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Distort×Disorder  作者: 一木 樹
序段
13/19

序段 --- 白柳魅世①




 パトカーの中の重苦しい空気を切り裂くように、電話のコール音が鳴った。

「あら、ちょうどいいわね。八武崎ちゃんだっけ? この電話出て」

「運転中です。それにどうしてあなたの電話を私が?」

「いいから、はい」

 後部座席から空の助手席にスマホが置かれる。画面は通話状態でスピーカー設定にしたらしく、男性の声が聞こえてきた。

『白柳。血十字事件の現場には着いたか?』

「黒杭警視正。端波署から刑事を一人借りたわ。すっごく不審がってるから、軽く説明してちょうだい」

『はぁ? キサマという女はまた勝手に……そして、ただの警察官相手に説明できるわけないだろうが!』

「そんなに取り乱しなさんなって。もうスピーカーで聞こえてるわよ」

「……コホン。失礼、警察庁の黒杭だ。君は?」

「端波署の八武崎やぶさきれい巡査です。どうして、警察庁の警視正が? この女性も警察庁の人間ですか?」

「いや、彼女は違う。だが彼女には警視正相当の捜査権があるものと考えてくれ」

 警察庁は各都道府県警を指揮監督する立場にあるが、事件の捜査は発生した県の県警が担当するのが通常だ。だが、今回の血十字殺人のような重大事件や、広域、国際的事件が発生した場合は地方の殺人事件に介入してくることもあり得る。

 警視庁の人間に振り回されるならまだいい。でもこの得体の知れない女にアゴで使われることに対しては、話が違うと八武崎は考えていた。

「……納得できません」

『そうか。その場合は捜査の指揮権を端波署から警察庁が派遣する責任者に全権移譲することになる』

「なっ……!」

 八武崎は絶句する。共同捜査本部の設置や捜査官の派遣ならまだしも、そんな話は聞いたことはない。だが階級だけを見れば警視正は所轄の警察署長と同等だ。彼らにはそれをやりかねない圧を感じていた。

 もしそうなった場合は、大鋸屋警部や日元先輩も捜査から外されてしまうだろう。八武崎ひとりの一存にしては余りにも影響が大きい。

 助手席に伸びた手が、スマホを取り上げた。

「はーい。黒杭くん、ヘイト役ありがと。この子ならきっと捜査を手伝ってくれるわ。それじゃ」

 電話先から「おいまだ切るな」と文句が聞こえていたが、その声は途切れてしまった。

「安心しなさい八武崎ちゃん。所属や詳しいことは話せないけど、私といる方がきっと早く血十字殺人の犯人に会えるわ。目的は一緒よ」

 パトカーが止まる。場所は閑静な住宅街の中の路地だ。

 通勤通学時間が終わり、辺りの人通りは落ち着いている。電柱の側に設置された献花台に積まれた花束だけが寂し気に風に揺れていた。

 ここは血十字殺人1件目の現場だ。

 八武崎は後部座席を振り返り、正体不明の女性を睨みつけた。

「わからないことだらけですが……私は犯人を逮捕したいんです。あなたが捜査本部より早く見つけられるというなら、協力する意味はあります」

「あなたのその正義感……やっぱり見込んだ通りね。この白柳しらやなぎ魅世みよに任せなさい。事件が終わったときには感謝の言葉を述べさせてあげるから」

 女性二人の奇妙なバディがパトカーから下りて、事件現場の検証が始まった。




 ◇◆◇◆◇




「この工場跡が最後。4件目の事件現場です」

 パトカーが停車したのは根倉という古い工場地帯にある廃工場だった。肌寒い空気と鉄の朽ちた匂いが混ざって鼻につく。

 使われなくなってさび付いた資材や、朽ちかけた木材が並んでおり、穴の空いた屋根から差し込む光で、室内は思いの他明るかった。

「ここもすごいわね」

 工場の入り口付近には、これまでの事件現場と同じように花束やペットボトルが並んでいる。ここは2名の被害者がいるからか、一層お供え物が多いと白柳は感じた。

被害者マルヒ2名はフリーターの不良だったんじゃないの?」

「正社員ではありませんでしたが、被害者の三田みた遼太りょうたは中華料理屋のバイトを学生時代から4年続けていました。同じく利岡としおか健吉けんきちは介護施設の契約社員で勤めていたようです」

 八武崎が手帳を広げて回答する。

 2人が出会った今朝の路地裏を含めて5件の事件現場を見て回った。共通点と言えば深夜の人目につきにくい場所くらいのもので、地理、被害者などの条件があるとは思えない内容だった。

 通り魔といえばそんなものか、と半ば納得していたと白柳だったが、積み上がった花束が妙に気になって、視線が外せないでいた。

 その視界に、2人の来訪者が写る。

 車椅子にかけた老齢の男性と、それを押す介護士らしき人物だ。

 白柳は近づいて声をかける。八武崎もそれを追いかけた。

「こんにちはおじいちゃん。お供えもの?」

「ええ、健吉君に花をね。お二人は刑事さんですかね?」

 老人は膝に乗せた花束を持ち上げた。

 二人の風貌を見て、特にスーツを着込んだ八武崎の恰好から刑事だと判断したようだ。

 否定するのも面倒だと、白柳はウィンクをして八武崎に合図した。

「……ええ。一連の殺人事件を捜査しています。利岡健吉さんの職場の関係者の方々でしょうか?」

 形式に乗っ取った聞き取り調査が行われた。

 被害者はこの車椅子の老人の担当職員であり、二人は祖父と孫のように仲の良い関係だったそうだ。他にも施設には一緒に来たいという入所者が大勢いたが、全員で来るわけにもいかず代表して彼と付き添いが献花に訪れたとのことだった。

「彼は体が丈夫なこと以外に取り柄がないから介護の仕事をしてる、と話していたが、底抜けに優しい子だった」

 老人は震える手で花束をお供えした。

「刑事さん、絶対に捕まえとくれ」

「任せてください。必ず犯人を見つけますから」

 瞳に炎を燃やす八武崎の首根っこを白柳が掴んだ。

 何をするんですかと振り返ると、無言でパトカーを親指で示していた。

 老人に静かな時間を与えるため、二人はその場を後にした。

 白柳が振り返ると、そこには両手を合わせて目を閉じる老人の姿があった。

(ふーん。まあ、一見悪ガキっぽい奴ほど、愛され上手だったりするか)




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