第9章:光羽の魔導姫、家族の温もりを感じる
朝、銀色の髪を軽く束ねたルミナ・ベルフォートは、辺境伯領の宿舎から馬車に揺られてアシュフィールド家へ向かっていた。窓の外を流れる森や丘を眺めながら、胸の奥が少しそわそわする。今日、ついにカイルの家族に初めて会うのだ。
「……緊張しますね、カイル様」
「大丈夫だ。家族は悪い人じゃない。君のことも受け入れてくれる」
カイルの言葉にルミナは小さく頷く。筋肉と実力で男たちの心を掴むカイルも、家族の前では少し照れた表情をしていた。
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馬車がアシュフィールド邸の重厚な門をくぐる。長い石畳の道を進むと、堂々とした館が視界に入る。辺境伯邸に相応しい威厳ある外観だが、どこか温もりのある空気が漂っていた。
扉を押し開けると、まず現れたのはバーナード・アシュフィールド辺境伯。鋭い目つきと強面の顔は厳格そのものだが、ルミナを一瞥しただけで何かを確かめるような落ち着いた視線を向けた。
「……君が、ルミナ・ベルフォートか」
ルミナは緊張しつつもお辞儀をする。
「はい。ルミナ・ベルフォートです。本日はお招きありがとうございます。カイル様との婚約、よろしくお願いいたします!」
その横でカイルは少し顔を赤らめながらも誇らしげに立っている。
「ふむ……しっかりした瞳だな」
バーナードは厳しそうな口調だが、瞳の奥に優しさが垣間見える。ルミナはその威圧感に少し緊張しつつも、どこか安心感も覚えた。
すぐに現れたのはマリアナ・アシュフィールド夫人。柔らかい笑顔で、まるで森の光のようにふわりとルミナを迎え入れる。
「ようこそ、ルミナさん。遠いところを来てくださったのね」
「ありがとうございます。こうしてご挨拶できて光栄です」
ルミナは思わず胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。ベルフォート家では、父も兄も研究に没頭して家族団欒などほとんどなかった。久しぶりに感じる“家族の温もり”に心がほぐれる。
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次に現れたのは、辺境伯の長男、セドリック・アシュフィールド。鋭い眼差しでルミナをじっと観察する。立ち姿からして戦士としての気質を感じさせる人物で、初対面のルミナは思わず緊張して背筋を伸ばした。
「……君か。ルミナ・ベルフォート」
「はい、よろしくお願いします」
その後に、セドリックの夫人エレーヌと、4歳の息子ロイランが登場。ロイランは一目でカイルを見つけ、勢いよく駆け寄って抱きついた。
「カイルおじちゃん!」
カイルは思わず微笑みながらロイランを抱き上げる。
「わぁ、元気いっぱいですね」
エレーヌ夫人はにこやかに挨拶し、ルミナに手を差し伸べる。
「はじめまして、ルミナさん。あなたのこと、ずっと聞いていましたわ」
セドリック兄は冷静なままルミナを見つめるが、やがて魔道具の話題になると、表情が少し和らいだ。
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リビングに移ると、家族皆で歓談が始まる。バーナードがカイルとルミナを交互に見つめながら口を開く。
「うちの息子のどこが気に入ったのかな」
ルミナは顔を赤らめつつ、正直に答える。
「筋肉です!魔道具の試作に協力してもらうのにこんなに恵まれた身体の方は今まで出会ったことがありません!」
その答えに家族はしばし沈黙。次に爆笑が起こる。カイルも耳まで赤くなり、慌てて笑いを堪える。
「……あ、もちろんそれだけじゃなくて、優しく見守ってくれて、私のやりたいことを尊重してくれるところも好きです」
ルミナが照れながら補足すると、家族全員が微笑んだ。
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やがて、ルミナの魔道具の話題に移る。
「そのシールド魔法と風魔法の組み合わせは、どのような原理で?」
セドリックの質問にルミナは丁寧に答える。
「この魔道具は、風の流れを光の球に干渉させることで、魔力消費を抑えながら攻撃範囲を広げられるんです」
バーナードも興味津々で話を聞き、途中からは口を挟む。
「なるほど……君は魔道具師として本当に天才だな」
「ベルフォート家の血筋はやはり侮れない」
ルミナは家族以外に、自分の仕事を真剣に聞いてもらえる喜びを感じ、思わず頬が緩む。
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夕食の時間。大家族で賑やかに食卓を囲む。ロイランはルミナの隣に座り、手を握ったまま嬉しそうに話す。マリアナ夫人は優しく見守りながら、時折冗談を交えて場を和ませる。
「また遊びにいらしてね、ルミナさん」
「はい、ぜひ……」
ルミナの胸は、久しぶりに家族の温かさで満たされた。
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夜、帰りの馬車で月明かりに照らされながら、宿舎まで戻る二人。
「……家族、好きになってくれてよかった」
カイルが静かに言う。
「はい。私、ああいう温かいの……久しぶりです」
ルミナは小さく微笑み、カイルの手をそっと握る。
手を握り返すカイルの手は、温かく、確かな力を感じさせた。二人の影は月明かりの下で寄り添い、静かに揺れる。
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ルミナにとって、今日は初めて“家族の一員として受け入れられる”感覚を味わった日だった。
そして、カイルの隣にいることで、未来への希望と安心感が胸いっぱいに広がっていた。
◇◇◇
宿舎に戻ったルミナとカイル。外は夜の静けさに包まれ、森から吹く風が窓をそっと揺らす。
ルミナはまだアシュフィールド家での温かい食卓の余韻に浸り、胸の奥がふわりと温かい。
そのとき、宿舎の従者が控えめに声をかける。
「お嬢様、伯爵家からお手紙が届いております」
ルミナは少し驚いた。
カイルとの婚約を手紙で知らせてはいたが、研究優先の父と兄から返事が来るとは思っていなかったのだ。
ルミナは手紙を受け取り、小さな封を切った。中には、父・エドワード伯爵と兄・アレクシスからの筆跡が揃っていた。
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父・エドワード伯爵より
> ルミナ
カイル様との婚約おめでとう。
ギルドでの活躍を聞いたよ。
元気に過ごしているようで安心した。
君の才能は誰にでも認められるものではないが、確かな光を放っている。
その力を存分に使い、自由に歩んでほしい。
父は、君の幸せをいつも願っている。
ルミナの胸に、じんわりと熱いものが込み上げる。
「……お父様、ずっと見守ってくれてたんですね」
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兄・アレクシスより
> 妹へ
カイル・アシュフィールドとの婚約おめでとう。
ギルドでの話を聞き、君の腕前には改めて驚かされた。
魔道具の扱いも、君のまっすぐな心も、誰にも真似できない才能だ。
それと、隣にいるカイル……いや、なかなか良い相手だと思うぞ。
だが、最も大事なのは、君自身が笑顔でいること。
それが何よりも大切だ。
ルミナは手紙を胸に抱きしめ、目に光る涙を隠すようにそっと手で押さえた。
カイルはその様子を見つめ、そっと肩に手を置く。
「……家族に愛されてる、よくわかるな」
ルミナは笑みを返す。
「はい……こんな風に、誰かに見守られるのって……久しぶりです」
カイルは小さく息をつき、彼女の手に自分の手を重ねる。
「……俺も、ずっとそばにいる」
ルミナは手の温もりを感じながら、自然と頷く。
「……私も……ずっと一緒に歩いていきたいです」
二人の影が月明かりに揺れる中、宿舎の部屋は静かな温もりで包まれた。
伯爵家の深い愛情とアシュフィールド家の優しさが、ルミナの心にしっかりと刻まれる。




