10.王都警備騎士団詰所にて
翌日、ジェニーは、クレアを伴って王都警備騎士団の詰所を訪れた。
クレアが、受付の団員に、団長と面会したいと伝えると、面会室ではなく奥にある応接室へ通された。
(オーガスタス団長へは、シャーロット様からすでに連絡が入っていて、わたしの来訪を待っていたようね。ということは、昨日のスタインズ侯爵邸での出来事は、ある程度は伝わっていると考えていいわね。さて、彼は、この一件をどんな風にとらえているのかしら?)
ジェニーが、応接室の壁に掛けられた、歴代の団長の肖像画を見ながら考えをまとめていると、扉を叩く音と共に、オーガスタスを呼びに行った団員の声が聞こえた
。
「団長がお出でになりました。扉を開けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、お入りください」
ジェニーは、椅子から立ち上がり、扉の方を向いて姿勢を正した。
出入り口の脇に立っていたクレアが、先に挨拶しオーガスタスを部屋へ招き入れる。
オーガスタスが入室すると、彼を案内してきた団員は、扉を開けたまま去って行った。
ジェニーとオーガスタスは、互いに名乗り、丁寧に挨拶を交わして着席した。。
クレアは、主の話の邪魔にならないように扉の外へ移動する。
「昨日は、スタインズ侯爵邸をお訪ねくださったそうで、ありがとうございました。無事にピアノ教師としての採用が決まったとドゥラブル侯爵夫人からは聞いています。大まかなことは、彼女から報告を受けていますが、ジェニー嬢は、スタインズ侯爵夫妻や屋敷の様子について、どのような印象をお持ちになりましたか?」
オーガスタス団長は、中肉中背のすらりとした体型で、武官と言うよりは文官のような容貌の人物だった。グレネルが、「団長は、剣や銃の腕前は騎士団一だ」と言っていたことがあるが、ジェニーには、とてもそのような剛の者には思えなかった。
だが、ジェニーの能力を高く評価し、今回の任務に借り出すことを決めたことから考えれば、こうした組織には珍しい柔軟で大胆な発想の持ち主であることは確かだった。
「ずいぶんと静かなお屋敷でした。迎えに出てきた執事以外の使用人には会いませんでしたし、話し声も聞こえませんでした。ピアノ演奏をご披露し、教師としての採用が決まると、お茶もいただけないまま、すぐに退出させられました。わたくしたちに、長居をされたくないのだろうなと思いましたわ」
「ハハハッ、そうですか! シャーロット、いや、ドゥラブル侯爵夫人も同じようなことを話していましたよ。ほかに、何か気になったことはありましたか?」
ジェニーは、スタインズ侯爵邸の様子をじっくり思い浮かべてみた。
玄関、廊下、そして、廊下から見えた庭、夫妻と会った音楽室――。
「使用人の姿は見かけませんでしたが、かれらは屋敷にいて、きちんと仕事をしているようでした。音楽室のピアノは丁寧に磨かれていましたし、窓枠にもほこりはついていませんでした。ちらりと見ただけですが、庭も手入れが行き届いているようでした」
「つまり、屋敷の中はいたって平穏で、異変など起きたようには見えなかったということですね。だからこそ侯爵夫妻は、予定通りあなた方の訪問も受け入れ、あなたをピアノ教師として採用し屋敷へ出入りすることも許した――。だが、それは表向きであって、どうやら使用人たちが、あなた方と接触することを恐れているような節がある――といった感じでしょうか?」
「ええ、そうです。まさにそういう雰囲気でしたわ」
あの屋敷で起こったことを知っているジェニーには、対外的に平静を装わざる得ない理由がわかっている。また、屋敷の者たちが事件を巡って疑心暗鬼になっているのであろうことも想像できる。
だが、それらは何一つ公にはなっていないのである。ジェレミーを呼び出した魔道士団長ですら、詳細な事情は知らないと思われた。
オーガスタスは、少年の兄夫婦からの訴えとシャーロットの報告から、スタインズ侯爵邸で何かがあったことに確信を抱いたようだが、ジェニーが、自分から秘密を打ち明けるわけにはいかない。
ただし、オーガスタスが、自分の力で気づくぶんには問題はない――はずだ。
「もちろん、庭師見習いらしき少年の姿を見かけることもありませんでした。騎士団長様、少年の名前ですとか、外見ですとか、王都警備騎士団が彼について把握していることを教えていただけませんか? 屋敷に出入りする中で、万が一彼と出会ったときに気づけるように――」
そんなことは起こるはずがないと、ジェニーにはよくわかっている。
少年が、屋敷へ戻って来ることはない。もし体調が良くなったとしても、侯爵は彼を人目につくような所へ出しはしないだろう。
招魂術で蘇生までさせておきながら、世間の目から彼を隠す理由は何なのか――。
それを明らかにするためにも、もっと少年について知る必要があるとジェニーは考えていた。
「わかりました。少年の兄夫婦から聞き取りをしたカイル・ブロムリーをここへ呼び、彼から話をさせましょう。彼は、詰所での聞き取りの後、庭師組合や兄の家の近所へも、少年について調べに行っています。詳しい話が聞けると思いますよ」
そう言ってオーガスタスは、廊下へ出ると近くにいた団員へ声をかけて、カイルを呼びに行かせた。
ジェニーが、応接間で待っていると、間もなく紙束を抱えたカイルが現れた。




