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護衛の条件

エルウッドはその後、長い時間を別宅で過ごした。お茶を飲みながらジニーの母のサンドラと、ジニーの昔の話をしたり、サンドラの王都に住む家族のことなど、ジニーでも知らない話をサンドラから引き出して、にこやかに談笑していた。決して強引ではなく、礼儀正しく、初対面の人間とスムーズに会話を続けて行く様子にジニーは感心した。この人、やっぱり本物だわ、本物の王様だわと。

「ねえ、陛下」

実家にいる気安さですっかり礼儀作法を忘れたジニーは、お茶の席に行儀悪く本を持ち込み、エルウッドに聞いた。

「魔力吸収の魔法陣と組み合わせるのは、どんな魔法陣が良い?」

ジニーはエルウッドのために魔法陣の刺繍をするつもりだった。今、エルウッドの肩にはジニーのマントが乗っている。白くて可愛らしいフォルムの、少女趣味のマントは、ジニーが着れば可愛かったが、エルウッドにはそもそもサイズも合っていない。エルウッド用の何かに刺繍する必要があった。ジニーはエルウッドの不調を解消するために、刺繍にエルウッドの余分な魔力を吸い取らせたい。余分な魔力を魔力吸収の陣に吸い取らせ、無害な魔法へ変換させる。それが目的なので、組み合わせる魔法陣はなんでも良かった。

「そなたが気に入ったものなら、なんでも良い」

エルウッドは言った。

ジニーは本のページをめくりながら考え込んだ。ジニーの持っている魔法の本は、後ろのページに行くほど高度な魔法陣が載っている。

「せっかくだから豪華な奴が良いわよね。この『四精霊の加護』とかどうかしら?『ドラゴン召喚』も『冥府開門』も捨てがたいわね」

「すべて伝説級の攻撃呪文じゃないか。そなたは世界を滅ぼしたいのか?」

「そうね。そんなのが発動しっぱなしになるのは問題があるわね。残念だわ。それに複雑な魔法陣は縫うのに時間がかかるのよ。こんなの、完成するのに1年はかかっちゃうわ」

「ゆっくり考えたら良い。時間はたくさんある」

「でもそれまでどうするの?そのマントの裏地を切って、陛下のマントに縫い付ける?でも寝る時でもつけていて欲しいわ。魔法陣もそんなにたくさん必要ないし、小さい魔法陣で良いのよ。そうか、それも問題だわ。何に刺繍しよう……?」

悩むジニーをエルウッドは愛しげに眺める。ジニーの母のサンドラは、ジニーが話すことの半分も理解出来なかったが(そしてそれはいつも通りだったが)、娘の夫となる青年が、娘を見る優しい眼差しに、良かった、と、表情を和ませた。


***


エルウッドはジニーに、今夜は別邸で母親と共に過ごすことを勧めた。ジニーはとても喜んだ。

「明日の朝は一緒に朝食を取ろう。迎えを寄越す」

「ありがとう。そのマント、出来るだけ着ていた方が良いわ」

そんな話をしながら2人が家の外に出ると、仁王立ちの騎士団長と、進退伺いを持って震えながら立っているトリスタンと、いつのまにか厳重に別邸を取り囲んでいるたくさんの兵がいた。

「ヴァージニア」

その様子を見て、エルウッドはジニーに聞いた。

「さすがに良心の呵責を覚えないか?」

「……ごめんなさい」

その言い方を聞いて、その場にいる全員が、

(全く反省していない。これはまたやる……)

と思った。

しかしエルウッドは視線を蕩けさせ、ジニーの額に口付けた。

「ちゃんと謝れて偉いな、ヴァージニア。そなたの慈悲に感謝する。今夜は家の周りを警備の兵が巡回するが、あまり気にしないでもらえると嬉しいのだが」

「わかったわ」

「家の外に出ないように」

「わかったわ」

エルウッドはジニーを家の中に戻るよう促すと、リンドバルト家の本宅へと向かった。険しい表情の騎士団長が随行した。騎士団長は口早に述べた。

「陛下。兵の解散を待っていただきたい。陛下とリンドバルト嬢を守りきれませぬ。リンドバルト嬢の護衛配備として一個中隊を当てることを進言いたします」

「ヴァージニアを第一妃にせよと?」

「リンドバルト嬢におかれましては護衛に協力的でなく、10や20の護衛では間に合いません」

「護衛が付くことに慣れていないのだ。私からも良く言って聞かせる。しばらくは私の側から離さないように努めよう。今すぐに第一妃規模の配備は現実的ではない。半年待て」

「その半年が待てませぬ。王宮内ならまだしも、これから陛下は行幸に向かわれるのでしょう。また3ヶ月見失い、雪山の中を探しに行かれるおつもりか」

「私が居るので、もうそのようなことは起きないと思うが……分かった。行幸の随員として紛れ込ませろ。第三級配備を認める」

「ご配慮感謝いたします」

それからエルウッドはトリスタンを見た。

「トリスタン、少しそなたと2人で話したい」


***


トリスタン・ゴッドウィンは、ゴッドウィン侯爵家の四男として生まれた。何不自由なく育ち、学校では友人に恵まれた。恵まれた体格と燃えるような赤い髪を持ち、女性にも非常に人気が高かった。長男は家を継ぎ、次男は王宮の文官として活躍している。三男は隣国の大貴族の婿に入った。トリスタンは母方の祖父の影響で騎士を目指した。学校の騎士課程在籍中に、ある闘技大会で貴族ながらに6位入賞し、一気に将来が開けた。この先は、騎士団の中で武功を上げて一代限りの爵位を得るか、父から侯爵領の中の適当な領地と爵位を貰い、領地経営しながら嫁を取るか、兄のようにどこか有力な家の婿に入るか、まだ進路は決まっていない。しかし、トリスタンは本当は騎士団長になってみたかった。彼の母方の祖父が二代前の騎士団長だったので、子どもの頃から憧れていたのだった。

トリスタンには婚約者は居ない。当代の国王陛下であるエルウッドが国中の貴族女性を手当たり次第に召し上げ始めた時に、娘持ちの他家から山ほどの縁談の打診があったが、自分の進路を決めたくなかったので、全て断ってきた。女性とは、ほどほどに遊び、仕事は真面目に取り組み、着実に実績を積み上げてきた。

ジニーの件は、トリスタンにとって初めての失点だった。



エルウッドとトリスタンは、リンドバルト家の庭園にあるベンチで話をした。トリスタンはこの庭園が大嫌いだった。初めてジニーを見失った場所だ。

エルウッドが人払いをしたので、2人の会話が聞こえる者は誰もいない。ベンチに座るエルウッドの前で、トリスタンは土下座した。

トリスタンは、そもそもジニーの輿入れの護衛に失敗し、国王自ら出向く事態を起こし、それを許されたにも関わらず、許された直後の護衛にも失敗し、よりによって国王に後始末をさせたのだ。何ひとつ仕事を全うできていない。護衛相手が埒外だからなどとなんの言い訳にもならない。

エルウッドはしばらくトリスタンに声をかけなかった。

トリスタンは進退伺いを差し出した。エルウッドは受け取った。トリスタンはまた土下座をした。

ようやくエルウッドは口を開いた。

「トリスタン。なぜそなたは2回もヴァージニアに攻撃されたか分かるか?」

あの女が、噛み癖のある犬のような女だからだ、とトリスタンは思ったが、もちろん、国王の寵妃となる予定の女性に対して言ってはいけないことくらいは弁えている。

「わたくしの能力が不足しておりました。申し訳ございません」

「そなたの能力は承知している。私はそなたならヴァージニアの護衛を任せられると信じている。と言うか、そなたしかおらぬ。そう思って任命した」

トリスタンは思わず顔を上げ、慌ててまた下げた。

「顔を上げよ。いや、隣に座れ。私はそなたに話がある。この状態では話しづらい」

トリスタンは恐縮しながらエルウッドと同じベンチに座った。トリスタンにとってエルウッドはこれまで雲の上の人で、近衛隊の1人として遠くから眺めるくらいだった。直接言葉を貰ったのは、騎士章を拝領した時、そして数日前に朝議に呼ばれた時以来だった。2人になったのは初めてだった。エルウッドは男の目から見ても美しく、声は麗しく、眩しいくらいに光り輝いていて、気を抜くと茫然と見とれてしまう。こんなに近くで話しかけられてトリスタンは緊張した。

横を向き、エルウッドは話し始めた。トリスタンは叱責を受けるのだろうと思っていたのだが、それは予想とは全然違う話だった。



エルウッドは言った。

「私の話を良く聞け、トリスタン。ヴァージニアの魔法を実際に体験したのは、今の所、私とそなたの2人だけだ。雷の魔法と治癒の魔法を。正確にはそれは間違った認識なのだが、今はそれはどうでも良い。肝心なのは、先ほどの場にいた者たちは、何が起きたか正確に分かるほどには近くに居なかったということだ。秘密はいまだに守られている」

エルウッドについてトリスタンはほとんど何も知らない。噂は聞く。好色だとか暴君だとか。学生時代は優秀な魔法使いだったとか最近は体調を崩されている時が多いとか。実際にエルウッドに相対してみて、トリスタンが感じたのは明晰さだった。自分より年下のはずなのに、それを感じさせなかった。エルウッドは話を続けた。

「今後、どうなるかはわからぬ。しかししばらくはヴァージニアの魔法の件を私は公表しないつもりでいる。すでに、なにがしか聞いている者たちにも、今の所は不明で押し通す。だが、ヴァージニアの護衛を十分に達成するには、彼女が使うかもしれない魔法についての知識を持つ者が必要だ。つまりそなただ」

呆けている場合ではなかった。トリスタンはじわりと首筋に汗が滲むのを感じた。つまり辞退などできない任務なのだ。トリスタンにしか出来ない。確かに。トリスタンはこの件を甘く見過ぎていた。任務を外れて降格される程度だと。最悪でも騎士団をクビになる程度だと。

トリスタンが今後の未来を予測しきる時間を与えず、エルウッドはさらに冷徹に容赦なく話し続けた。

「そしてまた、これを言い換えるのなら、ヴァージニアが無詠唱で魔法に似た何かを発動させていることは私が隠したいと望んでいる王家の秘密であり、そなたは唯一その王家の秘密を知る者だ。私は王家の秘密を知る者を、自由な野に放したりはしない。そなたがこの護衛の職を全うできない時には、私が命じるのはそなたの解任命令ではない」

そこまで話して、エルウッドはトリスタンに聞いた。

「私は誤解なく説明できただろうか?。ヴァージニアを、文字通り()()()で護衛してもらいたい。その他に残された道はそなたにはない。そのことを、これまでの私の話で間違いなく理解できただろうか?トリスタン」

トリスタンは死にそうな顔をして、実際に吐きそうだったが、すでにこの返答にも、彼の命がかかっていた。

「はい、陛下。わたくしのような者に丁寧に説明していただきありがとうございます」

「よろしい。では、具体的な対処方法だ。そなたがヴァージニアから攻撃を受けたのは、そなたが彼女の邪魔をしたからだ。そなたはヴァージニアの信頼を得る必要がある。そなたが味方であり、邪魔をしないと、彼女に信じさせる必要がある。今度、彼女が走り始めたら、そなたは止めるのではなく、一緒に走るのだ。走った先に何か危険があるのなら、そなたが盾となりヴァージニアを守れ。私は必ず行く。それまで彼女を守って欲しい。私が側に居ない時のヴァージニアの守りを頼めるか?」

必死にトリスタンは答えた。

「はい、陛下。この剣に誓いまして、リンドバルト嬢を守ります。リンドバルト嬢が走る時はわたくしも走ります。リンドバルト嬢が危険に遭われる時には、危険とリンドバルト嬢の間にわたくしが入ります。わたくしより先にリンドバルト嬢が死ぬことはありません」

エルウッドは微笑んだ。トリスタンは恐怖した。普通、このような時は、たとえ笑顔でも目は笑っていなかったりするものだ。エルウッドは目まで笑っている。悪夢に出てくる道化師よりも怖い笑顔だった。

エルウッドは言った。

「共通理解が得られて何よりだ。トリスタン、もうひとつ気にかけて欲しいことがある。魔法の秘匿については先ほど話した通りだ。だが、私はヴァージニアに魔法を禁じていない。魔法の禁止は彼女を危険に晒すからだ。必要がある時には彼女には迷わず魔法を使って欲しいと思っている。しかしそなたが側に控えていれば、彼女は攻撃や治癒をする必要はないはずだ。そのように期待している」

「はい。リンドバルト嬢が魔法を使うような事態は起きません。その前にわたくしがリンドバルト嬢をお守りいたします」

エルウッドは頷いた。

「ゴッドウィンの忠義を見せてもらおう」

そしてエルウッドは、リンドバルト家の別邸に戻るように、とトリスタンに命じた。

「そなただけは別邸の中で警護するように」

「かしこまりました」

「ヴァージニアの寝室の外ではなく、中だ」

「陛下。それは」

「必ず中だ。トリスタン。私のいない時は寝室だろうと部屋の中で警護せよ。私が許す。あの家は間取りがおかしい。ヴァージニアの部屋のどこかに抜け道があっても私は驚かぬ」

「陛下、そこまで分かっているのでしたら、本邸にお連れしたらいかがでしょうか?」

「ヴァージニアは庶子で本邸では居心地が悪いのに、そこで一晩過ごさせるのは可哀想だ。そなたの手腕を見せてもらおう。意外と土下座は有効かもしれない。頑張れよ」

「……かしこまりました」

トリスタンは、エルウッドが破いて差し出した進退伺いを受け取った。


***


トリスタンに代わり護衛の指揮を取っていた騎士団長は、トリスタンが戻ってきたのを見て、目を細めた。

「赦されたか」

「はい、陛下のお慈悲をいただきました」

「そうか」

「屋敷の中にも護衛を入れるようにと。私が中に入ります」

「1人で不寝番か?」

「リンドバルト嬢に護衛に慣れていただくことが目的ですので。本来、厚く護衛を置く状況でもありません。当分の間、まずは私がリンドバルト嬢の信頼を得てみようと思います。複数人での護衛にご理解いただくのはその後かと」

「わかった。外の警備について誰か寄越そう。本来のお前の指揮職務については俺が助けよう。トリスタン、欲しいものは何でも言え。陛下はリンドバルト嬢を気に入っておられる。このようなことは初めてだ。陛下はこれまで特定の女性を好まれるようなことはなかった。これは歓迎すべきことだ。聞いていただろう。陛下はリンドバルト嬢を半年後には第一妃にするおつもりだ。我々もそのつもりで任にあたらなければならない」

「肝に銘じます」

「お前は若い。周りを頼れ。私もいつでも手を貸す」

「感謝いたします」

騎士団長はトリスタンを和ませるように、トリスタンの肩に手を置き、それから本邸へ戻って行った。


トリスタンは別邸の中に入った。













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