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伯爵令嬢は友人を望む

次の朝、ジニーが起きた時、エルウッドは居なかった。

ジニーはかなり驚いた。居なくなるなと言っていたのはエルウッドだったのに。

ジニーは外に出てみた。雪は止んでいて、1人分の足跡がずっと遠くまで続いている。

どうしたのかしら、とジニーは思った。



ジニーがお茶を淹れているとエルウッドが帰ってきた。エルウッドはとてつもなく大きな熊の毛皮を床におろした。頭がついていて、裏側は綺麗になめされ、虫やその他不潔なものもなく、金持ちの家の暖炉の前に敷かれている敷物のようだった。

「その」

エルウッドは口ごもった。

「少しでも暖かいほうが良いだろうと思って」

で、川の近くまで行き、凍って倒れている魔熊を、魔法で解凍し、毛皮を剥ぎ、浄化し、なめして持ってきたらしい。

ジニーも他人のことを言えないが、このエルウッド国王陛下は次から次へと人の意表をつかないと気が済まないのだろうか。国王みずから追ってきたり、突然強烈な魔法を撃ったり、死にかけたり、倒れたり。猫が飼い主にネズミを持ってくるがごとく、熊の毛皮を贈ってきたり。

「熊肉も少し血抜きして持ってきた」

エルウッドは肉の塊もジニーに渡した。そして言った。

「昨日はすまなかった。私から言い出したのにあのような。女性に対する適切な距離でもなかった。謝罪する」

ジニーは目をぱちぱちさせた。

ああ、なるほど、とジニーは思った。熊はお詫びの品のつもりなのだと理解した。

ジニーは言った。

「そんなことはどうでも良いのですけど、歩き回ったり魔法を使ったりして大丈夫なんですか?ずいぶん具合がお悪いように見えました。こんな風にすぐに倒れてしまうなんて変だわ」

「具合はずっと悪かった。何年も、熟睡できないほど頭が痛かった。今は、そなたのおかげでだいぶ良い気がする。ただもちろん、長年、身体に負荷がかかっていたから、根本的なところで満身創痍なのかもしれない。特に魔力に関することでは」

「ちょっと頑張ってゆっくり休んだ方が良いです。少し動けるようになったからってすぐに動くようでは回復しないわ」

「そうは言っても事情があるからな」

エルウッドは渡した熊肉をもう一度取り上げて言った。

「私がこれを焼こうと思うのだが、料理はしたことがないので手伝ってもらえるか?ステーキが焼けたら、食べながら昨日の話の続きをしよう。私が長く寝ていたせいで時間がなくなってしまった。そなたのご実家のリンドバルト家で、1000人の護衛部隊が私の帰還を待っている。昼までには帰らないと面倒なことになる」


***


うーん。いくらなんでも不敬よねえ。


ジニーはそう思いつつもたくさん国王陛下を働かせてしまった。国王陛下の魔法が便利すぎた。

肉を焼くのに強い火が必要だから、木から太い枝を魔法で斬り落としてもらい、それを割って薪を作ってもらった。薪を乾かすのも、かまどの中でそれに火をつけるのも魔法で一瞬だった。綺麗な水も出してくれたし、熊肉の浄化してくれた。魔法で岩から薄い平らな石を切り出し、それも浄化してくれた。肉の準備をしているうちに火が良い感じになったので、エルウッドは、石をかまどの上に置き、その即席のフライパンの上で塩を振った熊肉を焼いた。ジニーの仕事は肉に塩を振ることと焼き加減を確認することだけだった。ジニーが、そろそろ良いんじゃないかしら、と言うと、エルウッドは絶妙な風の魔法でそれをひっくり返した。

「魔法使いの人はみんなこんな風に魔法を使うの?」

「いいや。普通は滅多なことでは魔法は使わない。そなたも言っていたとおり、呪文を唱える必要があるし、魔力も必要だ。気軽に魔法が使えるほど魔力量が多い人間はあまり居ない」

「陛下はとても強い魔法使いだからなのね」

「私より魔力量の多い人間には会ったことがない」

良い具合に肉が焼けた所で、エルウッドは、魔法でかまどから石ごと肉を下ろし、それを一口大に刻んだ。

「便利すぎる。ちょっと魔法の勉強をしてみたくなったわ」

「私が側にいる時には私がいくらでも代わりに魔法を使おう。しかしそなたに学ぶつもりが出たなら、それはそれで歓迎だ」

2人は行儀悪く指で肉をつまんで食べた。ものすごく久しぶりに肉を食べたジニーは、その美味しさにうっとりとした。ふかふかの熊の毛皮の上に座り、焚き火は薪で赤々と燃えている。いきなり生活の質が爆上がりした。

これから気が重い話をしなければならないことは分かっていた。たとえばこれからの話だとか。もう少し美味しいものを食べてのんびりしたいとジニーは思ったが、エルウッドは食事が終わるのを待たなかった。

「そなたと私の間には問題がある。そろそろ解決を試みた方が良いと思う」


***


初対面のとき、ジニーとエルウッドはお互いに隙あらば魔法をぶつけようとしたし、少しの気も抜けない敵対関係だった。それから二晩が過ぎ、色々とあり、不十分ながらにお互いの性格を知った。今は友好的な関係と言える。でもそれは、特にエルウッドが話題を選んで、核心に触れることをしなかったからでもあった。

そして今、エルウッドは話そうとは言ったが、かなり遠回りに話し合いを始めることを選んだようだった。エルウッドは言った。

「私がそなたに聞きたいことは尽きないが、考えてみれば、ずっと私が質問して、そなたが答えるばかりだ。逆にそなたが私に聞きたいことはないのか?」

「そうね」

ジニーは質問を考えてみた。

「陛下はどうしてそんなに具合が悪いのかしら」

エルウッドは答えた。

「魔力が強すぎるからだ。強い魔法使いは自然に体外に魔力を放出している。そなたもそうだ。だから私はそなたがどこにいても、きっとその魔法の跡を辿ることができる。普通はそれだけのことだが、しかし私の場合は、普通の特性ではなく、人を支配する光属性だから、無闇に垂れ流すわけにいかない。だから無理に押さえつけて生活しているわけだが、そのようなことをすると魔力が身体の中で澱んでしまう。身体の中を流れる魔力は、血流のようなものだ。澱めば身体の不調を引き起こす」

「そうなのね。魔力が強すぎるのが問題なのね。だからそうか……私は、身体の中の魔力の澱みをなくして、もっと魔力が流れるように流れに勢いをつけてやろうとしたのよ。だからダメだったんだわ。魔力が強いのに流れる勢いまでつけてしまったら、良くないはずだわ」

「しかしそのおかげで今は数年ぶりに頭が痛くないし、熟睡できた。私は感謝している。控えめに言っても、そなたは私の命の恩人だ」

「私も助けていただいたわ。ちがうのよ。そうじゃないのよ。ああもう、わかる気がするのに。頭が悪くて嫌になるわ」

ジニーはイライラして床を指でトントン叩く。それから後ろに手をやり、のけぞって宙を睨みつけ、じっと考え込んだ。エルウッドが横で戸惑っているのに気づくと、ごめんなさい、と、居ずまいを正した。

「いやかまわないが。他の質問は?」

「そうね。小さな頃からずっとこんな感じだったの?」

「……そなたは魔法の話ばかりだが、それで良いのか?」

「ええ。あまり話したくないなら無理に話さなくて良いけれど」

「私は気にしないが、聞いて楽しい話でもない」

「聞いてみたいわ」

請われたエルウッドは幼少期の話をした。

「生まれた時から魔力量が多かったと聞いている。赤ん坊の私が泣くと、小さな光の粒が現れて弾けたと言う。魔力が体内で強いのが不快で、無意識に魔法を暴発させることで解消していたのだと思う。多いとは言っても小さな赤ん坊の魔力なので、周りへの影響はなかった。王室では3歳から教師が付く。魔法を教えてもらった。魔法を使えば体内の魔力量が減るから、気分が良くなった」

「そんなに小さな頃からずっとトラブルだったのね」

「そうでもない。こういったことは、私だけでなく、強い魔法使いであれば、みんな経験する。適度に魔法を使って魔力を放出し、体内の魔力をコントロールする方法を教わった。それは悪くなくて、まぁまぁ普通の少年時代を過ごしたと思う。問題が起き始めたのは、学校へ入学した頃からだ」

エルウッドは、王族は全員入学すると言う、学校の話を始めた。

「貴族の子弟が通う全寮制の学校だ。問題が起きるまでは、楽しかったように思う。3年間通い、15歳で卒業する。その後も勉強を続けたい者は王立大学へ行くが、私は行けなかった。その頃には私の魔力は強くなり過ぎていた。幼い頃から頭痛がするたびに魔法を使っていたから、魔法の訓練を熱心に行っていたのと同じことになってしまって、魔力量が増えてしまった。その場に居るだけで、私の光属性の魔力が他人の感情に干渉していることに気づいた。魔力を抑えながらの生活をせざるを得なくなった。だが、自分の中から自然に体外へ流れていく魔力を無理に抑えるということは、ただでも魔力量が多くて身体が不調なのに、さらに余計に魔力を体内に囲いこむということだ。頭痛が酷くなる。耐えきれなくなると魔法を使って魔力を放出することになる。それを繰り返せば、また魔力量が増える。頭痛はさらに酷くなる。悪循環だがどうしようもない。他に方法はなかった」

そのように話してから、エルウッドは聞いた。

「ヴァージニア嬢、そなたは魔法を使った後、どれくらいで回復する?」

「そうね、全部使っちゃったら、一晩寝て、朝には戻っているわ」

「それはかなり回復力が高い。魔法使いと言われる、魔法を職業としている者でも、普通は一昼夜と言われている。幼い頃、私が魔法を使うと回復に1週間はかかった。しかし、魔力が高くなるにつれて、回復力も上がり、回復するまでの時間は短くなっていった。自分から滲み出る光属性の魔力が強すぎて、それを抑えることを始めた頃には、毎日のように魔法を使うことが必要だった。ある日、私は、たったの2時間で自分の魔力が完全に戻ったことに気づき、魔法を使って魔力量を減らすことをやめた。これ以上魔力量や回復速度を増やしたら手に負えなくなる。すでに酷いことになっていた。一番身近にいた両親は私の魔法に影響を受け、自分の名前もわからなくなり、今は離宮で過ごしておられる。私が代わりに王座についた。そして、魔法に詳しい者に暗示を手伝ってもらい、自分で自分を縛り、死ぬまでなんとか正気を保ったまま終えられるように、と、それだけを望みとして生きてきた」

壮絶な話だった。しかしジニーは同情することも忘れ、真剣な顔をして考え込んでいた。頭の中で何かが引っ掛かる。答えに必要な情報はすでに得ていると言う感覚が強烈にする。頭の後ろの方で焼き切れそうな勢いで思考が回転している。


(私の場合。私の場合。私は赤ちゃんの頃から強い魔法使いじゃなかった。それなのに今は陛下は強い魔法使いだと私のことを言う。なぜ? 魔力量が増えたから。なぜ? 陛下と同じ。刺繍で何度も魔法を使ったから訓練になった。ダメだわ違うわ、このルートじゃないわ。でもなにか見落としている気がする……)


「それで……」

気づくとエルウッドがこちらを伺っていた。

「他に質問はあるだろうか?」

「いいえ」

ジニーは特に何も思いつかなかったのでそう答えた。エルウッドはかなり驚いたようだった。

「では、私の方から質問をしても?」

「もちろん」

「……」

エルウッドはしばし躊躇い、そして言葉を選んだ。

「そなたは伴侶にどのような男を望む?」

「え?」

「どういった男性を好むのだろうか?結婚相手にはこうであって欲しい条件を聞かせてほしい」

「なぜ?」

「……自分が、顔を合わせる前から逃げ出すほどに嫌われた理由を確認したい」

「私、陛下のことを嫌いだったわけじゃないわ」

ジニーはあっさりと言った。

「会ったこともない人を嫌いになんかならないわ。奥さまが他に50人も居るのは、頭がイカれているなと思ったけれど。でもそれはむしろ都合が良いと思ったので」

「ちょっと待ってくれ。私のことが嫌ではないなら、なぜ逃げたのだ?」

「理由?え……誰かに説明することになるとは思っていなかったわ。ちょっと説明しずらいと言うか、くだらないことなのよ」

「さすがに聞きたい」

「うーん、そうね、私、鬼ごっこに憧れていて、一度全力で逃げてみたかったの」

「……すまない。わからない」

「逃げたら楽しそうだと思ったのよ」

まさかの愉快犯、とエルウッドが驚愕する前でジニーは、ポツポツと話した。

「私のお母様はお父様と結婚していなくて、だから本当の奥様の気に障らないよう、目立たず静かに暮らすようにお母様から言われていたわ。村に行ってはいけなくて、遠くの方から子どもたちが鬼ごっこをして遊ぶ様子を見て羨ましかった。鬼が居るつもりで1人で走ってみたけどつまらなかったわ。義理の弟のアーサー様と遊ぶ機会があって、とても楽しかったのだけれど、アーサー様はお小さいから、私が木に登って逃げてしまうと捕まえられなくて泣いてしまうのよ」

「……」

「だから、結婚のお話を聞いて、これなら本気の鬼ごっこが出来るんじゃないかって思いついてしまって、そうしたら止まらなかった。陛下は50人もお妃様が居て、評判が悪かったから、私が逃げても仕方ないということになって、そうしたらお母様たちが怒られないだろうと思ったから、チャンスだったのよ」

「チャンス」

「いっぱい計画を立てるのが楽しかったわ。必死な追手から逃げ回ることを考えるとワクワクした。うまく逃げられたらあちこち旅が出来ることに気づいて嬉しかった。私は伯爵領を出たことがなくて、本に出てくる大きな建物や海なんかも見てみたかった。お母様の若い時のように食堂で働ければお友達もできるかもしれないし」

「ヴァージニア嬢、これまでに友人が居たことは?」

「ないわ」

「一度も?」

「ええ。だからそうね、結婚相手の方とはまずお友達になりたいわ。今、思いついたのだけれど。私はお話を聞くのが好きだから、たくさんお話してくださる人が嬉しいわ。そしてたくさん私の話を聞いてくださる人が良いわ」

エルウッドは黙り込んだ。

しばらくして、エルウッドは口を開いた。

「ヴァージニア嬢、問題がないなら、当初の予定通り私と婚姻を結んで欲しい」

「え?そうなの?私、何かの罪に問われるとかじゃないの?」

「そなたは自分が何を言っているのか分かっていない。まともに罪に問えば王家反逆罪、その刑罰は上下七親等までの斬首刑だ。そなたが話していた『お小さいアーサー様』も首を飛ばされることになるんだぞ」

「そんなのやめて欲しいわ。ちょっとは罪が軽くならないの?」

「七親等が五親等になるくらいだ。それでそなたは嬉しいか?」

「いいえ、全然」

「そうだろう。私もそのようなことはしたくない。始めから何もなかったこととして収めたい。他の切り抜け方もあるかもしれないが、これが1番平和なように思える。賛同してもらえるだろうか?」

ジニーは考え込んだ。

この王様はまだジニーを嫁に迎える気持ちがあるらしい。川で魚を取り、熊と戦い、洞窟で野宿する女を。いっぱい奥さんがいるから、1人ぐらい変なのが紛れていても構わないってことなのかしら、とジニーは思った。その辺りを問題にするよりは、目をつぶって、誰かの死刑とか面倒なことを避けたいと、そういう判断なのかもしれない。確かにリンドバルト家の人たちや、会ったこともない母の親戚がとばっちりで殺されるのは、ジニーだって全力で避けたい。

「気が進まないか?」

エルウッドが聞いた。

ジニーが聞いた。

「しばらくしたら離婚できるのかしら?」

「なぜもう離婚が前提なのだ」

「だって陛下は私の結婚相手にはちょっと偉い人すぎるわ。続けるには無理な気持ちがするわ」

「具体的になにか心配なことなどあるのか?」

「それはないのだけど。でもきっと困ったことになるに違いないわ」

「私が横にいて助ける。ヴァージニア・リンドバルト、夫となる男は出来るだけ権力者である方が良い。私ならそなたが望むことを全て叶えてやれる。いくらでも行きたいところに連れていってやろう。欲しいもの、やりたいこと、なんでも、そなたの意に沿うよう努めよう。毎日必ずそなたと食事をとり、そなたと話をしよう。鬼ごっこは、私はそなたの居場所はすぐに分かってしまうから、あまり楽しくないかもしれないが、それでもやりたければもちろん付き合う。他にも希望は全てかなえると誓う」

「離婚の希望は?」

「それは例外だ。しかしもちろん、後になってその方が良いと、私とそなたでそういう判断になったら、離婚することもあるかもしれない。全てのことにおいて、協議を受け入れよう」

ジニーは考えた。そして言った。

「良いわ。結婚するわ」














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