剥製
「アハハハハハハハッ」
私は笑う。
屋敷中に響き渡るくらい大きく、高く。
「アハハハハハハハハッ」
私は笑う。
楽しいから笑うのではない、悲しいから笑うのではない。
「アハハハハハハハハハッ」
私は笑う。
隣に愛する人を置いて。
笑う。笑う。笑う。笑う。
そう、これは嬉しくて、あまりに嬉しすぎて、笑っているのだ。
「ねぇ…秀一?」
「何? 実加、もしかして今日も家に来たいとか?」
秀一は甘えた声で囁く美加を見て、おかしそうに微笑んだ。
「え、分かっちゃっ…た? そうだよ。ねぇ、今日も泊まっていってもいい? いいよね、ね?」
実加は秀一の腕に絡みついてはにかむ。秀一はそんな実加を愛しそうに正面から抱きしめた。
「あぁ、もちろん。けど実加、今日は朝まで寝かしてやんねぇぞ?」
「えぇー、明後日大学のレポート提出しなきゃなのにぃ」
実加が顔を赤らめながらも少しばかりの反抗。けれど秀一には彼女の思考なんてお見通しで、
「俺とレポート、どっちが大事…?」
「…秀一っ」
バカップル。そう回りからは見て取れるだろう。けれど堂々とこんなにイチャつけるのはここがあまり人の通らない閑散とした住宅街だからなわけで、当然、ここには彼ら以外には人っ子一人いない。
…そう、いない、
ハズダッタ。
私ヲ除イテ。
私ハ実加デハナイ、私ハ……。
私は過去を振り返る。
3年間、私は3年間待った。
3年前、私と秀一は恋人同士だった。
秀一が高1のとき、そして私が新米の教師として高校に就職してから3ヶ月経ったとき、彼は私に告白した。一度は教師という職業を考え、すぐに断った。けれど、何度となく熱意をぶつけてくる彼に対して少しずつ好意を持ってしまい、最後には根気負け。それから私達は恋人になり、溜め息が出そうなほどに幸せだと思える日々が3ヶ月続いた。こんな幸せがいつまでも続けばいいのに、本心からそう思い続けていたけれど現実はそうも甘くなくて、ちょっとした事から学校側にバれてしまい私は他校へ転任。そして秀一は数週間の停学ということで話は閉じられた。
転任先での高校ではとても酷いものだった。生徒にも、そして同じ先生にさえも生徒に手を出した教師と罵られた。辛かった、悲しかった。特に秀一に会えないのがすごく寂しくて悲しくて…毎夜涙で枕を濡らす日々が続いたのだった。
そして3年後、秀一が晴れて高校を卒業し、今大学で頑張っているという情報を耳にして、私はついに恋をすることが自由になったのだ、と狂喜乱舞しながら彼の元に会いに行ったとき、
…彼の隣には可愛らしい彼女がいた。
彼女の名前は、実加。
秀一にとって私との日々はたったの3ヶ月の恋だったのかもしれない。けれど、私は人生で初めてで、本当の、本気の恋をしたのだ。
秀一を私から奪い去った学校が憎い。
秀一を私から奪い去った実加が憎い。
そして、私を捨てた秀一が、一番、憎い。
――重すぎる愛が憎しみに変わるのは、そう時間なんてかからなかった。
「アハハハハハハハハハハッ」
空っぽの秀一。
「アハハハハハハハハハハハッ」
脳みそも抜いた。内臓も抜いた。これで立派な秀一の、剥製。
「アハハハハハハハハハハハッ…ハハハッハッ…」
彼は私だけのもの。一生私だけのもの。もう、誰にも…奪わせない。
…けれど、どうしてだろうか。何よりも嬉しいはずなのに、
私の心も、剥製なのはどうしてだろうか。
どうして、剥製が涙を。赤く、冷たい涙を流しているのだろうか。




