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1話(その4)

 「おい、イヌ、いつタコ山さんから電話あんねん?連絡受けたんお前やろ?」   

 電話を待つのに疲れてきたのか、基樹があくびをしながら言う。

 「うん、練習終わる時間に合わせてかけてくれるはずなんだけど……」

 申し訳なさそうに健がこたえる。ちなみに彼は、みんなからはイヌと呼ばれている。

 もちろん志摩犬という苗字のせいだ。犬のように扱われているからではない、たぶん……。

 「ま、あの人が約束破るのは仕方がないとして、ほったらかしにしてる後輩たちは無事かな?」

 健が道場に残してきた後輩たちの安否を気遣う。

 「いくら引退するときの伝統とはいえ、少しやりすぎたかな?ボ、ボク見てこようか?」

 一度気にすると、ますます心配になるタイプなのか、健はさらに不安げな顔をする。

 ちなみに総合格闘部では、引退式の練習で引退する先輩が、四年間で自分があみ出した必殺技を無防備の後輩たちにおみまいして技術を伝えるという伝統が根強く残っている。


 「かまへんって。オレらのときより絶対甘いから。

  …それにマネージャーが一応来てるやん、誰も死なんわ」

 と、気楽な返事をしたのは健の向かい側の童顔の男だ。

 男というより、少年といった感じのする彼の名は、沢下博さわしたひろしという。

 地元、京都出身。168センチ65キロと一番小柄。

 一見すると中学生にも見えるし、女性的な顔立ちをしている。表情も柔らかだ。

 が、総合格闘部では副将をつとめてきた。

 相手を倒すよりも自分の技の美しさを見せつけるような格闘技を愛する彼の主な専門は、少林寺拳法とテコンドー。

 少林寺では、一人で演武をする単独演武で世界大会優勝。テコンドーでも全日本選手権を圧倒的強さで優勝し、オリンピックの候補選手となったが、部の方針により辞退。大学の方からはかなりのクレームがきたらしい。

 どちらの大会も、初出場でそこまでのぼりつめてしまったのだ。かなりの天才肌である。

 さわやかな天才格闘家にも見えるが、しかし、彼の本性は部員たちが博につけたニックネーム"童顔殺人者"に集約されている。

 つまり博は、自分がむきになることや攻撃を受けることを極度に嫌うため、実力が伯仲する部員間のスパーリングでは、自分が不利になったとたん、我を忘れたように本気で相手を殺しにかかるのである。

 この博の性格を立証する事例は数多く存在するが、一番洒落にならなかったのは、これだ。

 ある日の練習中に、イヌこと健に投げられて失神させられたのだが、復活後、後ろから無防備の健を襲い首をしめ(チョーク・スリーパー)、全員の制止を聞かず、彼を仮死状態に追い込んだことだろう。

 ただ基本的に性格はのんびりしているというか、普段はのほほんとしており、物事を真剣に考えない軽くていいかげんな男である。

 女性に関しては無理をしないタイプ。言い寄られると、美人でもおばさんでもなんでもオーケーするのだが、自分から攻撃していく方ではない。それでも歴代のマネージャーにすべて手をつけたことから、「世界一身近で手を打つ男」とも呼ばれている。

 だいたい、総合格闘部にはマネージャーなどあまりいないし、来たとしてもおよそ女子大生らしくないごつい感じの女性が多いのだが、博はあまりそういうことは気にしないらしい。

 今残っているマネージャーは二人いて、二人とも一応誰が見ても女に見えるので、まだましな方だといえるが、博の奪い合いで女の争いが絶えない日々らしい。おそらく負けた(または博に愛想を尽かした)方が、そのうちクラブを出て行くだろう。

 その沢下博が無責任にマネージャーに全ての事後処理を押しつけようとしているのだ。

 「ま、ほっとけ、ほっとけ。問題あったらあいつら(マネ2人)のせいやから」

 と、笑っている。


 「マネージャーねぇ、あいつらが世話すんのん、沢下だけやでなあ」

 基樹が、山口弁とも関西弁ともいえない彼独特の言いまわしでつぶやく。

 「下の世話ばっかりやけどな!ウシャシャシャシャ!」

 敏男がオヤジ以上にオヤジらしく叫び、またイチゴ牛乳を飲みに行った。

 「でも、なんであいつらケンカするんかね?オレは別に三人で仲良くしてもいいのに」

 博が罪の意識のかけらもない目で言う。

 「ある意味、お前オレよりタチ悪いんじゃない?」

 純があきれたように返す。

 と、その瞬間、またしても純の携帯電話が音をたてた。

 「しつけえな!」

 と言って反射的に電話を切った純の顔が一瞬にして青ざめた。

 「あ、あ、ああ……」

 純は携帯を握り締めたまま、がたがたと震えだした。

 ただならない純の状態に息をのむ部員たち。

 本当の意味で、重い沈黙が流れた。



 が、意を決したように一人の男が口を開いた。

 「まさか、今の電話タコ山さんからか?」

 うなだれるようにゆっくりとうなずく純。

 とたんに他の部員から罵声が飛ぶ。

 「どないしてくれんねん!」

 「もし、機嫌そこねたらオレら殺されるぞ!」

 「ボ、ボクのせいじゃないからね」

 「イチゴ牛乳こぼれたやんけ!」

 「うるせえ!一番の被害者はオレじゃねえか!!」

 と、まるで新しい担任を発表されたときの小学校低学年の児童のように、おのおのが好き勝手に騒ぎ出し収拾がつかなくなった。

 だがそのとき、さっきの例を続けていうなら、子供の扱いに慣れたベテランの女教師よろしく一人の男が立ち上がり、厳しい顔で叫んだ。

 「静かにせえ!」

 その一声で他の部員たちは一瞬だけ我にかえった。

 男は勝ち誇ったように全員の顔を見つめ言葉を続けようとした。

 「まぁ、落ち着こうや……」

 と、言い終わらないうちに今度は全員が一斉に叫んだ。

 「えらそうに言うな!!」

 そしてまたしても動物園状態。男はもはや完璧に無視されている。

 「おーい、みなさーん、ちょっと聞いてーやー・・・」


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