第六話
朝、朝食の時間になり一階の食堂へと降りると用意されていた食事はやけに豪華だった。
昨日、受付する時に聞いたけどこんな豪華な内容だったっけ?
確か朝食ってパンと目玉焼きと牛乳だけじゃなかった?
案内されたテーブルにはフルコースとも言えるようなのが用意がされてるんですけど。
女将さんに『聞いていたのと朝食の内容が違うけど?』と問いただすとハァハァしながらうっとりした目で『昨日のお礼よ』と持っていたお盆の影で荒ぶるほどに荒ぶるグッドサイン。
「……お礼?」
なに?
昨日っていうとお風呂でアーシェを助けたこと?
宿で病人が出なくて良かった、ってこと?
他に私なんかしたっけ?
「アーシェたん、アーシェたん、アーシェた〜ーん! うふ、うふふふふ……」
「あ……はい」
アーシェの名前を呟きながら、くねくねと身悶えして二階の部屋を見上げる女将さん。
爛々と輝く瞳、アレはヤバい。
盗賊団時代、仕事が終わった後の宴会前によく見た覚えがある。
深く関わらないのが吉だ。
アーシェよ、安らかに眠れ。じゃなくて、早く起きて逃げるのだ。
アーシェの貞操が守られることを祈った後、私はそれ以上考えるのを止めた。
さてと、早速例の迷宮とやらを拝みに行きますか!
プトン山へは徒歩で行くことにした。
ビアキの町の裏に見えているあの山がそうらしい。
あの山付近で狩りを行う冒険者は多いみたいだけど私のように歩きで行く人は珍しいって女将さんが言ってた。
亜竜馬で行ってもいいんだけど、どうしても迷宮に入るときに亜竜馬を外に繋いでおかないといけなくなる。そうすると亜竜馬が目印になって迷宮が見つかってしまう可能性がある。
せっかくドルグセンが敷いた箝口令が無駄になるのはちょっとまずい。
他の冒険者がわらわら来たら調査しづらいよね。もしかしたら危険な迷宮かもしれないし。
箝口令、正解だね。
プトン山までテクテク歩く。
普段から冒険者達が通っているので思っていたより道はしっかり整備されている。
お日様が真上付近に来る頃、プトン山の麓に着いて広がる光景に私は目を疑った。
辺り一体には馬やら亜竜馬やら馬車やらがこれでもか、と繋がれていたのだ。
近くの小屋で呑気に欠伸をしていたおじいちゃんに聞いてみるとどうも他の冒険者は馬や亜竜馬で麓まで来てここに置いて山に入るらしい。
で、おじいちゃんはそれらの面倒を見るお仕事なんだって。
「…………それならそうと女将さん、教えてよーー!」
ここまで歩いて来たのはなんだったんだ。
どおりで私を追い抜く他の人たちが振り返りながら生暖かい目をしていたわけだよ、ちくしょう!
はぁ、しょうがない。
ま、初見さんなんてこんなもんだ。よくある事よくある事。
……気を取り直して行こか。
私は若干涙目のまま、プトン山を登る。
といっても正規のルートには興味がない。
ホーンラビットやフェアリーラビットを狩りに来たわけではないのだ。
ドルグセンから教えられた微かな目印を頼りに道なき道を進むこと、しばらく。
「あったあった。これか、未報告の迷宮ってのは。つか、どう見てもただの岩場です。ありがとうございます」
それは落石現場を思わせるかのような岩が積み重なっている岩場。
一見すると今にも崩れてきそうなので近寄ることを躊躇われるが、よーく見ると絶妙なバランスで各岩と岩が保持しあっている……ように見える。
「なんか絶妙な配置過ぎて逆に怪しいわね」
その岩場の中に一箇所だけ人が這って進める程度の隙間があり、通り抜けた先に迷宮があるとの話だった。
「これは、確かに、見つから、ないわ。
崩れそうな、岩場に、まず近寄らないし、近寄っても、誰がこんな、匍匐前進しないと、いけない、先の、見えない、危険極まりない、ところを、通るの、よ! 見つけた、奴、馬鹿じゃ、ないの!?」
荷物は紐で足に括り付け、ひたすら匍匐前進することしばし。
もし間違っていたらどうしよう、などと考えながら進んでいると、岩の隙間を進み終わったらしく問題の迷宮の入口へと辿り着いた。
「ふぅ、いつ岩が崩れるかとヒヤヒヤしたわ、まったく。でもこれでやっと迷宮ね」
迷宮への入口がぽっかりと開いている。
どうやらこの迷宮はオーソドックスなダンジョンタイプのようで入口から下に向かって石造りの階段が続いていた。
「ほうほう、壁の魔力灯が自動で点灯、でありますか。一応、ランタン持って来ていたけど助かるわね。魔物はいないって話だし気配も何も感じないだけど、一応曲がり角では注意しないとね」
よくあるのだ。
気配がしないから、と油断してサクサク進み角を曲がるとそこに魔物が待ち構えていてグサリ、バタンって事が。
こうした魔力灯だと影に潜んでいる場合もあるから慎重に進むが吉。
私は仄暗く降っている迷宮を単身進む。
途中遭遇したのは、
開放されっぱなしの落とし穴。
落ちっぱなしのトゲ付き釣り天井。
左右の壁に刺さったままの無数の槍。
毒が切れた?と思われる、噴出口剥き出しの毒ガス部屋。
開けっ放しの首切りハサミの宝箱。
大岩が転がった形跡がある坂に回収されず行き止まりで放置された大岩等。
「うーん、完っ全に終わってる迷宮ね、これ」
魔物がいないばかりか冒険者を悩ます罠すらも機能停止しているとは……ここまで酷い迷宮は初めて見たかも。
普通は最奥部に存在する迷宮主が倒されてもしばらくすれば迷宮主が復活する。同時に魔物や罠も復活する。
しかしこの迷宮はどういうわけか、それの気配が全く無い。
今私がいるこの最奥部の迷宮主がいるであろう場所ですらそれが無い。
私は不思議に思いながらもドルグセンが言っていた枯れ木と隠し扉である色の違う壁を見つけた。
「無数の枯れ木に色の違う壁って枯れ木は大量に生えているし、壁の色もびみよー。この部屋の魔力灯と私のランタンの光の揺らぎじゃあ予め教えられてなかったらわからないレベルだわ、これ」
これを見つけた冒険者達って入口の件といい、何気に優秀なんじゃ?などと思いながら枯れ木を動かすと短い通路が現れた。
それを抜けると広大な空洞。
相変わらず仄暗いが空洞の端、壁と思われる所に魔力灯が点在しているのでぼんやりとではあるが全体がわかる。
空洞のその中央付近に一条の階段が見える。
階段に向かって吸い寄せられたかのようにふらっと歩き始めてふと思い出す。
この入口付近に石碑があったはずだ。
えと……どこだ? え、もしかしてこれ? 小っさ! つか、石碑というよりもただの岩じゃない! よく気が付いたな……。
『孤高で目指せ。穢れを知らぬ若者よ、己の力と才能に自信があり、さらなる高みを目指す志があるのであれば、そなたの前に試練と福音が現れるであろう』
この石碑、入口の通路を抜けた先にこんな光景が広がっていたら行きに見つけるのは無理。絶対無理!
もはや嫌がらせ以外のなにものでもないと思う。
「まぁ、概ね聞いていた通りね。とりあえず階段に登ってみますか」
階段にもご丁寧に一定間隔で魔力灯が設置されている。階段を登る人が誤って踏み外さない為の親切設計なのかも知れない。
しかし手すりはないので左右どちらかにバランスを崩して落ちたら危ない。親切なのか、不親切なのか、設計の意図がよくわからない。
階段を登る。
ひたすら登る。
何気に数えてみるとちょうど千段あった。
「この迷宮ってもしかして降って来た分だけ登らされてるような気がするけど意味あんの、これ?」
階段を登り切った頂上で一休み。
頂上は少しだけ広くなっており、見ようによっては踊り場のようなに見える。
中央には踝くらいの高さで魔力灯が設置されている。ここでも親切か。
そして遥か前方には確かに扉、魔力灯が扉の両脇にあるのでわかる。
そして高所に立って見回すと空洞の輪郭が朧げながら見えた。
魔力灯の明るさしかないので天井や崖の下は真っ暗だ。
聞いていた底の見えない崖を覗くため、腹這いになり恐る恐る首だけ出してみる。
「うっわ、なにこれ。真っ暗過ぎて底の方を見ていると吸い込まれそう。怖っ!」
仮に階段を降りて壁を伝って扉に行くとしても落ちた時生きているかわからない。そんなリスクは取れないので却下。
一回、底に降りて……いやいや底の判別がつかないってんだからそれも却下。魔物がいないと見せかけて底に大量の魔物がいるとかの罠があるかもしれない。
真っ暗な底を覗いているのに飽きた私はゴロリと反転して今度は仰向けになった。
「ん、魔力灯眩し」
顔の真横にある魔力灯が眩しかったのでなんとなく手を翳して影を作る。
「こういう時、物語だと空を翔べる道具とかでこうスィ〜、って翔……あれ?」
何気なく天井に視線を送ったいると何か違和感を感じた。
「ん、んんん? あそこ、何か……ある?」
滑空する自分を想像して手を動かした時、一瞬だけ、一瞬だけ天井の一部が反射したような気がした。
天井の岩に光が当たった? いやその場合は反射というより岩の地肌が見えるはず。
さっき感じた違和感の先を凝視し、しながら同じように手を動かしてみる。
「ある、何かある! 天井じゃない、頭の上の方に何かがある!」
魔力灯の光の揺らめきと手持ちのランタンを駆使すると今度ははっきりと反射を見て取れた。
しかしその場所は高く、私の背丈の倍以上もある。
私は少しだけ興奮しながら勢いよく立ち上がり、背嚢からロープを取り出す。
ロープの先端には鉤爪が付いている。それを弧を描くように頭上へと大きく投げた。
ロープは反射があった辺りの空中で突然何かにひっかかったように軌道が折れ曲がる。そのまま円弧の頂点を過ぎて私の肩幅より少し広い距離を移動してまた何かに引っかかって折り返し、そのままくるりと一周。
二回目の折れ曲がった辺りで勢いをなくし、爪先はぶら下がったまま漆黒の空中に浮いている。
「なにこれ、ロープが浮いてる? ううん、違うな。これは多分空中に真っ黒な板?みたいなのがあるんだ!」
触れることによって発動する罠があるかも知れないと思い、ロープがかかったまましばらく様子をみるが何も起きない。
今度はロープを軽く引っ張ってみた。鉤爪が見えない何かに引っかかる。
反応無し。
体重をかけてもびくともしない。
「……乗れる、かな?」
幸いロープの下は階段の踊り場がある。最悪ロープが外れても崖下に落ちる事はない。
安心と不安感と未知の期待感を抱きながらロープをよじ登る。
そして黒い板?に触れても大丈夫なのことを確認してからしっかりと手をかけてその上に乗った。
「硬い……すっごく硬い。カチカチね、これ。板みたいな薄さなのに触った感じは石みたい」
ノックしたり、軽く叩いてみたり、揺らしたり飛び跳ねるなど色々試したがびくともしない。
「なるほどね……うん、これはいわゆる、あれだ。……そう、わからんっっ!! わからないという事がわかったわ、うんうん」
わからないことを考えてもしょうがない。都合良く教えてくれる人なんていないのだ。
とりあえず材質うんぬんやどうやって浮いているかなどの些細な?問題は置いといてコレの範囲がどうなっているかを調査しよう。
「もしかして、もしかしたら向こうに見えるあの扉の方向に向かっているかもしれないもの、この黒橋」
いつまでも見えない何かとか黒い板とか、コレじゃ言いにくいしわかりづらいので勝手に黒橋と命名した。
周りを手探りしてわかったこと。
黒橋は登ってきた階段の頂上付近から始まっており、階段方向には続いておらず、彼方の扉の方に向かって続いている。
足元は相変わらずの崖。真っ暗なので黒橋もそれと同化してほとんど見えない。否、全く見えない。
私は四つん這いになり、手探りで黒橋が続いている方へと進むと——
「ひゃぁっ!?」
突然、それまで空洞の端で灯っていた魔力灯が消えた。何事か辺りを見回すと階段途中の魔力灯も消えている。残っているのは階段頂上の踊り場と彼方の扉のみ。しかもそれすらも何となく光量が落ちているような気がする。
「黒橋を進み始めると魔力灯が落ちるってどういう嫌がらせ仕様なのよ! う〜、全部消えてないだけまだ有情なのかぁ?」
おかげで微かに見えていた自分の手すらも完全に闇に包まれた。
ここでぶつぶつ文句を言っても始まらないので私は黙々と前進することにした。
「……」
進む。
「…………」
黙々と手探りで進む。
「……………………うわっ!? ちょっとやめてよ、もう!」
しばらく進んでこれはずっと扉まで一直線かな? と思い始め気が緩んだ矢先、急に進行方向の黒橋が無くなり、右手から真っ暗な崖下に落ちそうになった。
慌てて体勢を安定させて気持ちを落ち着かせた後、左右に道がないか探る。
「……あったし」
道は左手側に続いているようだった。
油断した頃にこの分岐。
完全に仕組まれている作りとしか言いようがない。これを作ったヤツ、絶対性格悪い!
こうなるとどこで今のような分岐があるかわからない。
安全に進むには前と左右を一歩進むごとに確認するしかなかった。
「はぁ〜……よぉーやく扉までたどり着けたぁぁぁぁぁ」
私は緊張の糸が切れ、その場に座り込んだ。
遠目ではわからなかったが、この扉前の今いる場所は壁をくり抜かれているらしかった。
なので黒橋を渡るときのような落ちる心配はない。
自分の体さえ見えない真っ暗闇の中で黒橋を渡っている最中、ふと底がわからない崖の真上でわけのわからないところを四つん這いで渡っていることを想像して少し血の気がひいたことが何度もあった。
「もう一度言おう! これ作った奴、絶っっっ対性格悪い!……ん、なにこれ?」
座り込んだ状態からさぁ立ち上がろうとした時、ふと目の前の扉が視界に入った。
「下の方に文字?」
隠し通路付近の石碑や黒橋の設置の仕方といいこの扉の文字もこうして座り込んでなかったら絶対に気付かないだろう。
嫌がらせここに極まれりだ。
えーと、なになに?
『——そんな装備で大丈夫か?』
「うっさいわ! 余計なお世話よ!」
という言葉が喉まででかかった、と言うか我慢し切れずつい声に出てしまった。
この調査の依頼、今回は元々最低限の装備で様子見のつもりで来ている。
この迷宮は親切だったり、性悪だったり、魔物がいなかったりと色々意味がわからない事が多いが、こうしてわざわざ忠告、確認してくるという事はこの扉の先には装備を確認させるような『何か』があるのだろう。
「……とりあえず今回の調査はここまで、ね」
考えた結果、私は少しだけこの扉の前で休憩した後、扉の文字に従い、今通ってきた道を引き返すことにした。
次は完全装備で来て絶対にこの先を攻略してやるんだから!
いい、見てなさいよ!