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第五話

 ドルグセンから依頼を受けた後、すぐに領都ファーネフィで亜竜馬を借りて問題の山、プトン山の最寄りの町であるビアキへとやって来た。


 やっぱり移動は亜竜馬に限るわね。

 時は金なり。

 馬よりも料金は高いけど風を切って走る感覚が全然違うのよね。


 とりあえず今回は偵察だけ。

 だから装備も剣と背嚢一つの軽装で仕上げてある。

 時間制限があるわけでもないし、初めての町に初見の迷宮。

 魔物はいないらしいからいきなり完全武装して来る必要はないと感じたのだ。


 さてさてビアキの町の様子は、と。



 ふーむ、ドルグセンが言うには例の迷宮の件は見つけた冒険者達には多めの報奨金を渡して箝口令を敷いたらしい。なので迷宮に人が殺到していることはない、って言っていたけど本当みたい。

 町中を軽く歩いてもその手の話題はまったくだった。

 普通なら新しい迷宮なんてものが見つかろうならその話題で持ちきりな上、他所から冒険者が殺到するもんね。


 とりあえず亜竜馬は入口付近に繋いでここの冒険者ギルドに併設されてる食事処にでも入るかな。

 情報を集めるなら人が集まるところで行うのが基本よね。

 件の冒険者達がいれば、詳しい話が聞けるんだけど。


 なんだろう、あの人。

 受付の少し離れたところに一人、何をするでもなく蹲っている。

 髪も服装もボロボロ。

 よく見れば、女性?


 食事処の席についてやって来たウエイトレスさんに聞いたところ、王都から流れてきた冒険者らしいけど、途中で強力な呪いを受けたらしく、仲間に見放されてあそこに居座っているんだとか。なにそれ。


 ま、私には呪いなんてどうする事も出来ないし関係ないか。


 ウエイトレスさんにオススメを注文したらホーンラビットのもも肉パリパリ照り焼き(骨付き)が出て来た。

 うん、普通に美味しい。

 ホーンラビット自体は割とどこでも見かけるがプトン山近郊で狩れるホーンラビットは特に美味しいらしく、このビアキの名物なんだって。そしてこの時期は希少なフェアリーラビットがたまに取れるらしく、それを求めてビアキを訪れる人も少なくないんだってウエイトレスさんが言ってた。


 もも肉を堪能した後、食後のデザートを楽しんでいるフリをしながら周りの客の話に聞き耳を立てる。

 が町中同様、新しく発見された迷宮に関する話は噂話すら聞こえてこなかった。


「あー楽に稼げる方法とか一攫千金のなんかいい話が転がってねえかなぁ?」

「楽に稼げる方法は知らねえけど、楽に死ねる方法なら知ってるぜ」

「ばっか、誰が死にたいって言ったよ。耳腐ってんじゃねーのか?」

「まあ、聞けよ。実はな、西の森辺りに最近出るらしいんだ……」

「出るって何が出るんだ?」

「……暴狂竜だよ、あの」

「ぶっっっ!!」

「うわっ、汚ったね!」

「わりぃわりい、そりゃ確かに死ねるな。 でもワンチャン稼げるかもしれねぇな!」

「ワハハ、俺らじゃ無理無理だって……」


 向かいの席、何の話で盛り上がっているか知んないけど、私の方にまで噴き出したのが飛んで来たんですけど。


 文句を言ってやろうと立ち上がりかけたが、私より先に隣の席の人が勢いよく立ち上がった。


「お前らうるさい。そして汚い、臭い、ばっちぃ、不潔。周りにマンモス迷惑がかかってる。マンモス黙れ」


 淡々と言い放ってちょっとスカッとした。

 けど——


「マンモス?」


 よく見ればマンモスの毛皮を被った少…女…?

 男達も同じ意見なのか、面食らってポカンとしている。


 はっ、とした男の一人が啖呵を切る。


「おうおう、なんだガキィ! 俺達は三つ星なんだぞ? 見なっ!」


 男の一人は剣の鞘を掲げ、もう一人はマントの背の部分をこれ見よがしに少女の目の前にチラつかせた。


 そこには確かに星が三つ描かれている。


 三つ星だと冒険者全体の中央値。

 実は今、このエリストール王国の冒険者の間では登録証に刻まれた星の数をあえて武器や防具に表示させることが流行っている、らしい。

 やっているのは主に中間クラス。

 なんでもパーティーの勧誘などが行い易くなるとかなんとか。

 しかし星が多い者はしない。やれば、間違いなく厄介な事や余計な取り巻きがやって来る。

 また星が少ない者もしない。そもそも他人に誇る星の数ではないからだ。

 星を多く持っている冒険者の数は少ないので表示させていない者=星が少ない冒険者という認識になってしまっている。

 なので流行りとはいえ、星の数を見せつけて相手を威嚇するのは、はっきり言ってマナー違反。しかも正直イキれる数でもない。


「先越されちゃった。ま、ここはあちらのお手並み拝見と行こうかしら」


 男達は背の小さい少女のどこにも星の数が無いことから格下だと思い込み、こんなにも強気に出ているのだろう。


 うーん、星の数を表示にしていないから強者がこの町にはいないと思い込んでいるのかな? 馬鹿なのかな? 死にたいのかな?

 あの少女の立ち上がる時の動きとか文句を言っている時の周りを伺う所作とか少し見ただけでも弱くないことくらいわかるでしょうに。


「【ノーズピアシング】」

「「わ、うわあぁぁぁっ!?」」


 男達輪郭に沿って無数の見えない突きが不規則に繰り出され、木製の椅子とテーブルが粉砕された。何故か男達の股間付近に多くヒュンヒュンしていたように見えたのは私の気のせいだろうか?


「へぇエンデバ持ち、ね」


 エンゲージデバイス。略称エンデバ。

 所持者に【スキル】と呼ばれる恩恵を与えてくれるモノ。

 世の中の強者と呼ばれる存在は大概、何かしらのエンデバを所持している。


 少女は半ば放心状態で腰を抜かしている男達をひと睨み。


「邪マンモス」

「お、覚えていろよ!」


 雑魚丸出しの捨て台詞を吐いてその場を後にする男達。

 周りの冒険者達から喝采が上がる中、残った少女は椅子とテーブルの残骸の上に向かって金貨を一枚、指で弾くと何事もなかったかのように元いた席に戻り、食事を再開した。


 ……へーこんな田舎町にも強い冒険者っているものなのねぇ。


 面白いものが観れたと気持ちは満足したが先ほどの騒動で何かが皿の中に入っているかもしれない。お腹は適度に膨れていたのでまあいいかと店を出る事にした。




 ここがドルグセンオススメの宿「北山黒亭」か。

『女将が少し変わっているがいい宿であることには違いない』

 とか言ってたけどどう変わっているんだろう?

 でも、まぁなかなかいい雰囲気の宿ね。


 私は数日泊まることを告げ、少し多めの料金を前払いする。

 気を良くした女将にあからさまな上機嫌で部屋へと案内された。


「今日はとりあえず休んで明日の朝から例の迷宮とやらに行ってみますか」


 そう決めた私はこの宿自慢の温泉を堪能しに向かった。


「はぁ〜〜〜、気っ持ちいい。ここの最近バタバタしてたからほんっっと生き返るぅぅぅ」


 誰もいないお風呂を独り占め。

 手足を思いっきり伸ばして湯船に浸かる。

 お湯の温度も熱すぎず、ぬる過ぎずちょうど良い。


 と私が蕩けるようにリラックスしていると誰かが入ってくる音が。

 ペタペタと軽い足音に加えて


「マンマンママーン、マンモ〜スマ〜〜ンモス、ママママーン」


 と謎の鼻歌混じりで上機嫌な少女。


 冒険者ギルドで見かけたさっきのマンモスっ娘だと気付いたが面白そうなので敢えてまだ声をかけずにそっと湯船から様子を伺う。


 ほほう?

 まずは洗い場でその雪のように白い肌を洗うと見せかけて頭を洗うのか。……それ、ボディソープだよ?

 当然ながら例のマンモスの毛皮は被ってない、全裸にネックレスだけ。

 耳が長い? もしかしてエルフ?

 むむっ!…………よし、私よりも胸はないっ! 勝ったっっっ!

 あ、あ、ボディソープが目に染みたの!? 大丈夫? 目を押さえてシャワーを探してる!

 ん、そっちそっち、もうちょい上! あ、ん、そう、その奥……ふう。良かったぁ。取れた取れた。

 お、今度こそ身体を洗うのか。

 ……んー何というか、幼いながらもその所作に色気が感じられる。

 リズ姉さんみたいな大人の女性の洗練された動作のような……。

 とか思っていたらあっという間に身体を洗い終わり、私がいる湯船の方にペタペタやって来た。


「こんにちは、さっきはどうもー」


 私は軽い感じで湯船の中から話しかけた。


「あ。さっき冒険者ギルドでマンモス見かけた人」


 マンモス見かけた? 

 どうやらこの人は文中に『マンモス』を入れなきゃ気が済まない、のかな?

 一族でそうしないといけない掟みたいなものがあるのかも知れない。気にしないでおこう。


 少女が湯船に入り、スーっと私の隣に移動してくる。

 湯船は広いのになぜ真横?


「そそ。私もあの連中の態度にはイライラしてたんだ。私の代わりにやってくれてスカッとしたよ。今更だけどありがとね」

「いえ、こちらこそ。あなたの料理が穢されたのは見えたのですが、つい出しゃばってマンモスすみません」


 軽く会釈する少女に対して私は片手を湯船から出してパタパタと左右に振る。

「全然、気にしてないわ。私、エルセティ」

「アーシェと言いマンモス」


 アーシェと名乗った少女は私のことをジッと見つめている。


「ん? 私の顔、泡でも付いてる?」

「あ、いえマンモス違うんです。あなたから微かに匂いがしたマンモスなので……」

「えっ!? ちゃんと身体は洗ったよ、そんなに臭う!?」


 私は思わず、上半身を湯船から出して自身の身体の臭いを嗅いだ。


 う〜、屋敷の整理で怪しい道具ばっかり触っていたからなぁ。

 自分では気付かない変な臭いがずっとしていたとしたらめちゃくちゃ恥ずかしいゾ。


「あ、あ、すみマンモスです! そうじゃないんです、違マンモスなんです!」


 それを見て慌てた様子で今度はアーシェが立ち上がり両手をバタバタと振る。


「どゆこと?」

「実は私、ある品を探マンモスしているんです」


 アーシェが言うには私の身体からその『ある品』の匂いが微かにしていたそうだ。

 たまたま立ち寄ったピトンの町でその匂いがし、辿ったら冒険者ギルドに来て、食事処で私の近くに席を取ったらしい。

 今はお風呂で洗ったせいか、まったくしないとのこと。


「ずっと探していて、やっと手掛かりをマンモスしたと思っていたマンモスなのですが……」

「ふーん。で、ある品ってのは何なの?」

「それは言えないマンモスなのです。今日出会ったばかりのエルセティさんに迷惑がかかっても申し訳マンモスなのです」


 伏し目がちに話すアーシェ。

 気になるけど、初めて会った人に話す内容ではないらしいのでそれ以上の聞くのは止めておいた。


 その後、二人で他愛のない雑談をしているとアーシェの白い肌がみるみる紅潮していった。


「は、れ? エルセティさんの顔が幾つにも見えマンモ、ス……」

「え、ちょっと大丈夫アーシェ?」

「マン、モス平……気ブクブク……ブク」

「うわー、沈むな沈むな! それ、全然平気じゃないやつぅーー!!」


 私は急いでアーシェをお湯の中から引きずり出して床に寝かせた。


 そして女将さんに助けを求めてバスタオル一枚で飛び出してしまったが為に宿の受付にいた他の冒険者達に半裸を見られてとんでもなく恥ずかしい思いをするのであった。

 

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