共に仲良く暮らせるようになるまでに、複雑な事情があったということなのだが、難しい話を嫌う総合格闘部員は誰もそれ以上の事を聞かない。

 それだけに、部員たちもこの件に関してはあまり強いことを言えないようだ。

 当の青空も、俺は誇り高きマザコンとして生きると言ってはばからない。

 「あー、でもママの声聞いたら家に帰りたくなったな。オレ帰ったらあかん?」

 また少しだらしない顔になった青空が誰にというわけでもなくつぶやく。

 「アホ、お前主将やろ。ちゃんとタコ山さんから電話かかってきたら出ろよ!」

 基樹が怒鳴るように言う。

 「えー、何でオレが出なあかんねん?」

 「だって、お前主将だろ?オレたちの代表じゃん」

 「くそー、お前ら、こういうときだけ主将主将って……」

 「主将、後は頼みます、ウヒャヒャヒャヒャ!」

 「いつか殺すからな、お前」

 「あ、ボクのピッチが震えてる!!」

 くだらない会話を続けていた部員たちだったが、健の一言で急に現実に連れ戻された。

 机の真中に置いてある健の見た目と真逆の可愛らしい電話が、ものすごい勢いで震えている。

 「早く出てよ、望ぃ、また切れちゃうよぉ」

 健が情けない顔で言う。

 「お前の電話やんけ、イヌ!お前が出ろや!」

 「いや、イヌでは頼りない。オレらのためにも望が出た方がいい」

 博がきっぱりと言う。部員たちも力強くうなずく。

 青空は一瞬ひきつった顔をしたが、意を決したように叫びながら健のピッチを手にした。

 「くそー、いつまでもタコ山さんをびびってられるか!!」

 ごくりとつばを飲み、不安げな顔になる部員たち。電話がつながったようだ。

 「お電話ありがとうございます!同心館大学総合格闘部第十代主将の望青空です!」

 先ほどの啖呵はどこへやら、直立不動でがちがちに固まった青空が受話器に向かい叫んだ。

 蛸山と言うのはそれほどまでに恐れられている存在らしい。

 「はい!……は、はい??」

 青空の両肩から一気に力が抜けた。そしてへなへなと椅子にもたれかかり電話を健に投げつける。

 そして、怒りと安堵の入り混じった複雑な表情で、イヌに向かって吐き捨てるように言う。

 「……真琴まことちゃんや、アホ!」

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