同心館大学総合格闘部10代目幹部の進路
第1話 同心館大学総合格闘部10代目幹部の進路
京都には実に多くの大学がある。
受験生や予備校の講師といえども、そのすべてを把握しているものはあまりいないのではないだろうか。
同心館という大学も、受験関係者があまり注目しない大学のひとつである。
京都と奈良の県境、とある山を切り開いてつくられたようなこの大学は、敷地ばかり広く、周囲に大学生が集まるような飲み屋もカラオケ・ボックスもなく、おまけに民家まで数えるほどしかないという田舎全開の環境にある。
ここの学生たちは、登校することを自主監禁と呼び、家に帰ることを下山、そして大学の外を下界と呼んでいるのだが、実際に足を運んでみればその表現も大げさではないと分かるはずだ。
さて、そんな同心館大学のさらに奥の奥、一般の学生なら四年間足を踏み入れないまま卒業するような場所に、古代中国を思わせるようないかつい建物がある。
武真館。と名づけられたその建物には、空手部などをはじめとしてさまざまな格闘系クラブの道場がある。
もっともこの建物も、その存在を知る学生からは通称、牢獄やら物置などと呼ばれているらしい。
確かにこの建物の中にある各クラブの部室を見ると、ごみ箱、もとい、物置と呼ばれても仕方ないと思わされる乱雑さがある。
その物置のそばに、格闘系のクラブに所属するむさくるしい男たちが集まるラウンジがある。
良く言えば休憩室だが、雰囲気としては、朝のラッシュ時に四方を小太りで厚化粧のおばさんたちに囲まれたような、いやな熱気にあふれる空間というのがしっくり来る。
そんな場所で今、六人の男たちが放心したような顔で天井を見つめている。
彼らは総合格闘部という比較的歴史の浅いクラブに、つい今しがたまで所属していた。
今しがたまでとは言っても、彼らは別にクラブを追い出されたわけではない。
今日は彼らの引退稽古だったのだ。
彼らの放心した表情は、クラブを引退した寂しさからくるものなのであろうか。
数々の思い出が今彼らの心の中で美しく昇華しようとしているのであろうか。
残念ながらそうではない。
彼らは本当に、ただただ単純に疲れているだけなのだ。
会話の内容を聞けばそれがよくわかってもらえるだろう。
しかし彼らは、約十分間呆けた顔をしたまま誰も口を開こうとしない。
その顔つきは魂を吸い取られた老人のようであり、若者らしい情熱はかけらも見受けられない。
このまま彼らが沈黙を保ったままだと、この物語は進展していかないかもしれない。
では、いったいこの先どうなる?と、ごく一部の心やさしい読者の方々が心配してくれたであろうそのとき!
ついに一人の男が席を立った。
身長188センチ、体重は百キロに及ぶだろうか。かなりの大男である。
彼はそのままラウンジの隅にある自動販売機へ向かい、おもむろにイチゴ牛乳を買った。
その場でストローをさし、一気に飲み干すと満足げに笑った。
なんとも知性的でない下卑た笑顔である。知能指数はチンパンジー以下といった風情だ。
付け加えて言うと、男性ホルモンは豊富なようで体毛が異常に濃く、ふけた顔をしている。
先ほど飲んだイチゴ牛乳が、口ひげについてピンクに固まりかけている。
それに気づいているのかいないのか、彼は口元をべろりとなめまわし、例のスケベ顔でもう一度自動販売機の前に立ち、今度はイチゴ牛乳を三本買った。
自分の席に戻ると、彼は嬉しそうにそのすべてにストローをさし、三本のイチゴ牛乳を一気に吸い上げていった。
ズルズルズル、ジュポッ♡
彼の足元には空になったイチゴ牛乳が十本以上散乱している。
飲み終わると一度だけげっぷをして彼はまたもとの態勢に戻った。
どうやら行動終了のようである。
……、これでは本当に話が進まない。
この際彼らの取る意味のない行動はすべて無視して、こちらで話を進めよう。