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Distort×Disorder  作者: 一木 樹
承段
19/19

承段 --- 永浦永輔②


 土鍋にごま豆乳鍋の元となるスープを入れて火にかける。

 火が通りにくい食材から鍋へと入れていった。

「あれ、もう脱いじゃうの?」

 菖蒲がもこもこくまさんルームウェアを脱いで、セーラー服へと着替えていた。

「永輔が出てきたら着替えにくいから」

「え~残念。本当に似合ってたのに」

 菖蒲は恥ずかしそうに否定しながら着替えを終えた。

 梨々香はその足元を見て、短いソックスに気づいた。

「えっ、夜はまた冷えるわよ。生足で行くの?」

 菖蒲はそうだよ、と短く首を縦に振った。

 梨々香はクローゼットを開いて、何かを探し始めた。

「あった! 新品だから使って。デニール濃いめ」

 未開封のタイツを取り出して、菖蒲に渡した。

「えっ、でも悪いよ。シャワーと鍋に加えて、そこまでお世話になったら」

「いいのよいいのよ。ツッパってる女子はぜーんぶ私の後輩なんだから」

 その言動や桑島との関係で薄々予想していたが、梨々香は元不良レディースらしい。先程クローゼットを開いたときに、特攻服らしき派手な衣服が見えた。

 菖蒲はじゃあ甘えるね、とタイツを受け取って、ソックスの代わりにそれを履いた。

 その様子を見て一度は満足そうな表情を浮かべた梨々香だったが、菖蒲の背後にかけてある上着が目に入った。

「うーん、その上着もかわいい系の菖蒲ちゃんっぽくないし、私のお古貸してあげようか?」

 梨々香がダウンジャケットへと手を伸ばすと、横から菖蒲が素早くそれを回収した。

「これは、いいの。着ていくから」

 ぎゅっと守るように抱えている。

「……あらそ。まあいいけど」

 何やら思い入れでもあるのか、それにしては真新しく見えるな、と不思議に思いながら梨々香はそれ以上は追及しなかった。

 

 二人で鍋を囲んで、残りの食材を入れたり、灰汁を取ったりしながら調理を進める。ごま豆乳鍋の完成は目前だった。

「ねえ、何でそんなに必死なの?」

 手持無沙汰になった梨々香は、気になっていたことを質問した。

「家出して、日本刀振って、そこまでして殺人犯のこと追わなくてもいいじゃない。可愛い女子中学生の菖蒲ちゃんがやらなくても、警察とか、勇誠もめちゃくちゃ怒ってたし、誰かが仇を取ってくれるよ」

 諭すように語りかけた。老婆心と思いながらも、梨々香にとって菖蒲はとても危なっかしく見えたのだ。

「ダメなの」

 菖蒲は煮える鍋を一点に見つめながらつぶやいた。

「私がやらないと。私が、あの子の仇をとらないと」

「……あの子って、誰?」

 その質問に、返事は帰ってこなかった。

 言いたくないか、と梨々香がこの話題を諦めようとした。

 そのとき、鍋を見つめていたはずの菖蒲の焦点が震えているように見えた。



「――誰、だっけ」



 梨々香が「え?」と声を漏らしたのと同時に、洗面所のドアが開いた。

 半裸の永輔が出てきて、半泣きの状態でこちらに話しかけてきた。

「あのぅ、そろそろ暖かいシャワーを浴びてもいいでしょうか……?」

「あ、ゴメン忘れてた」

 梨々香はキッチンへと戻り、給湯器のボタンを押した。

 永輔は安堵して気が大きくなったのか、要求を追加した。

「菖蒲着てないならさっきのルームウェア俺が」

「アンタに私のお気に入り着せるわけないでしょうが」

 腰の辺りに蹴りをくらって、永輔は洗面所へと再び放り込まれた。

 部屋に戻ると、菖蒲が口元を押さえて笑っていた。

「なに楽しそうにしてんの」

「えっと、その、梨々香さんもすぐ手が出るタイプだから、永輔の言う通りきっと熊のルームウェア似合うなって気づいちゃって、それで」

 菖蒲の脳天に手刀が落ちた。

「しばくわよ」

「も、もうしばかれてます……」

 頭を押さえながら菖蒲は涙目で答えた。




 ◇◆◇◆◇




 食事を終えて、支度を済ませた二人は玄関にいた。

「ごちそうさん」

「梨々香さん。すごくおいしかったです。ごちそうさまでした」

「いいのよ。食材余るところだったから、こっちも助かったわ」

 一足先に菖蒲がドアから出る。

 永輔が靴紐結んでいるところに、梨々香は近づいて耳元で話しかけた。

「ねえエースケ。菖蒲ちゃん危なっかしいところあるから、アンタが気張るのよ」

「……わかってるよ」

 梨々香は頷いて、永輔の背中を思いっきり叩いた。

 バンッ!と小気味良い音が響いて、永輔は立ち上がった。

 廊下を歩く二人を、梨々香は玄関先で見送った。

「勇誠に会ったら、鍋おいしかったって自慢しといて~!」

「わかりました!」

「はいよ」

 それぞれに返事をしながら、二人はエレベータへと乗り込んだ。

 永輔が叩かれた背中をさすりながら話しかける。

「あの人、全然仕事病んでる風じゃなかったな」

「確かに」

「RIRIKA@面倒見良いに変えた方がいいな」

「それは面白くない」

 狭い空間に沈黙が訪れた。

 永輔は顔を逸らした。

(だいぶ打ち解けたと思ったけど勘違いだった。コイツ、まったくかわいくない)

 ため息をついて別の話題を切り出す。

「それで、こっからどれくらいだ?」

 菖蒲はスマートフォンをいじって、目的地へのルートを検索していた。

「30分かからない。旭富総合病院にはすぐに着く」

「そんじゃあ次こそ、桑島を見つけに行くとするか」



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