2.深夜の招聘
その夜、ジェレミーの心の揺れを感じとったジェニーは、暗闇の中で目を覚ました。
使用人たちが、少しいらだちながらやりとりする声が、階下から聞こえてくる。
急いで起き上がるとショールをはおり、窓にかかったカーテンを少しだけ開けた。
月明かりに照らされた屋敷の玄関先で、手燭の灯りがちらちらと揺れていた。
一台の馬車が、玄関の階段前に止まっている。こんな時刻に兄を迎えに来るのは、王都警備騎士団か王宮魔道士団の馬車と決まっているが、今日はそのどちらでもなかった。
明らかに上級貴族の所有物と思われる重厚で高級そうな設えの馬車だが、紋章がどこにも見当たらない。真夜中とはいえ、万が一、人目に付くことを恐れ何かで隠しているのだろう。
(秘密裏にお兄様の力を借りなければならない案件が、どこかの屋敷で発生したのかしら――)
ジェニーは、勝手に想像を膨らませた。
そして、今度は、馬車の横で密談を交わす人々に目を向けた。
玄関口に立つ人物は四人。
書簡に目を通すジェレミーと手燭を持った近侍のクリフ、侯爵家の執事であるアレックス、そして小綺麗な身なりをした大柄な男が、手燭の光を取り囲んでいた。
やがて、ジェレミーは小さくうなずき書簡を畳むと、執事のアレックスから黒いマントを受け取った。
マントをまとったジェレミーが馬車に乗り込み、クリフと男がそのあとに続いた。
アレックスは、馬車の出発を見送ると、手燭の灯りを消し静かに玄関の扉を閉めた。
馬車は、王宮とは逆の方角へ進んでいった。王都の郊外へ向かったのに違いない。
ジェニーは、想像をそこまでにして、カーテンを閉め寝台に戻った。
馬車の扉が閉まるとき、兄の心は、もう揺れてはいなかった――。
どこの誰かは知らないが、その人物から去りかけた魂を必ず肉体へ連れ戻して、兄は帰ってくることだろう。
ジェニーにできることは、兄の「招魂術」の成功を祈って朝まで眠ることだけ――。
今度もきっとうまくいく。ジェニーが兄の仕事に関わる必要はない……、はずだ。
*
カーテンの隙間から射し込む光が、ジェニーに朝の訪れを知らせた。
ゆっくり身を起こし、寝台の上で夜中のできごとを思い返していると、侍女のクレアが、扉の向こうから声をかけてきた。ジェニーはすぐに返事をして、クレアを部屋へ呼び入れた。
クレアに手伝ってもらいながら、手早く朝の支度をすませた。
ジェニーの髪をくしけずりながら、クレアは申し訳なさそうに問いかけた。
「お嬢様、夕べは、よくお休みになれましたか? 外の物音が気になって、なかなか寝付けなかったのではありませんか?」
「大丈夫よ、ぐっすり眠れたわ。また、どなたかが、急ぎの御用でお兄様をお呼びになったのでしょう? この屋敷にいる限り、それぐらいで眠れなくなったり腹を立てたりはしていられないわ!」
「それはそうなのですけど、アレックスさんの話では、今回のお呼び出しは魔道士団の団長様からの依頼状はあったものの、どちらへ伺うのかは秘密だったそうなのです。そのせいでちょっとした押し問答がありまして、もしやお嬢様の眠りを妨げてしまったのではないかと、アレックスさんは気にしていらっしゃいました」
「まあ! それは、なかなか興味深いわね。団長であるモールディング侯爵に無理を言えるようなお立場の方は、極めて限られているもの。お兄様ったら、どちらへ連れ去られたのかしら? まあ、お兄様がお戻りになれば、いくらあちらが秘密にしたところで、ある程度は詳しいことが明らかになるでしょう」
「ジェレミー様は、すぐにお戻りになれるでしょうか?」
「心配入らないわ。わたしの勘では、朝食の準備が整う頃には戻っていらっしゃるはずよ」
それを聞いたクレアは、安心した顔になり鏡台に櫛を置いた。
双子であるジェレミーとジェニーの間には、互いの状況を感じ取るという不思議な感覚がある。だから、ジェレミーに関してジェニーが口にすることは、たいていの場合その通りの結果になる。
案の定、ほどなく屋敷の前に馬車が止まり、扉が開かれる音が聞こえてきた。
鏡の中で化粧を施していたジェニーが、「ほらね!」という顔でクレアに笑いかけた。




