第四話
「この依頼は本当ならブロンに何としても頼みたかった依頼なのだがな」
そう前置きをつけてドルグセンは説明を始めた。
——二週間程前のこと。
ビアキの町を拠点としている、ある冒険者のパーティーがプトンの山中で未報告と思われる迷宮を見つけた。
その迷宮はビアキも一応管轄としているこのファーネフィのギルドマスターであるドルグセンも知らなかった迷宮だった。
冒険者のパーティーは嬉々として迷宮探索を始める。
しかし不思議なことに迷宮内を進めど進めど魔物の一体も出てこなかった。
そしてどの部屋にも宝らしい宝が何一つ落ちていなかった。
首を傾げながら奥へと進み、遂に最奥部まで到達。
今度こそは、と迷宮を司る迷宮主がいるであろう扉を開け放つもまたしても不在。もぬけの殻だった。
すっかり意気消沈して最奥部から引き返そうとしたところで一部だけ壁の色が違う箇所を見つけた。
丹念に部屋を調べると壁の隙間から生えている無数の枯れ木のうち、一本の枯れ木が隠し扉を開けるレバーだったことを発見して今度こそはと期待感が溢れた。
そして隠し扉を開けると一本の短い通路が伸びており、その先にはまたしても扉。
一行が緊張の面持ちで扉を開くとそこには山中とは思えぬほどの広大な空洞が広がっていた。
そしてその中央には天井に向かって伸びる、とてつもない長さの一条の階段。
意を決してそれを登る冒険者達。
そして階段を登り切った先には何もなく、眼下には崖が広がるのみ。
冒険者達は徒労感と絶望感が襲われた。
もちろん階段を登っている最中にもそれはチラチラ見えではいたが登りきった先に必ず何かあると信じて頑張った。
いや、正確にはあるのはあった。
遥か前方に辛うじて扉が見える。
しかしそこにたどり着くための道が全く見当たらなかった。
階段から崖を覗き込んでも漆黒の闇が広がるばかりで底はまったく見えない。
試しに不要になった瓶を落としても一向に割れる音は聞こえて来なかった。
途方に暮れた冒険者のパーティーは一旦戻ろうとしたところで隠し扉の出入り口付近に石碑を見つけた。
石碑にはこう記されていた。
『孤高を目指せ。穢れを知らぬ若者よ、己の力と才能に自信があり、さらなる高みを目指す志があるのであれば、そなたの前に試練が現れ、乗り越えたのであれば福音が訪れるであろう』
どうにかしてと扉まで行けないものか、と冒険者達はいろいろ試したが最後まで何の変化も訪れなかった。
結局、石碑の意味は解読は出来ず、冒険者達は迷宮攻略はそこまで、と諦めてビアキの町へと帰還した。
「何も無い迷宮、意味不明な石碑、底の見えない崖、とてつもない高さの階段、彼方に見える扉。あまりに不可解すぎて通常の冒険者には依頼し難い案件だ。ブロンが生きていたならきっと解決してくれたに違いないんだが……」
そこまで話してドルグセンはリズ姉さんが入れてくれたお茶を一口含んで唇を湿らせた。
「さてエルセティ。ここまで聞いてお前はこの依頼、受けてくれるか?」
「……はぁ」
私はため息をついた。
このドルグセンと言う男、最近聞いたリズ姉さんの話だと普段動かないくせにこうやって動く時って言うのはその難解な依頼を確実に受けてもらえる自信がある時だけ、らしい。
しかもその場合の依頼達成率は十割、つまりは百発百中なのだ。
もちろん直接出向いて説得したり、冒険者ギルドからの手厚いサポートあっての実績だと思う。
なのでこれまでドルグセンと冒険者ギルドが築いてきた実績からこの依頼を断ると自動的に難題から逃げただの、無能者の烙印を押される事になる……らしい。
言ってみれば、このドルグセンが目の前に現れ出てきた時点で依頼を受けざるを得ないのだ。
にも関わらずドルグセンはあたかも受注の可否が選択出来るかのように冒険者側に笑顔でぶん投げてくるのでタチが悪い。
「受けるわよ。受けてやるわよ!」
なるほど、きっとこれまでのブロンもこういう心境だったに違いない。
私も今、鏡を見れば苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
そうと決まれば、気持ちを切り替えよう。
まずは報酬の話をしておかないと後で揉める。冒険者の基本だ。
依頼料の前金、後金、成功報酬、供託金の有無、依頼完了までの期間、魔物の素材やお宝が手に入った場合の所有権。
この辺りを曖昧にしておくと気持ち良く終われない。つか、揉める。トラブルは勘弁。
ブロンがよく昔の失敗談を語ってくれたものだ。
「素晴らしい決断に感謝する。さて、では早速気になっている依頼料等の話を済ませようか」
ドルグセンが提示してきた話はこうだった。
・依頼料は前金無しの成功報酬で金貨ニ枚。
・素材やお宝が見つかれば、見つけた冒険者に所有権が発生。
・完了までの期間は無制限
・供託金レイズは無し
「うーむ」
私は提示された条件に頭を悩ませる。
何というか、とても色々と裏がありそうな内容なので即答はしたくない。
まず依頼料。
冒険者ギルドに来る依頼は前金が無い依頼がほとんどではあるが、今回のように完了するのに難しい内容だったり、内容を完了させるのが長期間に渡る場合は事前の準備等が必要なので準備金として前金が設定されている。
今回の調査のようなゴールが明確でない依頼に前金が無いのは不自然だ。
次の成功報酬、金貨一枚。
これ、だいたい一般的な四人家族なら数ヶ月生活出来るかな?ってくらいの金額。
……なんか少なくない?
もし調査が長引いたらあっという間に赤字なんだけど。
まあ、依頼料については次と合わせて考えてるのかもしれない。
素材やお宝の所有権。
一般的に調査だったり、探索の依頼を受けた場合は前金や成功報酬が手厚かったりする。
その代わりに依頼中に倒した魔物の貴重な素材やお宝の所有権の大半は依頼者にある。
だが今回の依頼では依頼を受けた冒険者、つまり私に全て所有権があるらしい。
うーん、依頼料が少ない代わりに所有権で充当してるってことかな?
次、期間。
調査系の依頼の場合、二種類に分かれる。
一つは期限有り。
調査目的に対してある程度の結果を求めているケース。浮気調査とか横領調査、ペットの捜索とか。
もう一つが期限無し。
調査自体の終わりが不明なケース。
今回のような迷宮の調査や遺跡の調査、果ては敵国の軍用調査いわばスパイだ。
これらは明確な終わりが無い。
ある程度の成果が出た時に依頼者に報告。そこで満足してもらえたら完了だ。
場合によっては長期化することも多い。
今回の依頼料や所有権から推測すると何らかの『素材やお宝もしくは新たな発見』を見つければとりあえず依頼完了と言うことだろう。
あとは供託金か。
私、今一つ星なんだけど、この依頼って話を聞く限り下手したら四つ星以上の依頼なんじゃない?
なのに供託金無しっておかしくない……?
〜イロイロ教えて! のコーナー〜
「突然ですが皆さん、こんにちは。小難しい設定が出てきたときの案内役 リズ姉さんです」
「いぇ〜い、じょしゅのえるせてぃだよ〜」
「今回はこのエリストール王国から始まったシステムの一つ。今では世界中の冒険者ギルドで採用されている『星』と『供託金』について説明しますね」
「れいず? きょまんのとみをもったじじいがあそびのときにやるるーるのことぉ?」
「えるちゃん? それは違う世界の違うルールだから。それ以上はお口チャックだから。いい?」
「ん!」
「まず『星』について。冒険者の方は冒険者ギルドに加入する際、登録証を作る必要があります。登録証には依頼を達成した際の功績に応じて七段階の星が刻まれます。一番下は一つ星、一番上は七つ星となります。段階が一つ上がるごとに一つ星ずつ増えていきますよ」
「ぐたいてきには?」
「一つ星 初心者
二つ星 一人前
三つ星 中堅
四つ星 ベテラン
五つ星 歴戦の猛者
六つ星 英傑
七つ星 国士無双
という感じです。特に七つ星は各国に一人、合計七人のみの登録しか許されていない破格の存在と言われています」
「ろーーーーーんっ! こくしむそうじゅうさんめんまち、おまちぃっ!」
「あーそのダブル役満とは違うかなー」
「んむぅ、ちがうといえば『えいけつ』なの? 『えいゆう』でなくて?」
「そうね、語感が似ているけど意味合いが違うの。英雄と呼ばれるほどの偉業を成し遂げたらそれは六つ星ではなく、七つ星かな」
「なるなる。むつぼしはいぎょうをなしえないやつらのはきだめってことね。すべてりかいした」
「ま、まあ六つ星くらいになると存在自体が一気に減るし、実力は七つ星相当って呼ばれている人もいるみたいから」
「ななつぼしにあったことある?」
「七つ星となると私もあんまりお目にかかった事がないんですよね」
「ほーん。お、これがとうろくしょうだね。ふむふむ、だんだんほしがついかされていくかんじ? ひとつぼしだとさみしいけど、ほしがふえていくとなんかにぎやかでいいね」
「世界の偉人である古の七人に敬意を評して星で表しているみたいよ」
「ふーん。で、たんじゅんにほしがおおいほどそのひとはつよい、ってことでおけ?」
「そうですね。一部例外もありますけど。星が多いほど身入りがよく、社会的地位が高いのでほとんどの冒険者の方は一つでも多く星を目指しています」
「へーおおいとおとくなの?」
「星が多くないと入れない場所があったり、会えない人がいるの。もちろん依頼料も高額になるし、いろんなお店で割引とかの好待遇が受けれるのよ」
「なるほど〜、おとくだね。でもそれがどうれいずとつながるの?」
「実は一昔前まではこの星の数が絶対だったの。どんなに知識があろうと実力があろうと現段階の依頼しか受けれなかったんです。だからどんなに上位の依頼を受けたくても地道に功績を稼いで星を揃えていくしかなかったの」
「ふむふむ」
「そんなある日、とある小国が崩壊。順を追って簡単に説明すると、王位継承権絡みの内乱が発生。近隣諸国から内乱を治める名目で軍勢派遣を打診。これ幸いと小国の各派閥が飛びつきそれらを招いた結果、入ってきた各国の軍勢が裏切り、国を我が物顔で切り取られてしまったの」
「かぁーとんでもねぇやつらだ! はりつけごくもんきぼんぬ!」
「は、磔獄門って……。こほん、生き残った小国に所属していた軍属者の人達は職を失い、唯一近隣国で参戦していなかったこのエリストール王国に身を寄せることにしたの。でもそれまで自国の中でしか活動していなかった、何のツテもない彼らにあった選択肢は冒険者になるしかなかった。でもそこで例の星の制限が邪魔をしてね? すぐにでも四つ星や五つ星で活躍出来る実力がありながら持て余してしまっていたの」
「じつりょくがあるのにおしごとできないってなんだかもやもやするよね」
「それを憂慮した当時のエリストール王都の冒険者ギルドのギルドマスターが供託金を考案して広めたの」
「お、れいずでてきた! どういうしすてむてむなの? はょぅはょぅ」
「供託金とはどの星でもお金さえ積めば依頼を受けることが出来るというシステムです。一つ星が七つ星の依頼を受けることも可能。でもその際はとんでもない金額を事前に支払わなければなりません。ですがご安心ください」
「くださいー」
「依頼を無事達成すれば、供託金は返って来ますし、正規の依頼料も受け取れます」
「にばーい、にばーい!」
「えるちゃん、別に二倍にはならないよ?」
「そんなー……しょんぼり」
「もし依頼を達成出来なかったり、指定の期日までに間に合わなかった、もしくは冒険者の死亡が確認された場合、供託金は返ってこず、没収となります。あ、間に合わなかったけど達成したなら半額没収です」
「ぼっしゅーと! てれって——」
「はい、そこまで! こほんっ、依頼っていうのは契約ですからね。そして没収された供託金は次に同じ依頼を受ける冒険者へと上乗せされて行きます。そうして最終的に依頼を達成した冒険者がそれまでの供託金を総取り出来るシステムとなっているのです」
「ばいぷっ——んぐっ」
「自身の星に見合った依頼や一つ下を受けるのであれば、供託金は発生しません。ですが自身の星の二つより下側の依頼を受けようとすると供託金は同じく発生しませんが達成した際の依頼料が大きく減額されます」
「な、なんだってー!?」
「またそのような下位の依頼ばかり受けている冒険者は『後進の育成を妨げる』と言う理由により厳しいペナルティーが発生する場合もありますので御注意を」
「でもこのないようだとごえいとかどうなるの」
「護衛のような依頼の場合、未達=死亡となるケースが多いので供託金が他の依頼に比べると比較的割高になる傾向がありますね」
「よわいやつはむりするなよー」
「その辺りは皆さん無理されないし、身の丈に合った依頼を選択します。余程変なルートを通らない限りは安全です。何も無ければ丸儲けなのでなんだかんだでそんなにトラブルは無い類の依頼内容です」
「ところでこのれいず、はんたいするひとはいなかったの?」
「もちろんいましたよ。ですがギルドマスターが必要な事だからって権力で強引に押し進めたの」
「ごりおし、ごりごりー。あ、しょうこくのひとたちはどうなった?」
「供託金が始まった結果、元小国の人達は無事、自分達の実力に合った依頼を受ける事が出来ました」
「えー? ていらんくだったのにれいずのおかねはどうやったの? びんぼうにんにはむりなんじゃない?」
「そこは協力、助け合いです。元小国の人達は仲間同士でお金を出し合い、供託金を克服し、無事エリストール王国に根を生やしました」
「おー、ヨカタヨカタアルヨー」
「はい、それでは皆さん、次があるかわかりませんが今回のお相手はリズ姉さんと」
「えるせてぃはしなず、ただきえさるのみ」
「いやいや、あなたまだ若いでしょ」
「じゃね、ばいびーb」
閑話休題。
「……んー」
私が腕を組んでいろいろ考えていると見かねたのか、ドルグセンが声をかけてきた。
「エルセティ、星のことは聞いている。一つ星なのは馬鹿ロンの教育方針の所為だ。気にする必要はない」
こちらの考えていることがわかるのだろうか。
ブロンには五年間師事していたが、依頼は全てブロンだけで受けて私はその手伝い、という名目で実際は私がメインで依頼をこなして来ていた。
なんでも『冒険者としての基礎や必要な事だけを叩き込みてぇんだ。黙ってやれ』とか言ってたなぁ。
なので私の冒険者登録はしてあるものの実績は全てブロンに入っているので私は記録上、実績無しの初心者も初心者、一つ星なのだ。
ドルグセンのその言葉を聞いて私は考えを中断して顔を上げる。
「調査したところ君の実力は少なく見積もったとしても三つ星はあると見ている。さらに言えばあのブロン相手に五年間も逃げ出すこともなければ、廃人にもなっていない。これは奇跡だ。そんな冒険者に達成出来ない依頼はないだろう。少なくとも私はそう思っている」
え?
この五年間死ぬ思いでブロンについて行って『こんなの冒険者の初歩の初歩の初歩だ! 出来ないなら冒険者なんて夢のまた夢だぞ!』なんて言われて続けて疑問に思いながらも喰らい付いていってたけど、やっぱりそうだったんだ……。
その言葉を聞いた私の驚いた顔を見てドルグセンはやはりな、といった感じでニヤリと笑った。
む、なんかドルグセンの思い通りにことが進んでいるのが少しだけ気に入らないけど、これまでの頑張りが認められたようでちょっと嬉しい。
「さらに言えば供託金は先に逝ったブロンへ、返しそびれた借りの一部を返した結果だと思ってくれ」
「ふーんなるほどね、いろいろと思うところはあるけど、金貨一枚は少なすぎ。三倍の三枚にしてくれたらその依頼、受けてもいいわ」
と言うとドルグセンはしれっとその懐から一枚の書類を取り出し、ニヤリと笑いながらテーブルに広げて置くと私に向けた。
なになに?
……さっきドルグセンが提示した内容の依頼書じゃない。
えっこれ、報酬の金貨のところが三枚になってる……?
もしかして最初からそのつもりだった、ってこと?
試されたのか、ケチろうとしたのか、馬鹿にされていたのか。
私は釈然としないながらも自分で条件を口にしてしまった以上、追加は出来ないと諦めてその依頼書にサインをしてドルグセンからの依頼を受けることにした。