幕間 --- ルルット・フラゴナール
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機密指定:第2級
文書番号:A-M/20M-OVER/098
作成日 :202X年6月23日
更新日 :202X年9月17日
発行者 :聖十字教会 教皇庁 教理省 秘跡鑑定室
件名 :対象個体「眠りの魔女」に関する観察記録・罰殺報告
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■プロフィール
名前:ルルット・フラゴナール
権能:眠り
眷属:羊
生年月日:199x年生まれ 23歳没
性別:女性
身長:146cm
体重:39kg
髪色:ライトブラウン
瞳の色:グリーン
■眠りの呪い
自対象:不眠、過眠
他対象:不眠、催眠、昏睡、脳死
契機:魔女の声を聴覚することで呪いが発現。
また、睡眠時に周囲の眠気を奪取して不眠を誘発。
効果範囲:半径20~30m(推定)
防御手段:聴覚の音量や音質、ノイズにより効果減
注意事項:録音による聴覚でも一定の効果が残る
■誕生から発見前まで
フランス北東部グランテスト地方アルデンヌ県の農村生まれ。
農機整備工の娘として生まれ、産声で母親と産婆を昏睡させた。いつまでも泣き止まない赤子の声に気づいた羊飼いの聾唖の青年によって取り上げられ、呪いに勘づいた彼が口を縫ったことで、幼少期は人に危害を加えることなく育つ。彼の行いにより魔女狩りの検知が遅れ、後に被害が拡大する。
声で眠気を誘い、常に口を縫われた娘を家族が気味悪がったことで、彼女は聾唖の羊飼いと羊に懐いていく。特に羊は眠りの魔女の眷属として適性があり、眠りの呪いの影響を受けることが無かったことも要因として大きい。
彼女は口を開くことを禁じられ、言葉を教えられることなく育ったため、唯一のバーバルコミュニケーションは幼いころに繰り返し聞かされた子守歌『□□□□□□』を、意味も分からず鼻歌で復唱することだけだった。それですら人々の眠気を誘うことで、深夜の人々が寝静まったときにだけ口にするようにしていた。
自身も呪いの影響で不眠症であったため、1週間に2、3回気絶するように眠る。幼いころは、昼間から大きな羊の背中で寝ている様子がよく村人から目撃されていた。
ストローで経口できる液体の食事が中心で、生育に悪影響があり、病的な痩身だった。それを隠すため、普段から羊毛の厚手の服を着こんで過ごしていた。
その後、彼女は羊飼いが病死するまでの約20年間、共にグランテスト地方農村部を中心に放浪の旅を続ける。
羊飼いの死因は検死をした医師によって致死性家族性不眠症によるものと診断されたが、その実態は眠りの魔女の呪いに起因する睡眠障害による衰弱死だったと考えられる。
育ての親を失った魔女は、会話が困難なため羊飼いとしてまともな生計を立てることが出来ず、羊を破格で切り売りすることで何とか生活を保っていたと推測される。
■魔女発見の経緯
202x年フランス北東部農村部を中心に、村民が一斉に睡眠障害になる事案が発生。原因は一切不明で2、3日の間、村民の誰もが布団に入って目を閉じても一睡もできない現象が続く。その範囲は町や村全体ではなく、一定の区画内のみで発現していた。
一連の事件は「不夜病(Sleepless sick)」と名付けられ、魔女の関与が疑われたことにより、聖十字教会より調査員が派遣された。以下は調査員が得た「不夜病(Sleepless sick)」患者の証言である。
【参考資料1:村民の証言】
「疲れているはずなのに、その2日間は眠気というものが一切なく……夜がこんなにも長いと感じたのは初めてでした」
(学生・女性・10代)
【参考資料2:村民の証言】
「朝リビングで顔を合わせたとき、家族揃って一睡も出来なかったと聞いて、それこそ悪い夢を見ているのかと思ったよ」
(郵便局員・男性・40代)
【参考資料3:村民の証言】
「妙な覚醒状態が続いてさぁ、あれに似てるよ。アッパー系の向精神薬を容量の倍飲んだときみたいな」
(職業不定・男性・20代)
聞き込みの調査により、不夜病の範囲はおおよそ半径30m以内に発生していたことが判明し、その中心部に魔女がいたのではないかと推測された。断定された魔女の呪いは「眠り」。おそらく村の家畜小屋など人目につかない場所で眠りについた魔女が、周囲から睡眠や眠気を奪いとっていたことが原因と考えられる。また、不夜病の前後で見慣れない羊飼いが村の周辺を出入りしていたとの目撃情報が確認された。
以後、本件は「眠りの魔女」を対象とした異端審問案件とされ、「神からの呪い」より聖歌の守護聖人アンブロジウスと弱者の守護聖人テレーズの2名が魔女狩りとして任命された。
■魔女討伐の経緯Ⅰ
魔女狩り2名は調査員と協力して、不夜病の発生位置を辿ることで魔女の位置を推測。
現在、魔女はフランス、グランテスト地方第二都市ランスに潜伏していると考えられた。
「神からの呪い」2名と調査員5名がランスに入り、調査が開始された矢先だった。
動画配信サービスの生放送経由で、魔女の歌が拡散されるという悲劇が発生。
深夜にランスの古びた廃墟へと肝試しに来ていた若者が、生配信でその様子を撮影していた。そこに潜伏していた魔女の子守歌が、偶然記録されネット上に拡散されてしまった。
その歌は配信で聞いた者すべてを昏睡状態へと陥れた。肉声を聞いた動画配信者は二度と目が覚めず医療的には原因不明の脳死という診断になるほどの効力を見せた。更に動画が『聴いたら死ぬ歌』として面白半分で切り抜かれ拡散されることで被害者は増加し、累計の被害者数は瞬く間に15万人以上に達した。ネット上の動画データは根絶したが、個人所有データの検分は行き届かず、再アップロードされれば被害者はこれからも増える可能性すらある。
しかしその生配信の情報から魔女の正確な位置が判明し、「神からの呪い」2名が該当の廃墟へと急行した。
一度目の対峙では、必死に逃げる魔女の歌により周囲の人間への被害が拡大。特に幹線道路に逃げ込んだことで窓を開けた自動車の運転手が意識を奪われ、玉突き事故が連続発生することで死傷者が増加した。
魔女を追って、身体能力で優るテレーズがあと一歩のところまで迫る。しかし魔女の泣き声を聞いて失神した親子が道路上で横たわっており、そこに暴走した自動車が突撃しかけたところを、テレーズが身を挺して防御。犠牲者を減らすことに成功したが、そこで眠りの魔女を見失ってしまう。
■魔女討伐の経緯Ⅱ
広範囲な効果を持つ魔女に対して、都市部で市民の安全を守りつつ討伐しなければならない難題を課せられた彼らは、ランスにあるノートルダム大聖堂へ協力要請を出した。
ノートルダム大聖堂には建設当時から同じ歴史を持つ聖歌隊マイテリーズが所属している。
聖歌の守護聖人アンブロジウスが指揮をすることで、その歌声は呪いを跳ね除ける効力を得て、魔女の子守歌の呪いを相殺することが出来る。そこに目を付けた彼らは魔女を誘導し、ノートルダム大聖堂近くのロワイヤル広場へと誘い込んだ。
魔女は数匹の羊を連れていることから都会では目撃情報が断続的に上がっていた。更に失神者の救急連絡を追うことで、調査員は対象の位置を補足することに成功した。
アンブロジウスは自身が聖人であることが発覚し「神からの呪い」に擁される以前は、元々パンクロックのボーカルだった経験から、音響機器を活用することを発案。
そこで聖歌隊の歌声と、ロックフェスのごとくに設置したスピーカーによる増幅によって、ロワイヤル広場に爆音の讃美歌、Te Deumが流れる。
スピーカーの配置は綿密に練られていた。魔女の背後にはディレイスピーカーを置くことによって距離による遅れをカバーするなど、広場にいて聖歌が流れている間は、確実に魔女の呪いを打ち消す布陣が組まれていた。
ステージの中央には指揮者であるアンブロジウスが聖歌隊に向き合い、彼の背中合わせに立って魔女を見据えるテレーズがいた。歌声を背に受けるテレーズへとスポットライトが集中し、彼女の右腕に募る信仰すらも増幅して、光が集まるかのような錯覚が見えたと、後に聖歌隊の面々は語る。
テレーズはステージから飛び降りて疾走し、魔女へと一直線に迫っていく。魔女は呪いの歌を口にするが、それがテレーズまで届くことはない。
聖歌隊は交唱の形式を採用しており、配置を二つにわけて交互に呼応するように歌い繋ぐことで、息継ぎや歌い終わりという隙すらも作らなかった。
眠りの魔女は爆音の祈りを全身に浴びながらも、狂ったように子守歌を歌い続けた。それに呼応した羊たちが、魔女の前に躍り出てテレーズの行く手を阻む。
テレーズは身のこなしで迫りくる羊の群れを回避して、魔女に肉薄したった一撃のもとその身体を貫いた。信仰の結集した右腕が呪いを完全に葬ることに成功した。
魔女は最後に何かを訴えるようにテレーズの頬に指先で触れたが、彼女は聖句を読んで魔女を見送った。
言葉を持たない魔女が何を伝えたかったのかは不明。
■参考データ
・眠りの魔女の生前の容姿.png
・眠りの魔女の死後の容姿.png
・眠りの魔女の生まれ育った村での聞き取り調査.pdf
・羊飼いの死亡診断書.pdf
・不夜病(Sleepless sick)患者の証言一覧.pdf
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・ランスでの羊の目撃情報.pdf
・ノートルダム大聖堂聖歌隊マイテリーズへの協力申請書.pdf
・音響機器レンタル費用見積書、請求書.pdf
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