第八話
地下倉庫。
木の床を押し上げたり、本棚をずらすとその裏に隠し通路があったりする——わけではなく、部屋の一角にある扉を開くと地下へと繋がる石造りの階段が鎮座している。
「ふふっ」
白薔薇盗賊団ではそういうものは大抵人目につかないように隠していたものだ。
仕事の次の日、狂乱の宴会後に運び役としてお宝を持たされて仕掛け部屋へついて行くのが定番だったな。
ブロンに助けられた直後の幼い頃の私はこの扉からお宝部屋に見えた倉庫へ続くこの階段を目にする度に何で何の仕掛けも無いのかと毎回尋ねていたなぁ。
困り顔のブロンはいつもこう答える。
『頻繁に出入りするし、やましい物があるわけじゃねぇ。第一、毎回そんな仕掛けの入り切りするのはめんどくせぇだろ?』
めんどくさがりのブロンらしかったな、と自然と笑みが溢れた。
「さて、準備しますか」
階段を降りると執務室が六つは入りそうな空間が広がる。
今でこそ縦横に棚が並んで、様々な物がきれいに整理整頓されているが、最初に入ったときは酷かった。本当に酷かった。それはもう酷かった。
「ホント、私一人だったら未だに終わってなかっただろうなぁ」
豪華な箱に入った高級そうな瓶に入った薬とかゴロゴロあったなぁ。
手伝ってくれた冒険者ギルドの職員さん達には本当に感謝してます。あ、ドルグセン。あんたは数に入ってないからな? 勘違いするなよ? お?
あ、でも一個だけみんな知らない得体の知れない何かの薬瓶があったっけ。あれは何だったのかな?
ま、いいか。
壁にかけてあった大きめの背嚢を手に取り、必要そうな物をどんどん背嚢に詰めていく。
「長いロープ、ランタン、携帯食料、各種解毒剤に——」
基本的には前回調査に行った時の装備。
この背嚢、詳しい事はわからないけど魔法で空間的な処理が施してあって見た目の三倍くらいの容量があるのだそうだ。
これまたブロン愛用の一品で好奇心から値段を聞いたこともあるがいつも笑ってはぐらかされていた。いったいおいくら万枚するのだろう?
かなりお高いのは間違いないけど……ま、いか。私が払うわけじゃないし。使え使えー。
迷宮の調査、場合よっては攻略する必要もあるだろう。
その際に必要そうな物資はこれでだいたい詰め終わっ……っと、そうそうこの万が一の時の状態異常回復セットを忘れてた。
使った事はあんまり無かったけどブロンがお守り代わりに絶対持って行けっていつも言ってたよね。
よし、こんなもんかな。
背嚢の残りの空間はこの後市場で買う予定の食糧ね。
空腹が原因で足を滑らせたり、やられるなんて論外。食を疎かにする奴は冒険者失格。
食料は多い方がいいに決まってる。
あとは持っていく武具をどうするか、だけど。
この大部屋のとある場所。
今いる場所とは明らかに違う異質な空気を纏っている場所。
ギルド職員さんが整理整頓している時も一番注意しながら片付けていた場所。
すなわち武具コーナー。
壁には上から下まで武器、武器、武器。
棚や床には兜や鎧、小手、ブーツなどの防具が所狭しと並ぶ。
ファーネフィの武器屋や防具屋を覗いたことがあるけど、ここは専門店以上に専門店してる。
しかもどれを見ても一流。中には趣味で集めたようなキワモノ装備もあるけど、ほとんど一目で高価だとわかるようなものばかりが置かれている。
もし冒険者ギルドにたむろしている連中がここを訪れたらあまりの内容に目の色を変えて飛びつくだろうこと請け合い。
「う〜ん、どういう装備で行こう? 迷宮のあの先からどうなっているか、わからないからとりあえず武器は『いつもの』が無難かな?」
『いつもの』というのはブロンが生きていた頃からの定番魔剣の二セット。
・妖精の翅斬り
私愛用のミスリル製のミドルソード。常時発動型のスキル。使用中は使用者の身体が少し軽くなり、存在感も薄くなる。スキル名は【蚊蜻蛉は落ちろ】
・炎剣
いわゆるバスターソード。抜き放つと刀身から炎が巻き起こる。スキルは炎は本人が移動してもその場所からしばらく炎を吐き続ける。スキル名 【咲き誇る紅き大輪】
・氷剣
細身の剣。抜き放つと刀身から冷気が迸る。スキルは斬りつけた相手に含まれる液体を凍らせる。また体温を強制的に下げて相手の動きを鈍らせることも出来る。スキル名 【氷結の爆弾】
・風剣
護剣付きのレイピア。スキルは刀身から風の刃を飛ばすことが出来る。スキル名 【刃となりて喰い破る】
・土剣
幅広のショートソード。スキルは魔力を込めて剣を突き立てると壁を作ったり穴を掘ることができる。スキル名 【土の形は自由自在】
と
・妖精の翅斬り
私愛用のミスリル製のミドルソード。同上。
・巨人のアレ
アレ。殴りつけた相手の体力が何故か自分の物になる剣、というか棒。スキル名 【お前のものは俺の物、俺の物は俺の物】
・糞怒の病
累代に渡って病原菌の元を塗りたくられたボロボロの剣。相手が負っている傷病を進行させる付与がある。スキル名 【永年万病】
・我、天啓を得たり
スキル 対象の自分を見る姿が対象にとって理想の相手の姿に見せる幻影の剣。スキル名 【狂おしいが愛おしい】
・暗中の罠
斬りつけた交差した点を落とし穴に変える効果がある剣。スキル名 【交叉点は穴に落ちろ】
どっちのセットにしよう?
『いつどこで何時どのような状況になるかわからねぇ、なら得物は多い方がいい』ってのがブロン持論だったからいつもどっちかのセットを持たされていたのよねぇ。
……ま、実際全部使うような事はほぼほぼ無かったけど。
めんどくさがりな癖に心配性の人は困るね。毎度毎度持って行っていたのは私なんだからさぁ。
でも今回はそれが初めて役立つかもしれない、そんな気がしていた。
両セット持って行ければ一番いいのだろうけど流石に十本は無理。
七本が限界。それでもきついけど。
…
……
………
よし、決めた。
何にでも対応出来そうな最初の方にしよう。一番持っていった回数も多いから慣れているし。
あとはブロンの大剣 抉り魔斬月だっけ?
あれと残る一枠を……。
私はチラリと何もない壁の方を見る。
『その部分』はギルド職員さん達に指示したわけでもないのに何故か『その部分』だけ空白になっている。
みんな嫌な気配を感じたのだろうことは想像にかたくない。
私が白薔薇盗賊団時代に使っていた、あの剣。
引き取られた際、ブロンは『あの剣は危険だから処分した』と言っていた。
けど私は知っている。
この壁の向こうに埋封されていることを。
「わかるんだよねー、手を近づけるとこのビリビリ来る嫌な感覚で……」
良くも悪くもお世話になっていた剣だしね。
何で埋封してあるのかはわからないけど。
壁にかけてあったサイレントウォーハンマーを手に取る。
暗殺用で打撃音が出ない戦鎚ってどこで使うのよ、って思っていたけど今みたいな家屋の解体用には良いかもしんない。
「せーのっ!」
壁を叩き壊したのに全く音がしないって不思議。
そんな事を思いながらガンガン壁を壊す。
すると崩れた瓦礫の中から一本の黒い瘴気を放つ剣が現れた。
「思っていたより黒くて短い。んーこんな長さだっけ? ……あぁ、私が成長したのか」
鞘もなく、握りも無く抜身で剥き出しのこの剣は私自身にも害を及ぼすとても危険な剣であるのは改めて見ても感じる。間違いない。
見える範囲に置かれていたら、私はきっと使い慣れたこの剣が良いとブロンにだだをこねていただろう。
だからなのかもしれない、ブロンはこの剣を処分したと嘘をついたのだ。
放たれている瘴気が五年前より熟成されているように思える。柄を持たなくてもこうして近くにいるだけで右手に痺れる感覚がある程だ。
この剣を使い続けたら間違いなく使用者は壊れるだろう。
だが今はこの剣を持っていかないといけない、そんな気がした。
「乙女の勘、ってだけなんだけどねー」
瓦礫の中から真っ黒い剣を指で摘むように拾い上げる。
すでに指先がジンジンと痺れ始めた。
「さて、見つけたはいいけど、これどうやって持ち運ぼう? ……あ、そういえば」
この部屋の整理中に見つけたあれなら大丈夫かも……あったあった聖骸布。
こいつは聖人とか偉人を埋葬する際に使われる布。
教会で長い年月をかけて清められたこの布なら瘴気を抑えられるかもしれない。
試してみたところ、これが大正解。
布越しなら持っても瘴気は感じられず、持ち手も痺れなかった。
なのでいろいろと巻き巻きしておいた。
いよっし、武器はこれでいいかな。
お次は防具なんだけど、困ったことにここにあるほとんどの防具はブロンのような大柄の男性サイズで作られている。
なので私のようなか弱く儚く華奢で可憐な乙女が装着できそうなものは限られてしまう。
兜、鎧、小手、具足みんなダメ。
サイズが合わない。微調整の範囲を超えている、ガバガバのガバ。
アクセサリー系はそういうの嫌いな人だったからそもそも無いし、使えそうなのはマント系くらいかー。
「ならやっぱりこの外套かな。フードも付いてるし、性能も地味に便利」
ドミナントマンモスの外套
耐火耐冷で装着者の体温を快適に保つ
ハンガーにかけてあったそれを試しに羽織ってみる。
「はぁ〜、ブロンもよく愛用していた理由がわかるわぁ。これ、見た目から暑苦しいかと思っていたけど全然快適だぁ。ずっと着ていたくなる快適さよぉ」
ん? あれ? この外套を見ていると何か引っかかるんだけど、何だろう?
んーー、思いつかない。なんかこう、重要ではないけど何となく引っかかる。何が出てきそうな……あーわからん!
出てこないって事は大したことではないのかも。
忘れよう、忘れた。
「あ。……この外套、丈が長すぎ。私でも着れるけど丈はリズ姉さんに調整してもらわなきゃ引きずって歩く事になっちゃうな」
今日晩、リズ姉さんに裾直ししてもらったら、またビアキに移動しよっと。
北山黒亭の前払い分残ってるし。
荷物がちょっと多いからガタイのいい亜竜馬でも予約しに店を梯子するか。
その後は食糧の買い出しに行こっと。
そんなことを考えながら私は今用意した荷物を執務室に運ぶために数回階段を往復するのだった。