婚約破棄後のアーパー令嬢は本気です
――――――――――スターク男爵家邸でのお茶会にて。チェルシー・スターク男爵令嬢視点。
「えっ? ランディ様、今何と……」
「だから君との婚約は破棄すると言ったんだ」
な、何故貴族学院卒業間際のこんな時期になってから仰るのでしょう?
目の前が真っ暗になります。
「いつまで経っても君の態度が改まらないからじゃないか!」
態度ってわたくしがバカなふりをしていることですか?
それはバカなふりをしていれば殿方が寄ってこないからです。
わたくしは顔の造作だけは恵まれていますけれども、途轍もないバカを演じていればさすがに殿方も引きますから。
ランディ様もそれを望んでいたのでは?
というかわたくしの成績を抑えろ、出過ぎるなと命じたのはランディ様ですよね?
俺の上に絶対来るなと仰ってましたよね?
一方で令嬢サイドでは交流が盛んだったです。
皆さんと結構仲良くしていただいていました。
楽しい学院生活でした。
「もうたくさんだ! あんな愚かな令嬢が婚約者で満足しているのか。顔だけしか評価しないんだなと言われ続ける俺の身にもなってみろ!」
「そ、それは……」
多分これは言い訳してもダメなやつです。
だってわたくしの成績が悪いのは否定しようのない事実ですから。
頭の悪い女にダヴィッジ子爵家の嫁は務まらんと言われてしまうと、御当主様も納得でしょうから。
ああ……。
いえ、でもどうしてランディ様は今以上の交友の期待もできない、切羽詰った時期になってから婚約破棄などと仰るのでしょう?
油断していたわたくしが悪いと言われればそれまでですけれども。
これ、わたくしだけに非があるのでしょうか?
しかしランディ様のダヴィッジ子爵家はうちスターク男爵家より家格が上。
非難もしにくいです。
「近日中に、正式に婚約を破棄させてもらう!」
◇
――――――――――最終試験前の息抜きのひと時、令嬢方のお茶会にて。
「ええ? ひどい話ねえ」
ランディ・ダヴィッジ子爵令息に婚約破棄された話を皆さんに披露したら、とっても同情されました。
「チェルシー様の努力は涙ぐましいほどでしたわ」
「ええ。にへら笑いとすっとぼけの技術が達人級にまで進歩しましたよね」
「ランディ様の指示だったのでしょう?」
「はい。わたくしが他の令息の視線に晒されることが気に入らないようで」
「嫉妬心が強過ぎるわよね。なのに婚約破棄って、意味がわかりませんわ」
「アーパー令嬢とまで言わせて捨てるってどういうこと?」
わたくしアーパー令嬢って言われていたんですか?
知りませんでした。
ショックです。
「そこまで殿方の間でわたくしの評判が落ちていようとは……」
「でもよかったのではなくて?」
「えっ?」
何がいいのでしょうか?
卒業パーティーもエスコートしていただける望みがなくなりましたし。
何よりアーパーだと思われているのが八方塞がりと言いますか。
「最後の定期考査が残っていますから」
「そうですよ。気兼ねなく全力を出せるではありませんか」
「そ、そうですね」
確かに最終試験が終わってから婚約破棄されるということもあり得たのです。
となれば汚名返上の機会もないままでした。
それに比べると遥かにましな事態ですか。
どん底だったわたくしのモチベーションに火がつきました。
絶対に見返してやるっ!
「私達の中で一番頭がいいのは、チェルシー様で間違いないですわ」
「わからないところを教えてもらったりも、宿題を手伝ってもらったりもしました。今回は全員でチェルシー様をサポートする番です」
「み、皆様……」
「今日から勉強会ですわよ!」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
ありがたいです。
わたくしは全力を尽くします。
「問題はランディ様よね。おかしいのではなくて?」
「ところでランディ様って、デボラ様と仲がおよろしいの?」
「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」
デボラとはデボラ・ロールテール伯爵令嬢?
でもデボラ様は……。
「ウェスリー・セジウィック伯爵令息の婚約者なのでしょう?」
「ウェスリー、デボラ様との婚約を解消したと言っていたわ」
アナベル様はウェスリー様といとこ同士ですから正しい情報でしょう。
とすると?
デボラ様が婚約を解消されたかその気配を感じたかで、乗り換えを画策していたとします。
そこでランディ様が手頃だと思った。
デボラ様にとってランディ様は、ウェスリー・セジウィック伯爵令息よりも格下です。
それでも仕方ないと思ったのか、あるいは厳格そうなウェスリー様に比べてランディ様は御しやすいと思ったのでしょうか?
思惑まではわかりませんが、ともかくデボラ様とランディ様は急接近。
ランディ様ないしダヴィッジ子爵にとって伯爵令嬢であるデボラ様は、男爵家の娘のわたくしよりずっと都合がよかった……。
「呆れるくらいひどい話ね」
「不誠実ね。婚約が契約だとわかっていないのかしら?」
「いえ、わたくしが不必要な存在だと思われたことがそもそもの原因でした。ランディ様とデボラ様の関係が近くなっていることも知らず、努力不足でした」
「そこで努力不足とキッパリ言えるチェルシー様を尊敬いたしますわ。私は何があってもチェルシー様の味方ですからね」
「わたしもですわ」
ちゃんと見てくださっている方々もいます。
涙が出てきますね。
そう、わたくしには最後の試験があります。
頑張ります!
◇
――――――――――ウェスリー・セジウィック伯爵令息視点。
僕自身かなり驚いたことだった。
というか教師も含めて貴族学院全体に衝撃が走ったと思う。
最終の定期考査で最下位クラスのチェルシー・スターク男爵令嬢がトップを取り、
卒業式で答辞を読んだことが。
またその答辞も感動的で、すすり泣く生徒が多かった。
「最下位クラスの生徒が答辞を読むなんて、貴族学院始まって以来のことらしいじゃないか」
「意外でもないですけれどね」
「そうか?」
いとこのアナベルは何か知っているらしい。
アナベルはチェルシー嬢とお茶会を通して友人関係にあるのだったか。
「ウェスリーはチェルシー様に対してどういう印象を持っていて?」
「よくは知らないんだ。言っては悪いが、ヘラヘラした考えなしの令嬢だと思っていた」
「それ演技なのよ」
「えっ? どういうことだ?」
チェルシー嬢はランディ・ダヴィッジ子爵令息の婚約者で?
ランディ君以上の成績を取るな、令息に色目を使われるような女ははしたないと言われていた?
だからアーパー令嬢を装っていた?
「そんなことが……」
「でもお可哀そうなことに、最終試験の前に婚約破棄されてしまったの。それで悪い成績を取る理由がなくなったチェルシー様は、本来の力を発揮したのよ」
「いや、トップはすごい」
「元々私の友人の中で一番頭がよかったわ。わからないところを教えてもらったりしていたし。最優秀生徒になるほどとは思わなかったけれど」
チェルシー嬢への評価って、奇麗だけどそれだけ。
バカはちょっといただけない、ってものだったと思う。
それがランディ君に指示された演技だったとは……。
世の中パッと見だけで判断してはいけないものなのだな。
「あれ? ではどうしてランディ君はチェルシー嬢との婚約を破棄したんだろうな?」
ランディ君に従っていたのなら、チェルシー嬢に非はないじゃないか。
「そこがね? ウェスリーにも関係のあることだから、よく聞きなさいよ」
「何故僕に関係が?」
「デボラ様との婚約を破棄したでしょう?」
思わず顔を顰める。
デボラ・ロールテール伯爵令嬢か。
家格が合うからと婚約に至ったが……。
「デボラ様の見た目はとても愛らしいですけれども、お嬢様気質でしょう?」
「……お嬢様気質とは言葉を飾ったものだ。あんなフワフワした令嬢は使えん。これは父上と僕の共通した意見だ」
「ええ。質実剛健なセジウィック伯爵家には合わないと思っていましたわ。その後デボラ様はランディ様に近付きましたの」
「えっ?」
いや、ランディ君なら僕ほどずけずけものを言うことはないか。
家格落ちになってもデボラ嬢にとっては精神衛生上いい相手なのかもしれない。
そしてランディ君やダヴィッジ子爵家は、男爵令嬢のチェルシー嬢よりも伯爵令嬢の方がずっといいと見た。
だからチェルシー嬢は弾き出され、婚約破棄された……。
「……本当だ。僕が間接的に関わっているんじゃないか。チェルシー嬢に悪いことをしてしまったな」
「ウェスリーの次の婚約者って、どの程度決まっているのかしら?」
「僕は何も聞いてないな。父上の頭の中には候補があるのかもしれないが」
「チェルシー様はお勧めよ。とても真面目で従順ですからね」
「おまけに美しく、そうと悟らせないほどの演技力があって、今年の最優秀生徒になる成績か」
「正直家格を除けばウェスリーにはもったいないくらいだと思うわ」
僕もそんな気になってきた。
チェルシー嬢、君の真実が知りたい。
「アナベルありがとう。父上に相談してみる」
「急いだ方がいいわよ? 今はまだ最終考査はまぐれの成績だと思われてるかもしれないけれど、チェルシー様の本当の実力に気付く人は必ず出てきますからね」
◇
――――――――――スターク男爵家邸にて。チェルシー視点。
「セジウィック伯爵家から話が来た。嫡男ウェスリー君との婚約を前提とした顔合わせを望むと」
「伯爵家からですか。婚約破棄された傷物のわたくしにありがたいことです」
ひょっとしたらアナベル様がわたくしの事情をセジウィック伯爵家に伝えてくださったのかもしれません。
持つべきものはよき友人ですね。
「もちろん受けていいな?」
「はい、お願いいたします」
「ウェスリー君とは学院で同年なのだろう? どのような人柄なのだ?」
うふふ、お父様も一度わたくしが婚約破棄されてしまったので、慎重になっているようです。
特に格上からの話は一方的に潰されても文句が言いづらいですから。
「ウェスリー様と同じクラスになったことはないので、聞いた話が主ですが」
「うむ」
「文官として王宮に仕官されるそうなのですよ」
「ほう、優秀だな。そういえばセジウィック伯爵家は、当主のブレント殿もいずれ何らかの大臣職に就くのだろう」
「それで妻となる女性には、家のことをまとめる能力を要求するのだと」
アナベル様がそう言っておりました。
「ふうむ。チェルシーなら問題なかろう?」
「おそらくは、はい」
「よかったな、いい話が来て。以前のことはすまなかった」
「いえいえ」
ランディ様のダヴィッジ子爵家も格上からのいいお話だと思いましたよ。
ランディ様が器の小さい方だとは知らなかったものですから。
「ウェスリー君個人に対してはどうだ? 思うところあるか?」
「……特には」
「チェルシーも婚約していたしな。そうそう他の令息に目を配ることはできんか」
「ただ悪い印象はないのですよ」
友人達とのお茶会って、情報が何となく集まってきますから。
ウェスリー様に関してはアナベル様が話すことが多かったですし。
四角四面なのよとか、厳格なのよって。
小ズルいことはしないわとも言っていましたね。
うふふ、わたくしには合っている令息なのかも。
「顔合わせが楽しみです」
「今度……」
「はい?」
「いや、何でもない」
お父様ったら正直なのですから。
今度こそわたくしは幸せになれる、確かな予感があるのです。
――――――――――後日談。ランディ・ダヴィッジ子爵令息視点。
チェルシーからデボラ・ロールテール伯爵令嬢に婚約者を換えたところまでは正解だと思っていたのだ。
何てったって伯爵令嬢だ。
よりハイクラスの人脈が期待できるのではと考えた。
父上も喜んでいた、が……。
今でもわけがわからないのだが、チェルシーが卒業式で答辞を読んだ。
すなわち俺達の学年の最優秀生徒ということだ。
最終定期考査でチェルシーが一番の成績だった?
そ、そんなバカな!
いや、チェルシーが今までの試験で手を抜いていたことは知っていたが……。
一転俺は最優秀の令嬢を手放した間抜けと見られるようになった。
確かにチェルシーの本質が見えていなかったのは忸怩たる思いだ。
とはいうものの、デボラが期待通りであればそれでよかったのだが。
男爵令嬢と伯爵令嬢では埋めがたい差があるのだから。
ところがデボラは思ったように動かない。
家格を笠に着て反抗的だ。
これならチェルシーの方がうんとマシじゃないか。
デボラの愛らしい顔が悪魔に見えてきた。
ロールテール伯爵家からの干渉が大きいようで、父上もイライラしている。
見る目のない息子を持つと苦労するだと?
俺に嫌味を言ったって仕方がないじゃないか。
婚約者を交換することには父上だって賛成していたのだから。
そう、奇しくも交換という格好になったのだ。
チェルシーはデボラの元婚約者ウェスリー・セジウィック伯爵令息と婚約したから。
チェルシーが最優秀生徒と判明した後だったから、家格差はそう問題にならなかったのだろう。
……俺に悪魔を押しつけたウェスリーのやつはほくそ笑んでいるに違いない。
ウェスリーとデボラの婚約が解消された理由をもっと調べるべきだった。
ついデボラの甘言に乗って、チェルシーを雑に扱ってしまった。
あんなに素直で言うことをよく聞く令嬢だったのに。
これはチェルシーを捨てた罰だろうか?
チェルシーの笑顔のみが脳裏に浮かぶ……。
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