ある国の兄妹
その国の王族は、人間の機能をひとつ捨てることで、強大な魔法を使うことができた。
現在の国王は耳を、先代の国王は舌を……というように。
機能をひとつ捨て去るその儀式は、清浄なるものと讃えられ、生まれてすぐに行われる。
ここ三代は婆やと呼ばれる老女がとり仕切っていた。
王たちは、自分たちが生まれつき「身体の能力をひとつ失っている」と信じ込んでいたが、実際は生後間もない彼らに対し、婆やが行っていた。
兄が生まれた日、婆やは両足の腱を切った。
妹が生まれた日、婆やは両目を切り裂いた。
身体に残った傷は出産の折にできたものとされ、婆やの凶行は誰にもとがめられなかった。
兄は足が動かず、妹は目が見えなかった。
兄妹が大きくなると、王族の力が妹に宿っていることがわかった。
婆やは王妃をひどくなじった。
女に国は継がせられない。女を生んだお前が悪いのだと。
その日から、妹は男としての教育を施されるようになった。
妹は、魔法を扱う力は優れていたが、身体は弱かった。
日々、繰り返される“男の王”としての訓練は、妹を衰弱させた。
妹にとって、兄との談笑だけが心の支えだった。
兄は妹を愛しており、代わりになれない自分の不甲斐なさを恨んだ。
妹は、国中で並ぶ者のいない魔法使いになっていた。
ある日、妹は兄を呼び、動かぬ両足に治癒の魔法をかけた。
生まれてからずっと無反応だった兄の両足は、その時、初めて動いた。
兄は歓喜し、妹はその場に倒れ込んだ。
それは、命を失う危険すらある、禁じられた魔法のひとつだった。
兄は、生涯、妹のために尽くすことを誓った。
兄は、死ぬ気で努力した。
動く足があれば、妹を敵から守ることができる。
兄は自分が妹の目となることこそが、ただひとつの恩返しだと信じていた。
やがて兄は、過酷を乗り越え、自由に動かせる足を手に入れた。
しかし、妹の命がなくなれば、その魔法が解けることもわかった。
兄は妹をおぶり、草原を駆け抜けた。
足を失った少年と目を失った少女が、初めて風を感じた瞬間だった。
時は過ぎ、兄が踏み入れた書庫にその記録はあった。
自分たちの身体機能をひとつ停止させたのは人為的なものであり、それは代々強力な魔法を受け継いでいくために婆やがしていたことだとわかった。
女の青春を捨て、男として生かされている妹があまりに不憫だった。
妹の人生は、彼女のものではなくなっていた。
兄は、この呪われた国に巣食う虫たちを、ひとり残らず排除しようと心に決めた。
兄は妹をおぶり、婆やの寝床に訪れた。
口やかましく唾を飛ばす婆やを一刀のもとに切り捨てた。
婆やは国の滅亡を予言したが、兄は鼻で笑った。
強大な力を求め、赤子にさえ力を得ることを強要する。こんな国はさっさと滅んでしまえばいいのだと。
国を滅ぼす大戦の果て、兄は無数の槍に貫かれて息絶えた。
妹は兄に、禁呪をかけた。
兄の亡骸は玉座に安置された。
その隣には、視力を失った魔道士が控えている。
伝承によれば、その魔道士は“兄弟”によって滅んだ国の正統後継者である“弟”だと伝えられている。
誰もがうらやむ美しさを持つ、美丈夫だと。
城に訪れる者が来るたび、魔道士の魔法によって兄は生き返る。
そうして“弟”をおぶり、強靭な肉体から放つ凶剣を振るうのだ。




