第九話
「武器、良し! 防具、良し! 道具、良し! 食糧、良し! 忘れ物、無し! じゃ、行こっかな!」
先日よりも幾分がっしりした体格の亜竜馬の背に諸々の荷物を載せて忘れ物チェック。
漏れがないことを確認。
私は亜竜馬の鞍に跨り意気揚々と出発した。
ふーん。
この亜竜馬、体格がいいだけじゃなくてなかなかしっかりした奴かもしれない。
私自身は全く全然これっぽっちも重たくないけど、後ろの荷物はかなり重たいはず。
迷宮探索系の道具に剣がなんだかんだで七本。それに加えて食糧が山盛り。水は大事なので特に多めに持ってきてる。
それなのにバランスを崩すこともなければ、この前の亜竜馬よりも早く走っている気がする。
おまけに揺れも少ない。街道は整備されているがそれでも所々に窪みはある。
大きめの窪みは華麗に避け、少々のものは自身で吸収しているみたい。
借りる時、厩舎のおっちゃんが『こいつは体力はあるが言う事を聞かない頑固者』とか言ってたけど、なかなかどうして素直ないい子じゃないの。ヨシヨシ。
この子のおかげであっという間、しかも快適にビアキの町まで戻って来れた。
今度から亜竜馬に乗る時はこの子を指名するとしよう。
ビアキの町で亜竜馬に小休止を与えている間に北山黒亭へ顔を出した。
冒険者が荷物置きのために宿を借り、数日戻ってこないことはよくある事。
私のことも別段気にされていなかった。
と言うか、アーシェの事を知らないかと聞かれたけど知んない。なんでも宿代が部屋に置かれたまま、挨拶もなく旅立ったらしい。
逃げたな、アーシェ。
それはさておき、思っていたより調査が順調そうなので宿の更新はしない事を伝えて、冒険者ギルドへ向かう。
食事処で飲み物を頼む。
情報収集に気を配っていた前回と違って今回は単なる休憩。
せっかくなのでここのギルドの様子を観察する。
ふむふむ、装備や立ち振る舞いを見る限りここの冒険者は一つ星もしくは二つ星が多いみたいね。
王都にほど近いファーネフィに比べると同じ星数の冒険者でも質が違う感じ。
指導者がいないからかな? ビアキの冒険者は本当の意味で初心者や一人前になったばかりって感じで初々しいに溢れている。
んーだからかなあ、この町では最近肉類の入荷率が落ちているってのは。
北山黒亭の女将さんも最近は昔に比べて肉類を食事に出す回数を減らしているって言ってた。
値上げしたいけど、しすぎるとお客が利用しなくなるから困っているみたい。
私がこの間食べれたのは運がよかったってことね。
掲示板を見れば、魔物の討伐依頼があちこちにある。でも一つ星や二つ星だとどれも微妙にキツイヤツばかり。
それなら私が依頼を受けて町周辺の魔物を狩り、肉類を卸してもいいんだけどこういうのは一過性じゃあね?
何より今依頼受けてるしなぁ。冒険者ギルド的に違反ではないけど推奨されない行為だから正直、いい顔されないのよね。二兎を追う者は一兎も得ずっていうし。
とりあえず迷宮調査を片付けからにしよう。
どうしても肉が食べたかったら私の場合、ファーネフィで食べればいいし。
さて、そろそろ迷宮調査の再開、といきますかね!
私は大きく伸びをして亜竜馬のところへと歩いて行くのだった。
「……疲れたー。控えめに言って疲れたぁよぅ」
私は今、迷宮内の崖の向こう側の扉前で背嚢を床に置いて大の字で寝転がっている。
ビアキからプトン山への移動、やはり亜竜馬は速かった。亜竜馬無しで荷物を背負って歩いていくなんて考えたくないくらい速かった。
そして麓に到着。
改めて荷物を背負う。
剣は左右の腰に一本ずつ、背嚢の片側に二本ずつで四本、背嚢の表側一番離れている場所に聖骸布を巻いた例の剣を括り付けて合計七本を持って行く出立だ。
これがキツイのなんのって。
これまでもうちょっと少ない荷物と剣五本までなら経験はあった。だから荷物は過去最大だけど、剣を二本増やすくらいならいけるかなと思って準備したけど、まさか一人でこの荷物を背負って登る山道がこんなにキツイとは……。
前回の倍くらいの時間をかけてなんとか迷宮まで辿り着けたけど、今後荷物はもうちょっと考えないとダメだ。この荷物量はあかん。
しかも岩場では背嚢の厚みがありすぎて例の岩の隙間を通らないから一旦荷物をバラして数回に分けて運んだ。
迷宮内のあの長い階段で体力を思いっきり削られて足がパンパンになって途中休憩を余儀なくされた。
黒橋では四つん這いでランタン片手に進んでいたところ、微かに見える足場に安心して油断していたら、ふとしたことでバランスを崩し崖下へ落ちそうになったり、背嚢に括り付けていた剣がこれまた崖下に落下しそうになったりと散々だった。
「はぁはぁ、一回通って、知っているはずの道なのに、はぁはぁ、二回目の方が、疲れるなんて、装備を整えすぎた、かも」
ふぅ、そろそろ休憩終わり。
不測の事態を考えれば、荷物が多すぎるなんてことはない。
こんな時にあれがあれば……、とかあれを持ってきていれば……、とかそんな事で生死を分かつのが冒険者。
生き残るための労力を惜しんじゃダメだ。
むくりと起き上がり、改めて扉の方へと向き直る。
「さーてこれから先、ドラゴンが出るか魔族が出るか。まったく楽しみね」
深呼吸を行い、石造りで両開きの扉を押し開ける。
石造りなのでそれなりの重さがあったんだけど少し開くとあとは力を入れなくても勝手に開き始めた。
「ひえっ、これって魔族とかドラゴンとかもしかしてもしかする?」
勝手に開く石の扉なんて御伽噺の中でしか聞いたことがないよ。
徐々に開いてゆく扉の隙間から向こうに広がってゆくのはなんとなく見たことのある光景。
それは先ほど踏破して来た崖にそっくりな空間が広がっていた。
違うのは足元に見える、やけに急勾配なスロープ。そしてどこからともなく聞こえてくる粘着質な水音。
「なんか私、とっーーても嫌な予感がするですけど」
その時、石造りで両開きの扉の動きが鈍くなり、開ききったのだろうか。全開と思わしき位置で停止した直後——
「あ」
私の足元の床が消失。
違うね、これは多分両開きの形で底が抜けたのだろう。
そして空を飛べない可哀想な私はそのまま当然の如く落下。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁああ!!」
ひぃぃぃぃぃ! 何これナニコレなにこれぇぇぇ!?
急勾配な滑り台にヌルヌルする液体が流れてるぅぅぅぅ!! どこを触ってもヌルヌルして踏ん張りが効かないよぉ!
あぁダメ、す、すごい速さで下っていぃぃぃ、右に振られひ、左に振られてぇぇぇぇぇぐぇ、くるっとループとか止め——ひゃぁぁぁ空中に放り出さないでぇぇぇぇぇ……って、ちょ、あ、あ、着地してからまた加速するように急勾配ぃぃぃぃぃぃぃぃ!
からの、V字ジャンプ台ほぉぉぉぉぉ!?
浮遊していたのは一秒にも満たない時間だっただろう。しかし実際浮遊した私にはそれが長い時間に感じられた。
そして程なく落下したのち、着水。
いや、粘性のある液体の中に落ちたっぽいから着粘かな? 正直、どっちでもいいや。
「ぺッぺッ、何よこれ!? 口の中に入ったけど、大丈夫な物なの? こんなので死ぬとか最悪なんですけど!」
ファーネフィの屋敷の例の地下室の倉庫くらいありそうな広さのプール。
結構な高さから落ちて来たのに痛みも無い。
少し手足を動かすだけで浮く不思議な水?に浮かんでいる。
プールの向こうは相変わらず底が見えない暗闇が広がる。
「ふぃー。とりあえず周囲に気配は無い。この液体も害は無さそう」
気持ちを落ち着けて周りを見渡せば、正面に扉。その前には待望のヌルヌルに浸かってない地面。
とにかくこのヌルヌルから脱出したい! その一心で必死に泳いだ。
「うへぁ〜、全身ヌルっヌル……気持ち悪ぅ。あ、そういえば背嚢も背負ったままだ。とりあえず降ろしてっ、と」
一旦、装備の点検を行う。
あれだけの激しい出来事があったのだ。剣の一本や二本どこかで落として無くしていても不思議ではない。
「……うん、全部ある。コレはコレでいい事なんだけど、背嚢の方がねぇ……中にまでヌルヌルが入って来てて上の方に入れてた着替え一式が全滅ってのがかなり堪える……」
どーしよ。
水で洗いたいけど、飲料用の分しか持って来れてない。
しかもあんな落とし方をされたら、戻りたくても戻れないから水、食料共に補充も効かない。
生きて帰るにはこの迷宮を攻略するしかないんだけど、下げたり上げたり落としたりする嫌らしい迷宮が果たしてあとどれくらいあるのか。
正直、考えたくない。
けど考えないと生き残れない。
目の前にある次の扉を開くためにまずは出来る限りこのヌルヌルを取り除こう。
「うぅ……結構ヌルヌルは取れたけど、衣服に染み込んだのはなかなか取れない。触るとヌメるから気持ち悪い」
外套、衣服を脱いで今は下着姿。
真っ裸でもいいんだろうけど、そこは私も女子だ。乙女心様が許してくれない。
こんな下着姿にブーツなんて格好でウロウロするなんて初めてだけど、さすがにこんなところには誰もいないでしょ。
全裸よりマシとは言え、さすがにこの格好のままで迷宮探索をするのはちょっとね。
女子として人として最後の一線は死守したい。
ビキニアーマー? そんなのは知らん。
しかしどれもヌルヌルするだけでなく、水分を吸って重たくなっているので身に付けていたら動きが鈍る。
本当はブーツも脱いで素足でいたい。
けど迷宮では何があるか分からないのでブーツの中がぐちゃぐちゃでキモ歩きに悪いのを我慢して履いている。
身支度を整え、次なる扉に向かい合う。
「はぁ、この扉の向こうには何が待っているのやら。出来ればもう開けたくないんだけど、そうもいかないよのねぇ」
扉に力を入れて開かせるとまたしても勝手に開き始める。
今度は落とされないように警戒。扉から出来る限り離れて様子を伺う。
「…………開ききった、わね。何も起きない?」
扉のこちら側も扉の向こう側も何も起きない。
床を叩いたり、軽く体重をかけてみても変化無し。
時間差で何か起こるかもとしばらく待っても何も無し。
「向こう側は短い通路か。部屋と部屋の繋ぎってこと? ならいいけど、最初だけの迷惑ギミックだったのかもしれないわね。とりあえずこうしていても時間がもったいないか。さてさて、次の部屋はどうなってる?」
私は通路を通り次の扉を先ほど同様、警戒しながら開けて部屋の中を覗き込む。
「ん、眩し! ……え? 何にもない?」
部屋の中には何も無かった。
いや正確にいえば、砂地、壁、天井、扉しかない。
地面は見渡す限り全て砂地。
木もなければ、魔物もいない。
少し離れた先に壁があり、部屋を取り囲んでいる。
そしてこの入り口の真反対に扉が見えているだけの部屋。
地下だというのに明るいのは足元の砂が光っているからだろうか?
「魔力灯も無しで明るい迷宮って聞いたことはあったけど、こうして実際お目にかかるのは私初めてなのよね」
とりあえず入り口で様子を伺っても何も起こらないので一歩、砂地に踏み込むが普通の砂で特別違和感は無い。
一つ言えるのはヌルヌルに砂が張り付いて転んだりしたらとんでもなく不快なことになりそうなこと。
一応、変なものがないか剣で砂地の中を探りながらゆっくりと進む。
また油断して砂の中に埋められていたスイッチでも踏んで仕掛けが発動しても困る。
これまでの人を食ったような色んな仕掛けを思えば、必ずこの部屋にも何かあるはず!
そう思い慎重に砂の中を確認しながら進み、やっと中央付近まで来たな、と何気なく振り返った先の光景に私は目を疑った。
「ちょ、嘘でしょ……?」