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宇宙用・巨大人型兵器・虐待事件

作者: 原雷火

 人類が西暦という年号を改めてから数世紀。

 地球を離れ、外宇宙にまで進出し、居住可能惑星をテラフォーミングした頃――


 αケンタウルスの片隅に浮かぶ、宇宙コロニーを突如、謎の人型兵器群が襲撃した。


 人類軍はこれに抵抗するも、駐屯していた機甲兵団は全滅。死者一万人を超す大惨事に見舞われた。


 敵は兵器庫を徹底的に破壊。特に、人類軍の主力兵器である十八メートル級TD(タイタンドールは、一体残らず高熱波サーベルに斬り刻まれ、荷電粒子に焼かれ、原形を留めぬスクラップにされた。


 コロニーに居住する民間人およそ一千万人はというと……。


 駐屯軍を壊滅に追い込んだところで、謎の人型兵器たちはイナゴの群れよろしくどこかへと消えたのだ。


 人々は次の襲撃を恐れ、近隣のコロニーや植民惑星の駐留軍に緊張が走った。



 生き残ったTDパイロットのムーアは、αケンタウルス方面軍司令部に出頭した。


 ムーアは元民間人である。ゲーマーだった。卓越した反射神経と状況判断能力。なにより、神がかった「勘」の持ち主で、TDシミュレーターバトルにおいてランクマッチ初参加から無敗。


 本職の熟練エース級と三対一になっても、これに勝利。


 楯を投げたり荷電粒子ライフルを背面撃ちしたり、本来は向いていないとされる蹴りなどの格闘技まで使ってみせたのである。


 若干十五才にして、人類一千億の頂点にまで登り詰めた。ゲームで。


 人類軍の戦闘教本にはない破天荒な戦い方は高く評価され、特別任官した経緯の持ち主であり……。


 襲撃を受けたコロニーのTDパイロット、唯一の生き残りだった。


 白いオフィス。窓に映る緑の景色は合成だ。尋問室というにはのどかなそれを、ムーアはテーブルに頬杖をついてぼんやり見ていた。


 猫っ毛を指でつまんであくびを一つ。


 あの地獄の戦場から帰還できたことが、ムーアは今でも信じられない。


 対面する黒スーツの男は、情報分析官と名乗った。金髪に青い目のオールバックの青年は二十台中盤。


 アカデミーを首席卒業。エリート街道を駆け上がり、失点らしい失点もせず。

 優秀を絵に描いたような男である。


 名前はファビスといった。これまで難題と思ったことなど、人生で一度もなかった彼だが、ついにここまでか……と、観念したところである。


 謎の人型兵器群の目的が皆目見当もつかない。


 唯一の生き残りであるムーア少尉が望みの綱だった。


 ファビスが口を開く。


「良く、無事に生き残ったね」

「どーも」


 素っ気ないムーアだが、ファビスは小さく頷いて返す。医師の診断ではPTSDの発症は認められず、TDのコクピットシートに収まっていない時の少年は無気力がなんとか二足歩行しているような人種だった。


 鈍感さのおかげか、いや、それでも傷ついているに違いない。

 ファビスは手元の端末タブレットで、資料を確認し聞き取りに入った。


「少尉は今回の戦闘で七度に渡り乗機を換えて、最後まで敵に抵抗したそうですね」

「八機目を探したけどさ。全部お釈迦にされてたよ」

「資料によると、TD以外の戦闘車両は残っていたそうだね」

「自動車の免許、持ってないし。使い方もわかんないし」

「ああ、そうなんだ」


 支援兵器としてTD以外の車両も配備されていたが、汎用性に富むTDに主力を奪われてから一世紀近く。


 それらは敵の攻撃を一切受けず、無傷だった。


「なんかオッサン馴れ馴れしいな」

「堅苦しくて高圧的な態度で、相手が喜んでくれるならいくらでもそうするさ」

「気に入ったよ。えっと……」

「ファビスだよ」

「うん……ファビスさん。あんた悪くないよ。高圧的になんて本当はできないんでしょ? ただ、優しいんじゃなくて合理的なだけ」


 ファビスは表情一つ変えず、内心ではドキッとした。

 猫っ毛の少年にすべてを見通されたのだ。

 彼が「本物」だと痛感した。


「わかった。認めるよ。ただ、ムーア少尉……僕は今回の事件について知りたいんだ」

「何を?」

「敵の……アンノウンの目的と正体さ。このままだと、いつまた同じ惨劇が繰り返されるかもしれない」

「で? 俺に?」

「直接刃を交えた君が、相手にもった印象を教えてくれるかな」


 少年は猫背をただすと両手を虚空に踊らせた。

 ファビスにも見えた。彼は今、存在しない元愛機のコクピットにてTD起動のシークエンスに入っている。


「俺のホワイトファングさ。アクチュエータの反応が鈍くて。メカニックにこれ以上、性能を上げるわけにはいかないって。シミュレータならあと1.2倍は加速させられるのに」

「わざわざ性能を落として戦っていたのかい?」


 少年はやれやれ顔で頷いた。


「なんか俺の身体の方がもたなくなるんだってさ。物理的な制約ってマジクソだよな」

「もっと速く動ければ勝てた……と?」

「バカ言うなよファビスさん。連中は化け物だ。俺が速くなってやっとトントンさ」

「つまり?」

「俺より強い連中が駐屯してたTDの三倍の戦力で襲ってきたんだ。ゲームオーバーだよ」


 ムーアは虚空を撫でる手を止めた。

 まずいことになった。とファビス。


 現在、人類軍の主力を成すTDの中でも、ムーア少尉に与えられたのはいわゆるエース機である。量産機の十倍のコストを掛けた破格の性能。純白の装甲に頭部にはツノのようなアンテナ。

 軍部の広告塔的なヒロイックなデザインも相まって、戦場では目立つことこの上ない。


 ムーア少尉はため息。


「白猫ってさぁ臆病なんだってな」

「どうしたんだい急に?」

「白は目立つから敵の的になりやすい。ホワイトファングはあの戦場で、白猫だった」

「今後はエース機の機体色についても、一考の余地があるかもしれないね」

「……良い機体だったけど……あっ、俺が乗り捨てたあとどうなったかわかる? ヤバって思って脱出ポット使っちゃったから。自分の機体がやられた後のことなんて、見てらんなくて」

「そんな余裕はない……か」

「次の機体を探さなきゃってね。昔のゲームじゃないけどコインさえあればコンティニューできるんだ」


 ファビスは頷くと端末で資料画像を検索する。すぐに見つかった。

 

 まだ惨劇の爪痕が残ったままだ。いち早く異変に気づき、コロニーの搬入通路で迎撃に出たムーアの機体は、重力制御を失った空間に漂っていた。


 右腕と右足が引きちぎられている。そして頭部は握りつぶされていた。コクピットブロックのある胸部にももれなく風穴が空いている。


「君にはつらいかもしれない」

「そこまで愛着はないよ。へぇ……こりゃ酷いもんだ。けど、腰部のジェネレーターは無事か」

「アンノウンもコロニー内でTDを爆発させるのには慎重だったのかも」

「なんで?」

「なんで……と、言われても」


 事件後、調査班の報告によると爆発した機体は一つとしてなかったという。

 手足を奪い、頭部を潰し胸を穿つ。これを徹底していた。


 ムーアは頬杖をつき、ため息。


「すべての行動に理由があるとは限らない……ってか」

「いや待って欲しいムーア少尉。撃破されたTDのほぼすべてが、手足の一部を欠損し頭部を破壊された上で、胸を貫かれていたんだ」


 例外は何一つない。

 偶然の一言では片付けられなかった。


「おかしいなファビスさん。そんなのあり得ない」

「どうして? 実際には君がやられたように、他の機体もやられたんだ」


 ムーアは白く細い顎を撫でた。


「だってさ……コックピットのある胸部に穴をあけたらTDは動かなくなるじゃん。ドローンじゃあるまいし」


 TDは有人機だ。ドローンシステムもいたちごっこで、ハックされる危険性から結局人の手に操縦桿が戻ったのだ。


 人型なのも宙間戦闘に適応した結果だ。四肢があり宇宙を遊泳するかのごとく、駆動できるヒューマノイド型は、宇宙空間に最も適した形状だった……と、人類軍の研究機関が結論づけたのである。


 TDが人型なのは宇宙に適応進化した兵器の姿だからだ。


 合理的ではないという意見もあったが、実際、TDの汎用性は高く操作性も良好だった。戦車には戦車乗りの訓練があり、宙間戦闘機乗りには戦闘機乗りの訓練があるのだが、TDなら同じ教本で済んでしまうのである。


 人型の優位性について、そこまであるのか専門外のファビスにはわからない。

 と、話を戻そう。


「つまり何が言いたいんだい少尉?」

「TDの手足をもいで頭を潰す理由がないってことだよ」

「先に相手の頭部を奪って、メインカメラを破壊。手足を奪って動きを封じ、確実に胸部を狙うため……とか?」

「もし連中と同じ機体に俺が乗ってたら、鈍亀の人類軍機なんて、一瞬で懐に飛び込んでサーベルで一突きだよ。わざわざ頭部だのを破壊するのは無駄手間さ」

「だったら……手足を破壊すれば機体の再生がしにくい……とか?」

「ホワイトファングは特注品だけど、量産機の手足なら換えはいくらでも利くんだよね。代替品が見つからないのはジェネレーターとパイロットの方だよ」


 ジェネレーターは破壊されると、爆発の危険性がある。


「君はどうして生き残れたと思う?」


 他のパイロットが機体と運命を共にした。

 彼だけが生き残ったのは偶然ではないはずだ。


「言ったろ? 脱出ポットでやばくなる前に逃げたって。まあ、正直自分でも驚いてるよ。連中なら射出されたポットを撃ち抜くくらいできるだろうに。TD乗りってさ……機体が好きすぎるのか脱出したがらないんだよね。バカみたい」


 敵が強すぎたこともあったが、パイロットの気質も生存者皆無の現状に関係しているのかもしれない。


 それにしても――


 解せないと、ファビスは思う。


「もしコロニーの人間を皆殺しにするなら、壁に穴を開ければ良い。が、アンノウンはそうしなかった。わざわざ中に侵入した。コロニー内での戦闘ではジェネレーターのある腰部を残している。なにより……」

「なにより、なによ?」

「民間人に手を出していない」

「じゃあ何か? アンノウンってのは軍縮を訴える平和を愛するテロリストってか?」


 膨れ上がった人類である。軍部の目が届かぬところで、そういった組織が秘密裏に動いていてもおかしくない。


 襲撃を受けたコロニーには、最強パイロットのムーアと専用機ホワイトファングが配備されていたのだ。


「狙いは君か?」

「買いかぶるなよファビスさん。俺は連中に勝てなかった。一機も落とせなかったんだ。そんな奴を倒してどうする?」

「今からひどいことを言うから心して訊いてほしい。エースの君が倒される姿を世間に公表するんだ。手足をもぎとられ頭部を潰されたホワイトファングの映像とともにね」

「フェイク動画って思われるんじゃない? ただでさえコクピット内の映像はCG合成なんだし」

「事件は事実だ。情報の拡散が光の速さじゃおいつかない規模にまで、人類のネットワークは広がったけど……すぐに伝わるさ」

「で? 動画は出てるの?」

「これから……かもしれないね」


 敵の狙いが人類軍の戦意をくじくためなら、いち早く喧伝しそうなもの。

 だが、ファビスの元に報告は上っていない。


 切り口を変えよう。と、分析官は電子煙草を取り出した。


「いいかな?」

「どうぞ」

「君もやるかい?」

「未成年なんで。つーか、今時古風な趣味だね」


 加熱したニコチンで脳をしぼませて、ファビスは大きく息を吐く。

 頭に巡る鈍い快楽。思考も論理も眠りにつく。


「煙草なんて何がいいのさ?」

「言葉には言い表せないね。君にはないのかい?」

「ゲームに勝てば脳内で天然物のドーパミンやエンドルフィンがドパドパ出るから」

「なるほど。少尉らしい」


 一服終えるまで沈黙。

 と、ファビスが呟いた。


「連中さ。なんだっけ……アンノウン?」

「まだ上の方でも正式な呼称が決まっていないからね。無駄な会議だよ。支援AIにでも決めてもらえばいいのに、人間ってやつは会議が大好きなんだ」

「あのさ……敵の連中なんだけど、ちょっと変なんだ」


 ファビスは電子煙草のスイッチを切ってテーブルに置く。


「変……って?」

「例えばなんだけど、速く動けたとしても相手に動きを読まれていたら、防御される……って、伝わるかな?」

「なんとなく。確か……卓球というスポーツなんてのが顕著だった気がするね。相手が打ちたくなるような球を返して、意図した方向に打たせる」

「そう。それを狙い澄ましてカウンターするみたいな。もちろん、その読みを外させるためのフェイントもある。俺が三対一でも勝てるのって、駆け引きとか読み合いに強いからなんだ」


 無敗のチャンピオンは相手を読み切る。

 故に無敗である。Q.E.D証明終了。


「そんな君でもアンノウンには勝てなかった」

「読みが利かないんだ。あいつら。ぶっちゃけ何考えてるのかわからないっていうか……BOTみたいに動くんだよ」

「BOT? まさか……無人機ってことか?」

「わかんないけどさ。一機でも落としてればわかったのに……ごめんな」

「君が謝ることじゃないよ少尉」

「あのさファビスさん。BOTとは言ったけど、全部が画一的に動くタイプならパターン読み切ればハメ倒せるんだ。けど、意思つーか個性つーか。そういうのは感じた」

「同一のルーチンでは動いていないBOTの集団? 合理的ではないね」

「多様性を持たせることで、全滅しないようにしてるのかもね」


 無人機相手ならジャミングやハックが有効かもしれない。

 もちろん、相手のプロテクトを破る必要は出てくるが。


 あとはアンノウンの「目的」だ。


「アンノウンは何がしたかったんだろうね?」

「虐殺……じゃ、無いんだよな。きっと」

「民間人に犠牲者は出なかった。コロニーも軍施設以外は無事だ。いや施設もTDハンガーだけが徹底的に破壊された」

「あ、確かに車両は無事だったし」

「アンノウン相手に旧式兵器では太刀打ちできなかったろう。君が免許を取得していなくてよかったよ」


 ムーアは苦笑いだ。

「でさファビスさん。コロニーは無事……なんだっけ」

「幸いにも。彼らの戦力なら、外から穴を開けて侵入もできただろうに

「穴ならあるよ」

「なんだって!?

「戦闘中、荷電粒子ライフルで穴が空いてるけどね。ま、これはどっちがやったかはわからないけど。一応、人類軍人ならライフルの出力を落とす決まりがあるから、たぶんあっちの仕業っぽいけど」


 ファビスは資料を見返した。流れ弾の痕跡が複数見つかる。となると、アンノウンが必ずしもコロニーを無傷にしようというのではない……と、なる。


 結局、何が目的だ? アンノウン側からは犯行声明も予告も通告も宣戦布告もない。


 と、ムーアが脳内に電流でも走ったような顔をした。


「もしかして、宇宙人なんじゃない?」

「宇宙人だって?」

「そうそう。地球圏外知的生命体ってやつ」

「まだ見つかっていないんだが、今回の事件がファーストコンタクトだとしたら人類存亡の危機かもしれないね」

「俺は冗談で言ってるんじゃないよファビスさん」


 そして――


 ムーアはひらめきを言葉に紡いでいった。



 数日後、αケンタウルスの別のコロニーにて――


 ムーアがアンノウンの襲撃に居合わせたのは偶然である。


 ただ、少年の直感と直観が連中の次の「対戦ステージ」を、このコロニーだと察知したとも言えた。


 アンノウンの集団に対して、人類軍が用意した迎撃策は……戦車だった。


 どういうわけか人型のTDにしか興味を示さないアンノウンたちは、戦車の一斉砲撃に晒されるやパニックに陥ったのである。


 彼らは避けることさえできず、次々と破壊……いや死亡していった。


 戦車だけでなく、ミサイル装甲車やら宙間戦闘機やら。アンノウンはそれらを敵と認識できないらしい。


 アンノウンにとっての敵は、自分と同じくらいの体躯――およそ十八メートル級の人型のみに絞られたのだ。


 人間で言えば、町を歩いていたら亀の群れから銃撃されたり、カラスが爆弾を投下してきたり、蜂の群れが襲ってきたり。


 ホラー映画のような展開である。しかも、誰がそれを操っているのかアンノウンにはわからない。


 人間が細菌を視認できないように、アンノウンには人間が見えていなかった。


 彼らにとってはTDこそが人間なのだ。


 手足をもいで頭を潰し胸に穴を開けるのは、彼らが敵を蹂躙する楽しさのために襲撃していたからである。


 煙草やゲームと同じなのだ。


 こうして――


 廃墟にやってきてホームレス狩りをしようとした半グレよろしく、襲撃にやってきたアンノウンたちは、誰もいないのに襲ってくる怪奇現象を前になすすべ無く、一人、また一人と倒れていった。


 結果――


 人類軍の主力兵器が人型のそれから、旧来の合理的なものに戻ることになるのだが、それはまた別の話。

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― 新着の感想 ―
[一言] 巨人w 楽しいひと時ありがとうございます。
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