第5章:光羽の魔導姫、辺境で名を馳せる
ギルドの掲示板に張られた依頼書を見つめながら、ルミナは静かに息を吐いた。
婚約破棄から数日。涙に暮れるどころか、その瞳にはむしろ活力が宿っている。
──誰かに選ばれるのはもうやめる。これからは私が選ぶ。
私の人生を、私の手で。
銀髪が朝日を受けてきらりと光った。
「おはよう、ルミナ」
低く落ち着いた声に振り向けば、ギルドのマスターいや、今や“仮婚約者”のカイルが立っていた。相変わらず筋肉が完璧で、まるで彫刻だった。
「カイル様。今日の依頼、これにしようかと思ってます」
ルミナが差し出した依頼書は、周辺の魔物調査と討伐。
やや危険度の高い依頼だが、彼女は迷いなく言った。
「……依頼内容、ちゃんと読んだか?」
「もちろんです。“ちょうどいい強さ”かな、と思って」
“ちょうどよく実験できる”と言おうとしたのを飲み込み、ニコッと笑う。
「……お前の“ちょうどいい”が一番信用ならん」
カイルは呆れたように息を吐いたが、目は優しい。
それにルミナだけは気づかない。
◇◇◇
現場に到着するや否や、ルミナは軽く腕を伸ばした。
「さて、行きますか」
風魔法展開、軽装浮遊。
光魔道具起動、“光羽プロトタイプ”発動──
羽根のような光がふわりと広がり、魔物の群れが一斉に怯む。
「すげぇ……なんだあれ……!」
「魔法か? いや、魔道具の反応も……?」
冒険者たちがざわめくが、ルミナは気にも留めずに言った。
「カイル様、右側の三体お願いします」
「……おう、任せろ」
カイルの剣が閃き、魔物が一瞬で倒れる。
ルミナは風で敵の動きを止め、光羽で魔力流動を支配し、次々と無力化した。
あっさりすぎて、冒険者たちの口がぽかんと開く。
「す、すげぇ……!」
「なんだあの令嬢……!」
どよめく中、ルミナは魔物の痕跡を採取しながら呟く。
「ふむ……やはり魔力量の反応が偏ってる。
この地域、何かあるわね」
その観察眼は鋭い。
カイルはそんな彼女を見て、心の中で苦笑した。
(本当に……面倒な女だ。でも、放っとけねぇ)
◇◇◇
ギルドはルミナの話で持ちきりだ。
「銀髪の嬢ちゃん、やべーわ!」
「魔道具飛び回ってて笑った! けど強い!」
「カイル様が何回も“無茶するな”って言ってたぞ」
カウンターの奥で、カイルは腕を組みながらその声を聞いていた。
「……あいつ、目立ちすぎだ」
だが口元は少しだけ緩んでいる。
今日の依頼で、ルミナは危なっかしかった。
魔道具は暴走するし、魔法は強すぎるし、敵の動きは読めてしまうし。
本来なら怒るところだが。
(楽しそうだった)
それが気に食わなかった。
自分以外の誰かの前で、あんなに生き生きするなんて。
胸の奥が、ちくりとした。
そんなカイルの様子には気づかず、冒険者たちは口々に噂する。
「銀髪の魔導士……」
「いや、あれはもう“姫”だろ」
「魔法と魔道具を同時に扱う天才……!」
そして自然と生まれた通り名。
──“光羽の魔導姫”。
ルミナは驚いたが、悪くない響きに少し嬉しくなった。
そして、今――
ルミナが魔道具室で“光羽プロトタイプ”の修理をしている。
床には工具と魔石が散乱している。
「ルミナ」
「はい? カイル様、すみませんちょっとだけ危ないので動かないでください!」
その足元で、魔道具がブルン! と震える。
「おい待て、それ爆発しないだろうな」
「失敗したら爆発します」
「失敗する可能性は?」
「あります!」
即答。
カイルは頭を抱えた。
「……もうちょっと慎重にだな」
「慎重にしてますよ?」
「どこがだ!」
「理論上は成功してるんです! 後は調整だけなんです!」
そう言いながら彼女は魔石を叩き、符号を描き換え、魔力を流し込み――
「……できました!」
魔道具がふわりと宙に浮かび、静かに光った。
カイルは思わず息をのむ。
「……すげぇな、お前」
ルミナは、少しだけ照れたように微笑む。
その表情を見た瞬間、カイルの心臓がドクン、と跳ねた。
(……なんだこれ)
初めて感じる、得体の知れない熱。




