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side エルウッド1

会議は紛糾していた。

「なんてことかしら!許せないわ!!」

「しかしリンドバルト伯爵に叛意ありなどと信じられませんな。所属の派閥は……」

「それよりもいまだ見つからないとはどういうことか…」

「裏に黒幕がいるのだろうよ、王家の影からの報告はまだか」

「しかし逃げて誰に何の得があるのか」

「よほど何か表にしてはならないことがあったのでは」

「早く一族を拷問でも何でもして吐かせなさい!!」

側近どもの声がうるさい、と、エルウッドは思った。ただでさえ、いつも頭痛がしているのだ。ここ何年も。



その場の最高権力者、エルウッド国王は気怠げに片手を上げて、目の前で繰り広げられている会話をやめさせた。他の人間は円卓に着いているが、エルウッドだけは長椅子で横になっている。ここ半年ほど、エルウッドの体調は悪化の一途で、長時間椅子にまっすぐ座っているのが苦痛となっていた。

「うるさい。特に姉上がうるさい。姉上は隣国に嫁いでいるのに、なぜこの朝議におられるのだ」

「エルウッド!私はあなたを心配しているのよ!」

激昂していても美しい姉、ナターシャが叫ぶと、エルウッドは顔をしかめ、冷静な声で言い渡した。

「たまの里帰りは認めよう。しかし我が国の政に加わるのはやめていただこう。今度入り込んだら、隣国の間諜と見なして、手引きした者も含めて処罰する」

「弟の結婚よ、政ではなくて家族の問題よ」

「私の結婚は私事だが、私の望むところでなく次々と婚姻を結んでいるのは政治の問題だ」

でなければ、こんな面倒なことを何年も続けてはいない。ただでも鬱陶しいのに、時たまこのように問題が発生するのだから。

姉が退席するのを見届けてから、エルウッドは宰相に問いかけた。

「今現在、この件について知っているのは何人か」

「ここにいる人間、伯爵領に出向いていた人間、伯爵家の人間。トリスタン・ゴッドウィンは、伯爵領の人間も使って三日三晩捜索した後、自ら報告のために帰還しました。領土全域の指名手配と大掛かりな捜索の要請をしています。あとは王家の影がすでに調査を開始したとのことです」

「おおよそのことがわかるまで、秘匿とする。女1人のことでいたずらに派閥のバランスを壊したくない」

「御意」

「トリスタンを呼べ」

連れてこられたトリスタンは、憔悴していた。

「直答を許す。思うところを述べよ」

トリスタンは謝罪から始めようとしたが、エルウッドはそれを遮り、報告だけを求めた。トリスタンの話の中で、エルウッドが気を引かれたのは、魔法の話だった。

「無詠唱?」

「はい。人に向かって魔法を使うのは初めてとも言っておりました。家族に尋ねたところ、幼い頃に家庭教師と魔法の勉強はしていたようだが、才能があったわけでもないとのことでした」

魔法省大臣と枢機卿が深刻そうな顔で言った。

「人妖がヴァージニア嬢に成り変わっていた可能性があるな」

「であれば、ヴァージニア嬢はすでに死んでおりますな」

「人を食らった魔物は、凶悪化する。すぐに掃討せねばなりません」

軍機大臣が意見を述べた。

「とりあえず、いそぎ確認が必要です。討伐ということになりますと、北方面の軍を動かすとして正規軍2000、魔物相手ですから、さらに、冒険者ギルドから傭兵を募り、300ほどの増員。それだけの人数を動かすのなら、正確な情報が必要です」

エルウッドは思案を巡らす。

「ヴァージニア嬢が人間であった場合に、どのような懸念があるか、宰相」

「お言葉ですが陛下、無詠唱で魔法が使える人間はおりませぬ」

「分かってはいるが、無詠唱は、ゴッドウィン卿が一度見たきりで、何かの間違いということもある」

「それでは申し上げます。ヴァージニア嬢にとって、逃亡することは何の益もありません。実家のリンドバルト家にとってもです。しかし逃亡には入念な準備が必要です。逃亡先の確保もです。何かの思いつきや気まぐれで起こせるものでもないでしょう。誰かに騙されたかと。黒幕が誰かと考えると頭が痛いですな」


***



エルウッドは今、山の中で遭遇した謎の女を眺めながら、数日前の朝議のことを思い出していた。

この女が、探していたヴァージニアであることは、ほぼ間違いない。エルウッドはヴァージニアの自宅に色濃く残る魔法の残り香からここまで追ってきた。彼は王族であると同時に強大な魔法力を持つ魔法使いなので、強い魔法使いたちがそうであるように、他人の魔法の気配を感じることができる。

王家の影が通常の方法ではヴァージニアを探せなかった時点で、追跡を他の魔法使いに任せても良かったが、エルウッドは自分が出向くことを選んだ。ヴァージニアが誰と繋がっているか分からず、誰を信用して良いか分からなかったからだ。それに、他人を間に入れると真実が分からなくなる。事情があってエルウッドは彼1人ならばほぼ危険は無い。だから彼は1人でやって来た。

ヴァージニアと話して、とりあえず彼女が人間であることはわかった。魔物だと、もう少し不自然な物言いになる。しかしそのほかは、相変わらず謎だらけだ。見た目はただの純朴な少女のようだ。しかしエルウッドと張り合う魔法力を見せつけてきた。それに、普通の貴族令嬢は婚姻から逃げ出して冬の山奥で野宿したりしない。半裸で冬の川で魚を取ったりもしない。そして今も不審な動きをしている。



「そなた、今は何をしているのだ」

「魚を持って帰りたいんです」

ジニーは最初、国王自らが現れたことに絶句したが、エルウッドが「行こう」と再度声をかけると、地面に転がる魚を拾い、魚の口に穴をあけ、そこに紐を通して数珠つなぎにし始めた。

「本当はハラワタの処理と血抜きまでしたかったけれど、時間がないから」

ジニーは魚を束にした紐の両端を手際良く結んで輪の形にした。ひとつなぎになった魚の束は重そうだ。エルウッドは言った。

「私が持とう」

「本当?でも良いのかしら。国王陛下に」

「女性に重いものを持たせたままでは落ち着かない」

「そうなのね。助かるわ。少しかがんでくださる?」

エルウッドが素直に従うと、持ったものを重そうに掲げて背伸びをしたジニーに首から魚の束を掛けられた。え?なまぐさい。

「どういう……」

「木を登るのに両手が空いた方が良いわ」

「なぜ登る」

「熊が追ってきたら高さが必要なので」

「……説明を」

「魚を目当てに熊が寄ってくるのです」

「……」

眉をひそめて、今一つ腑に落ちていなさそうなエルウッドに、ヴァージニアは一生懸命説明した。

「私、この山の主とちょっと揉めていまして、あ、でも、主って言うのは私が勝手に言っていて、多分あの、冬籠りに失敗した熊なんですが、でも、ただの熊ではなくて魔物なんですが、私が魚をとってしまうものですから、お腹が空いているんですね。魚をとっているとたいがい襲ってきます。だから木に登ってやり過ごした方が無難です」

「……そなたは」

静かな山の中のはずなのに不吉な地響きが聞こえた気がした。


***


それは熊ではなかった。熊は5メートルもの高さにならない。魔物だ。向こう岸に現れた魔物は咆哮と共にものすごい勢いで川を渡ってきた。エルウッドは咄嗟にジニーに向けて展開していた魔法陣を解除して短呪系の風魔法を数発、熊型の魔物の足元に撃ち込む。魔物の動きが止まる。

「危ない!!」

ジニーが渾身の力でエルウッドを体当たりで押し倒す。それまでエルウッドの上半身があった場所に、熊の口から放たれた炎の奔流が通り過ぎていった。

エルウッドは反射的にジニーを守って抱え込む。第二弾の炎はエルウッドの背中を焼き、苦痛とそれに伴う憤怒に心の中の「鍵」が外れてしまう。ひとつ。ふたつ。慌ててエルウッドは抑制を取り戻そうとしたが、外れた鍵を超えて、長年抑制していた魔法力が歓喜の叫びと共に溢れ出す。神々しい金色の光が、辺りに満ち始める。

「え……」

ジニーの呟きが聞こえたエルウッドは舌打ちをした。人が居なければ良かったのに、と考えても仕方ないことを思ってしまう。こんな高濃度の光魔法を浴びせられて、これでこの娘もおしまいだ。

さっさと終わらせてしまおう。エルウッドは呪文を唱える。金色の光は王家の紋章の形を作り、煌々と誇らしげに辺りを照らした。

エルウッドが魔法陣を発動させると幾重にも重なる光の矢が四方から魔物を貫いた。



魔物の熊は倒れたが、エルウッドもその場に崩れ落ちた。元々万全の体調には程遠く、無理やりの形で魔法を引き出され、耐えきれなかった。背中の火傷も燃えるように痛い。意識を失いかける。

「ちょっと!しっかりして!!」

女の叫び声を遠くで聞く。おかしいな、と、薄れゆく意識の中でエルウッドは思った。まだまともに話せているとはどういうわけだ。

で、あれば話は別だ。エルウッドは己の魔法を制御しようともがいた。ひゅうひゅうと耳障りな呼吸音がエルウッドの口から漏れる。数年もの間、抑圧していた魔力は、いったん溢れ出すとその奔流を止めるのは、エルウッドの力を持ってしても至難の技だった。小さな服に無理やり身体を押し込めるようなものだ。ボタンを力ずくで止めようとしても無理なように、心の中で鍵がかからない。一つ目をかけたとしても二つ目をかける前に最初の鍵が弾け飛んでしまう。エルウッドはもう一段強く己に枷をはめようと力を入れた。喉がさらに締め付けられる。頭が破裂しそうだ。目から流れるのは涙ではなく血だった。呼吸ができない。空気が欲しいのに口を開ける力が残っておらず、エルウッドはただ無様に唇を震わせただけだった。


その時、ふっと身体が軽くなった。


(なに)


女の手がエルウッドの背中に当てられている。女の魔力が流れ込んでくる。またたく間に身体の中の全てのものがあるべき場所に収まっていく感覚も驚異だったが、その後に訪れた、暴力的なまでに全てが押し流されていく濁流のような力に、エルウッドは抵抗もできず昏倒した。



殺されるのだろうか。



そんな感想を最後にエルウッドは気絶した。




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