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Distort×Disorder  作者: 一木 樹
破段

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28/54

破段 --- 天辺毬愛②


 静けさを切り裂くように、窓ガラスが割れる音が響く。



 窓から部屋に飛び込んできたのは黒い影だった。

 それは目にも止まらぬ速さで君ヶ袋へと迫る。彼が振り返ったと同時に、その腹部へと激突した。

 鈍い音を立てて、君ヶ袋は吹き飛んだ。その体は病室のドアを弾き飛ばして、廊下へと放り出される。

 あまりに突然の出来事で、毬愛は尻餅をついて放心していた。彼女の視界に映っていたのは黒を基調とした修道服を着た女性が、拳を突き出している姿だった。


「一切の抵抗のできない老婆を絞め殺すとは……許せません。こんなに頭に来ることはない」


 毬愛は思い出した。昨晩、御美ヶ峰教会に現れた神父とシスターの二人組だ。教会から逃げた毬愛を追ってきたのが神父の方で、このシスターは教会に残り、岸和田神父へと向かっていった。

 すぐさま立ち上がって、君ヶ袋のもとへと走った。

 シスターは吹き飛んでいった殺人鬼と、聖女を追いかけて廊下へと進む。

「魔女の行いを見極めようと、人払いの聖香油を使って潜伏した私が愚かでした。か弱い老婆の命を助けるのであれば穏便に済まそうと思いましたが、まさか手にかけるなど……!!」

 廊下に横たわる君ヶ袋は虫の息だった。

 腹部に受けた打撃は複数の内臓を瞬時に破裂させ、更にドアと衝突した際に背骨は粉砕骨折していた。立ち上がることはおろか、あと数分で死に至る様な重篤状態だ。

 君ヶ袋の口の中に血の味が広がる。痛みが体の中で爆発を繰り返すように暴れまわっていて、それが極限に達したのか、途中から何も感じなくなっていた。

「紳士さん! 紳士さん!! 絶対ダメです。死なないで……あなたまで、死なないでください!!」

 耳元で悲痛な叫びが聞こえた。何度も彼を呼ぶ声がして、誰かが君ヶ袋の手を握り、彼の首筋へと手をあてた。

 身体から抜け落ちた温度が、一瞬のうちに戻ってくるのがわかった。

 気づけば君ヶ袋は健康な状態で廊下に座り込んでいた。いつの間にか全身の痛みが消え去り、身体が自由に動く。

「どうして……?」

 そう呟くと、隣にいた毬愛から肩を揺らされる。

「しっかりして、紳士さん! ここから逃げてください。あれはわたしを追ってきた神父の仲間です!」

「もしや、さっきの怪我はお嬢さんが治してくださったんですか? まさかこんな致命傷まで瞬時に治してしまうだなんて」

「いいから立ち上がって! わたしが殺されたあとに、あなたがまたやられたら今度は本当に死んでしまいますよ!!」

「はい……? お嬢さん、あなたどうして、ボクが殺人鬼とわかった上でキズを治したり、逃げろと言ったり……わけがわかりませんよ」

「あ、あのですね? 紳士さんだけにはそれを言われたくないんですが……それより、『危なくなったら逃げる』って誓ってくれたじゃないですか!! あなたがわたしのせいで傷ついたら、それが新しい心残りになるって言ったでしょ!!」

 必死に説得する毬愛と対照的に、君ヶ袋はようやく状況が理解できたようで、なるほど! と今更のように手を叩いた。


「じゃああの人を倒せば、危なく無くなりますよね」


 絶望的に話を聞かない君ヶ袋に、毬愛は「ああもうだめだぁ」と半ば諦めたように頭を抱えた。

 君ヶ袋は周囲を見渡して、元々肩にかけていた楽器ケースのような黒い入れ物を見つけて手に取った。先程殴られたときに肩から外れて廊下に転がったらしい。

 ジッパーを開けて中身を確認する。

「申し遅れました。私の名前はテレーズ・ダ・リジュ。聖十字教会の魔女狩り『神からの呪いアナテマ』の修道女です。魔女とその協力者を罰殺します」

 病室を出てきた修道女は名を名乗った。

 それに対して君ヶ袋は、ケースから取り出した得物にエンジンを入れて、即座に斬りかかった。

 チェーンソーのエンジンと刃が回転する音がけたたましく鳴り響いて、テレーズへと襲い掛かる。

「紳士たる者お礼は欠かせません。さっきはどうもほぼ殺してくれて! 僕もお返しにアナタの身体をバツ印に切り裂いて殺しますねぇ!!!」

 荒れ狂う殺人鬼とチェーンソー。

 それに対して驚くほど冷静なテレーズは、迫りくる刃に対して、右腕を差し出した。

 殺意がぶつかり合う。

 金属が削られるような悲鳴染みた騒音が響いて、チェーンソーは動きを停めた。

「う……ひゃ……?」

 殺人鬼は目を疑った。

 チェーンソーの刃が右腕を切り裂いて両断するはずだ。だが、壊れたのは修道服の袖だけ。その先にあった白磁のような肌には傷ひとつなく、鮮血が辺りを汚すことは無かった。


「私の右腕は、絶対に壊れません」


 実在した聖人の身体的特徴に符合したパーツ。信仰の祈りが結集したテレーズの右腕は、一切の変化や影響を受けない理想的な物質――言わば“剛体”の特性を有していた。

 そこからテレーズの反撃は速かった。

 右腕を振るいチェーンソーの刃を弾いた彼女は、右手でその刃を掴んだ。込められた握力は回転刃を千切って、ガイドバーと呼ばれる金属板を紙切れのようにぐしゃりと握りつぶした。

 チェーンソーの取っ手を持っていた君ヶ袋は刃を掴んだテレーズに引き寄せられて体制を崩す。前のめりになったところで、ガードのできない下半身へとテレーズの左蹴り上げが突き刺さった。

「うひゃあう!?」

 股の間で何かが破裂する感触があり、君ヶ袋は両手で股間を押さえて身体は"く"の字に折れ曲がった。

 すると、無防備になった頭部が落ちてきたところで、今度は右膝の飛び上がりがアッパーの形でクリーンヒットする。

 衝撃を受けて、頭部が吹き飛びそうなほど飛び上がり、君ヶ袋の身体は軽く宙に浮いていた。

 修道女は聖書の一節をラテン語でそらんじた。

「災いだ、悪しき者よ!(Væ impio in malum) その報いは自らに降りかかる!(Retributio enim manuum ejus fiet ei)」

 テレーズの目の前にはノーガードで全身を曝け出した憎き殺人鬼がいて、サンドバックがぶら下がっているようにすら見えた。


「――聖拳鉄槌マレウス・マレフィカルム


 鳩尾に一閃。

 初撃と同様に君ヶ袋の身体が吹き飛んで、今度は廊下の奥の向かいの病室のドアまで破壊して転がった。

 盛大に噴き出した吐血が紙袋を赤く染め上げる。

 先程同様に、圧倒的な暴力が彼の身体に致命傷を与えた。すぐさま駆け寄った毬愛が君ヶ袋の手に触れなければ、数秒後に絶命しかねない程に。

 そんな傷も痛みも全てが取り払われて、君ヶ袋はいの一番に不満を垂れた。

「うっひゃあ!? あんなの無茶苦茶なパワー系ごり押しシスターってアリですかお嬢さん! 神様って本当理不尽大っ嫌い!!」

 起き上がった君ヶ袋は毬愛の肩を掴んで悔しそうに身体を揺らした。

「だから逃げてと言ったじゃないですかぁ! あの人たちは人間離れしていて、とても抵抗できるような相手じゃないんです」

「神父の方はいけたんですけどね……あのシスターは手強いです。わかりました、誓いを守って逃げましょう」

 やっと言うことを聞いてくれたと胸を撫でおろした毬愛だったが、君ヶ袋はその身体をお姫様抱っこで持ち上げた。

「あの……紳士さん? どうしてわたしを持ち上げてるんですか?」

「それは当然! 逃げるなら二人一緒です」

 足音が迫る。

「それを許すとでも……? 神に誓って宣言します。貴方たちは私がこの右腕で必ず葬る」

 向かいの病室まで入ってきたテレーズが右腕を構えた。

 出入口はテレーズの背後にあり、チェーンソーも破壊された殺人鬼に武器はない。

 八方塞がりのように見えるこの局面で、それでも君ヶ袋は軽快に少女へと話しかけた。

「では行きますよお嬢さん。もう一度確認ですが、傷はなんでも治せますね?」

「えっ、はい、治せますけど……なにを……?」

 毬愛は嫌な予感がした。

 君ヶ袋はゆっくりと後ずさりをして、背後の壁に触れるまで後退する。

 睨みを利かせるテレーズが踏み込んでくるよりも前に、肘鉄で窓ガラスを粉砕した。

「それじゃあ、着地したらお願いしますね」

 床を蹴った君ヶ袋は、毬愛を抱えたまま窓から飛び降りた。

「ここ、3階で……ひっ、きゃあああああああああ!?」

「アイ! キャント! フラぁああああああああああああアぶべッ!!!」

 男女二人の絶叫が寝静まった病院に響き渡る。

 数秒の落下の後、君ヶ袋は少女を守る形で抱えて、自分の身体がクッションになるように地面に激突した。

 鈍い音に続いて苦しむようなうめき声が聞こえる。

「あの男……度胸があるのか狂っているのか」

 病室から階下を見下ろしたテレーズは、その光景を呆れ半分で眺めていた。

 地面に突っ伏していたはずの殺人鬼は、治癒後すぐさま立ち上がり、一目散に病院から離れて逃げていく。


「魔女と殺人鬼……最悪の組み合わせのようですね。逃がしてなるものですか」




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