第3章:光羽の魔導姫、仮婚約宣言を迫る
ギルドの訓練場に差し込む夕陽が、銀色の髪をやわらかく染める。
光羽の魔導姫ことルミナ・ベルフォートは、鋭い眼光で辺境伯次男、カイル・アッシュフィールドを観察していた。
「……ふむ。あなた、筋肉がとても良い形ですのね」
唐突な言葉に、カイルは眉をわずかにひそめる。
高い背、鍛えた体、貴族とは思えない雰囲気。しかし威圧感はない。彼はゆっくりと息を吐いた。
「その……褒めているのか?」
「ええ。とても実験のしがいがありそうで」
翠の瞳が光る。それは恋の色ではなく、“魔道具オタクの目”だった。
カイルはその瞬間、面倒ごとが来たことを確信した。だが、わずかに口元が緩む。
「……お前、嫌いじゃない」
ルミナは迷わず一歩踏み出す。
「婚約していただけませんか?」
唐突すぎて、カイルは剣より先に言葉を落とす。
「……は?」
「婚約です。結婚の前段階です」
「いや、意味は知ってる!」
ルミナは真剣そのものの表情で彼を見上げる。瞳に一切の迷いがない。
「私は、冤罪で婚約破棄されましたの。ですので、自分で相手を選ぶことにしました」
「だからって──」
「あなたがいいのです」
即答、しかも少し嬉しそうだ。
カイルは一歩後ずさる。体格の差以上に、ルミナの決意の重みを感じたのだ。
「理由を聞いてもいいか?」
「まず、筋肉が素晴らしい」
「……理由としては弱くないか?」
「いえ、強いです。私の魔道具の試験運用に協力できる丈夫さが必要で──」
「ちょっと待て。それは婚約者に求める条件なのか?」
「はい。それに、貴族のしがらみに囚われないところも魅力的です」
カイルは頭を抱える。しかしルミナの言葉は嘘も打算もない。
「……お前、本気なんだな」
「当然です。あなたはどうですか?」
「いや……どうですか、と言われても……」
ルミナはそっと彼の袖をつまむ。
「私はもう、誰かの都合で人生を決めたくないのです。あなたなら、私を“変わり者のまま”見てくれそうで──」
カイルは沈黙した後、深くため息をつく。
「……分かった。仮だぞ?」
「仮婚約でも、十分です!」
銀髪がぱぁっと輝き、ルミナの笑顔がギルドの夕陽に映える。
彼は思わず吹き出した。それがすでに“彼女に惹かれ始めている”証だと気づくのは、もう少し先のことだった。




