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第七話

 空は快晴、吸い込まれるような雲一つない青空がどこまでも広がり、風が木々の間を爽やかに吹き抜ける。


 柔らかくふかふかなベッドの上で無意識に寝返りを打つ。

 するとカーテン隙間から差し込まれた朝の日差しがちょうど顔に当たり目が覚めた。


「んん……あ、そか」


 眠気を感じながら薄目を開けると慣れない寝具に家具。

 すぐにそれがどういうことかを思い出す。

 この部屋はブロンが使っていた執務室に隣接している寝室。私が引き継いだ時に寝具と家具の一部を新調したのだ。まだ日が浅いのでこのように戸惑う事が多かった。



 ここは領都ファーネフィ。

 エリストール王国ではそこそこ知名度がある都市だ。

 ここにはエリストール王家の墓があり、観光用に一部開放されているので観光客も多い。

 また王家の墓の周囲はそれを管理する貴族や平民の墓が密集してたりもする。

 更に近隣には難度が平均的なダンジョン型と難度低めの草原型の迷宮があり、それを目的とした様々な職種の種族が集まり、日々賑わっている。


 難度が低い迷宮と言っても何も知らない新人が軽い気持ちで行くと半数以上が負傷したり、何の成果もあげられずに帰ってくる事がしばしばある。

 昔の冒険者ギルドはそのような新人に対して何のフォローもしてこなかったらしい。

 結果、自信を失った新人は新人のままを冒険をする事なく冒険者を辞めてしまう、といった事態が相次いだ。


 そんな事態を重く見たファーネフィの領主は冒険者ギルドにテコ入れを敢行。

 ファーネフィの冒険者ギルドで新たに冒険者となる新人に対して教育に力を入れるよう要請と支援を行った。


 そのおかげもあってか、エリストール王国で冒険者を目指す、となれば半数程度はここファーネフィを訪れて迷宮というものが何か、どうすれば生還出来るのかを学んでからもう一つの難度の高い迷宮に行ったり、新たな迷宮を求めて全国へと巣立って行くようになったらしい。


 昔は王都で結構有名な冒険者だったらしいブロンだけど、引退を決意してからこのファーネフィにフラッと立ち寄り、その場の勢いでこの屋敷を購入したって言ってた。

 王都で貴族に関わるのが疲れた、とか後継者を探していた、とか屋敷にやって来る人の噂話はよく聞いたけど本人から詳しい話は訊けず終いだった。


「んむぅ、喉渇いた」


 私は寝起き姿の髪ボサボサのまま、寝室を出て台所へと向かう。

 台所ではリズ姉さんがバタバタと朝食の準備に追われていた。

 冒険者ギルドの女子職員寮にするにあたって寮費を取らない代わりに屋敷の掃除などの家事を交代制にして請け負ってもらっているのだ。

 どうやら今日の料理当番はリズ姉さんのようだ。


「あ、エル。おはよう。昨日の夜にビアキから戻ったんだって? もっとビアキに滞在するんだと思ってたよ。とりあえず朝ごはん食べる?」

「ん、おはよ。とりあえず喉渇いた。ごはんは食べる」


 リズ姉さんから手渡された程々に冷えた水をゆっくりと飲み干す。

 身体の内側から目が覚めていく感じがしたところで私のお腹がぐぅ、と鳴った。


 昨日、装備を整えることを決意した後、迷宮を出てプトン山から下山。麓から歩いてビアキへ戻り、宿で休んでも良かったけどちょっと無理して亜竜馬でファーネフィへ戻ると真夜中だった。


「ふふ、エル。食堂で待ってて。すぐに朝食を持って行ってあげるから」

「ありがと、リズ姉さん」


 隣の食堂では数人のギルド職員さんが朝食を取っているので軽く挨拶をして開いている席に座る。

 すぐにでもギルドへ出勤出来そうな人、私と同じ寝巻き姿で船を漕ぎながら食べている人、黙々と食べながらおかわりに席を立つ人、書類片手に朝食を食べながら読み進めるドルグセン。

 …………ドルグセン?


「え? は? ここで何してるんです、ドルグセン!?」

「ん? あぁ、エルセティか。おはよう」

「おはようございます……じゃなくてっ! ここ、女子寮! あなた、男性!」


 わずかに残っていた眠気も飛んでいき、完全に目が覚めた。

 なぜ冒険者ギルド職員用の女子寮にドルグセンが居てもみんな気に留めないの?

 明らかに男性が何食わぬ顔で朝食取っているんですけど。


「朝から騒がしい奴だな。ここにいるということは例の依頼はひと段落したのか?」

「ひと段落、というよりも区切りが良さそうな場所に辿り着けたの。だから装備を整えて次は本格的に行くわ」

「それは重畳。頑張ってくくれたまえ、期待しているよ」

「はいはい、期待に応えられるよう頑張りますよーだ……じゃなくてっ! 話をすり替えないの。なんであなたが女子寮でのんきに朝食食べてんのって話!」


 私が屋敷を寮として正式に貸し出す際に『女子寮なら』と条件付をして冒険者ギルドと契約したのだ。

 なのになぜ元締めたるお前がここにいる、ドルグセンよ?


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか……いや待てドルグセンならそんなこと承知でやってるに違いない。

 それを肯定するかのように『そんなことくらいで邪魔をするな』と言わんばかりな鬱陶しげな態度で書類から目を離す。


「そんなことは百も承知だ。ここで朝食を取ると色々都合が良いのだ、わかれ。エルセティこそ契約書はよく見たのか? おや? おぉ、ちょうどここに契約書の控えがある。さあ、よく見てみるがいい」


 さも偶然、内側のポケットに契約書の控えがあったかのように取り出したドルグセンはそれを私に手渡してくる。


 私はそれを無言で引ったくると内容を確認する。

 契約は第三者を交えて、双方契約内容をしっかり確認した上で署名したのだ。

 女子寮であることに間違いは、間違いは……ない……はず……なの、に……。


「なによこれ! 『居合わせた女子職員の了解があれば食堂においてはその限りに有らず』って補足事項のように※で一番右下に飛んで小さく記載されていたってわかんないわよ!」

「だが、それが事実だ。エルセティの部屋にある控えにも同様の内容が記載されているぞ」


 くぅ、なんてずるい奴。

 それでか、私が葬儀関連でバタバタしている時、やけにこの契約を急がせたのは。なーにが『屋敷の維持管理はこれで片がつく。厄介な事はギルドで引き受けよう』よ!

 まあ、確かに広いこの屋敷を一人でどうするかも懸念事項の一つで悩んでいたけども。


「いや待って。『居合わせた女子職員の了解』これよ! いくら職場の上司とは言え、寮にまで来られるのはさすがに迷惑なはず! さぁ、皆さん私と一緒にでドルグセンを追い出そ……ってあれぇ?」


 女子職員の方々は皆、頬を紅く染めて俯いている。


「皆さん、嫌じゃないの? 追い出せるんだよ!?」

「ふ、残念だったな、エルセティ。彼女らの了解はもう全員分取ってある」


 勝ち誇った憎らしい顔で椅子に座ったまま私を見上げるドルグセン。

 ダメだ、ダメだみんな! このままでは奴の思い通りになってしまう、立ち上がるんだ!


「そ、そんなに嫌、じゃないわ」

「ギルマスがいてくれた方が安全だし、ぜんぜんおけ丸」

「あのキリッとした御顔で見つめられるとわたくしドキドキしちゃいますの」


 え? なに、これ?

 改めて食堂にいた女子職員に意見を聞いたら、頬を紅く染めた上にこんな回答。

 え? もしかしてこれ、全員攻略済みなの?


「はーい、エルお待たせー」


 そんな時、台所から朝食を乗せたお盆を持ったエプロン姿のリズ姉さんがのほほんとしながらやって来た。


 リズ姉さん!?

 そうか、私にはまだギルド職員であるリズ姉さんがいた。

 リズ姉さんならきっと私と同じ気持ちでドルグセンがここにいることを否定してくれるに違いない!

 さあ、リズ姉さん見るんだ。この食堂で太々しく朝食を取っているドルグセンという不埒者を!!


 リズ姉さんが分かり易いように私はドルグセンの後ろに行き、大きく手で指し示した。


「リズ——」

「あらあら、エルはギルマスの隣がいいの? しょうがないわね。よいしょ。さ、召し上がれ」


 リズ姉さんが強引に私をドルグセンの隣に座らせた。

 するとテーブルの上に置かれた朝食から鼻腔をくすぐるとてもいい匂いが立ち昇り、その匂いを嗅いだ私のお腹がまたしてもぐぅ、と鳴る。


「くっ、くくく。どうした? 腹が減っているのだろう? 食べないのか? ほれほれ」


 笑いを堪えながらドルグセンが嫌味ったらしく私の前の空いている場所に料理を寄せてくる。


「う〜……」


 目の前にこんな美味しそうな朝食を並べられては休戦するしかない。そう、一時休戦なのだ。

 隣のドルグセンは無視する。

 リズ姉さんにはまた後で話すと自分の中で折り合いをつけて、私はリズ姉さんお手製の朝食を堪能した。




 朝食後、台所へ食器を片付けにいった際、リズ姉さんにドルグセンがいた事について尋ねると『一人でも多い方が賑やかで楽しいでしょ?』だそうだ。

 リズ姉さんにそんな笑顔で言われたら私はもうそれ以上言えないよ、はぁ。


 私はドルグセンが食堂を利用するだけ、他の職員が納得しているなら、と諦めた。

 くれぐれも個人の部屋には立ち入らないように、と厳重注意だけはしっかりと行っておいた。


 その後、気持ちを切り替えて自室へ戻ると、地下倉庫へ繋がる扉の前で気炎を吐く。


「さて、気合い入れますかね!」


 これまで経験した事のない常識から外れた迷宮。

 あの扉の先ではどんなことが起こるのだろう。きっと冒険者を困らせるような無理難題が待っているに違いない、違いないのだが……だからこそ面白い!

 ブロンが亡くなってからの完全ソロデビューに相応しい依頼だと改めて思う。

 今出来る最強装備を整える為、私は地下への階段を一歩また一歩と降りていくのだった。

 

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