第1話 静寂の監獄
最後に太陽を見たのは、いつだったか。
男は、この世界で最も重い罪を犯し、この世界で最も重い罰を受けた。
最果ての監獄『アビス』への終身収監。
ここには匂いがなかった。
消毒液のような人工的な清潔さと、湿った塩気だけが混ざり合う、不気味な空気。
音もなかった。
世界の果てに切り捨てられたような、絶対的な静寂。
ただ、灰色と白が支配する壁と床だけが、男の視界を埋め尽くしていた。
男の名は、カイ。
彼は、自分が何を殺したのかを正確に理解していた。
そして、彼と同じように、この世の誰よりも重い罪を背負った者たちが、この静寂の中に収容されていた。
彼らは互いを信用せず、言葉を交わすことすらない。
唯一共有しているのは、自分たちが生きながらにして葬られた、という事実だけだった。
看守の交代は、頻繁に行われていた。
まるで、誰かがこの場所に長く留まることを許されないかのように。
ある日、看守たちが次の交代時期になっても現れないことに、カイは違和感を覚える。1日、1週間、1か月……。
やがて、監獄には誰もいなくなり、静寂だけが支配するようになった。
「おい、どういうことだ」
壁にもたれかかっていた男が、静寂を破った。男の名はレオン。
かつて、都市を壊滅させたテロリストだ。
彼の声は、長らく使われていなかったせいで、ガラガラと掠れていた。
「これなら、脱獄できるんじゃないのか?」
レオンの言葉に、他の囚人たちがざわめく。彼らは皆、極悪犯だ。
互いを信用しない。
しかし、この異常な状況は、彼らを一つにまとめようとしていた。
カイは、静かに状況を観察していた。彼の罪は、レオンのような暴力的なものではない。だが、その罪の重さは、誰にも劣らなかった。
「脱獄するとしても、どうする。船もなければ、地図もない。そもそも、ここは海しかない孤島だ」
カイは冷たく言い放った。
その言葉は、囚人たちの希望を打ち砕き、再び静寂が戻ってくる。
だが、その静寂は、何かがおかしい。
いつもは微かに聞こえる機械音や、看守の足音が全くない。
まるで、この島に自分たちしかいないかのように。
「なあ、カイ。お前は昔、天才科学者だったって話を聞いたぞ。何か知ってるんじゃないのか?」
レオンが、ギラついた目でカイに問いかける。カイは答えなかった。過去の栄光は、彼にとってただの呪いだった。
「俺は知らない」
そう言いながら、カイは自分の収容部屋の壁を叩いた。中は空洞だった。
看守たちが頻繁に交代していた理由。
それは、この場所に長く留まると、何らかの悪影響があるからか、それとも…。
カイは、この場所の異質さに気づいていた。静寂が続く中、彼は確信した。
ここは、ただの監獄ではない。
そして、その日の夕方。
食堂に集まった囚人たちは、初めて異変に気づいた。
普段なら自動的に配膳されるはずの食料が、出てこない。
一日、二日……。空腹が、彼らの間に不協和音を生み出し始めた。
「どうするんだ、このままじゃ餓死するぞ!」
誰かが叫んだ。極悪犯たちは、飢えという原始的な恐怖の前で、いつもの冷静さを失いつつあった。
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