第三話
「皆さん、養父の葬儀に参列いただいただけでなく、最後のお別れまでお越しいただき、本当にありがとうございます」
私の名前はエルセティ。十五歳。
ただ今、現在進行形で養父の土葬を行なっているまっ最中だ。
私の前には養父が生前お世話になった方々が居並び、後ろには棺がある。
「皆さんのお越し下さったことで養父も天国で喜んでいる事でしょう……と、湿っぽいのはここまで。生前の養父の言葉を借りるなら『泣くぅ? そんな湿っぽいことすんじゃねぇ! こんなもんは呑んで、騒いで、歌って吹き飛ばせ! どうせやるなら悲しいより楽しい方がいいだろ! なあっ!?』と言うに違いありません」
集まっている人達から「だよな」とか「言いそうだ」と言う声や苦笑いしている顔が散見される。
「ですので、あちらにお食事をたくさん用意してあります! 皆さん、悲しい雰囲気は無しにして、楽しくお別れしてやって下さい!!」
私が言い終わるタイミングでリズ姉さんがテーブルの上の布を取り払った。
現れたのは大量の食事とお酒とお酒とお酒。
朝、市場で最高の物をかき集めて来た。
集まったみんなが養父の棺の前で思い思い食事を始める。
ある者は普通に食事を楽しみ、ある者はお酒を楽しみ、ある者は養父の亡骸に語りかけ、ある者は養父の亡骸にお酒を飲ませ最後の別れを楽しんだ。
亡骸には防腐魔法が効いているので今日明日くらいは何をしても平気なようになっている。
それが切れれば自然と清められた大地に帰る仕組みになっている。
「こんなに色んな人達が集まってくれたんだもん、ブロンさんも幸せだよね」
いつの間にかリズ姉さんが私の隣に来ていた。
「……うん、そうだね」
「私もエルもブロンさんのおかげでずいぶんと幸せになれたね」
「……ん、…うだ、ね」
あ……ちょっ、とまず……。
「今度は私達がブロンさんにしてもらったように灰色の世界で困っている人達を幸せにして行かなきゃいけない番だね」
「……ぐすっ、……う゛、ぐすっ、だね」
リズ姉さんがそっと後ろから私を包み込んでくれる。
「ブロンさんが急逝してから今日まで頑張って偉かったね。泣き虫エルは今日で卒業だ。でも悲しい事なんだもん、我慢する必要なんてないよ。さっきエルはブロンさんの言葉を借りてああ言っていたけど、ブロンさんもエル一人くらいならきっと許してくれると思うよ。……だから、だからね? 思いっきり……泣いても、いいん、だよ?」
「……うっ、う、う……リ、リズ姉さーーん! うわぁぁぁぁぁっ!」
リズ姉さんにそう言われて私は泣いた。
せっかく我慢してきたのにそういう風に言われたらもう我慢なんて出来ないよ。
養父であるブロンにあの盗賊団から救出されて早五年。
楽しい事、苦しい事、嬉しい事、悲しい事、怒った事、色々あった。
本当に色々あった。
全部大切な私の宝物だ。
その事を今の今まで出来るだけ考えないようにしていたのに、リズ姉さんめ。
もう、この想いを抑えることなんて出来ないよ。
私が思いっきり泣き始めるとリズ姉さんが優しく私を抱き締めてくれる。
「……ぐすっ、ぐすっ」
リズ姉さんも泣いている。
ブロンは私やリズ姉さんに本当の父親のように接してくれた。
あんな境遇だった私達に、だ。
本当、感謝しかないんだよね。
ブロンが生きている間、私達は基本的にブロンの言う通りに頑張った。
だから……と言ったらなんだけど、こうして私やリズ姉さんが最後にブロンの事を想って泣くくらい、きっと許してくれるよね。
本当にありがとう、ブロン。
リズ姉さんの大きくて暖かくて柔らかくて優しい胸の中で私はその日、思いっきり泣いたのだった。
——数日後。
屋敷の整理がやっと終わった。
「まったく、独身のくせになんであんなに荷物があったのよ。多すぎでしょ、まったく」
私が最後の不用品を屋敷の出入り口に固めて置いていると、リズ姉さんも荷物の搬入が終わったようだ。
「そうは言ってもブロンさんも冒険者生活が長かったみたいだからね。色々溜まっていっちゃうのよ。優秀な冒険者ほど物が増えていくみたいね。エルも冒険者なんだからわかるでしょ?」
「そりゃリズ姉さんは冒険者ギルドの人気受付嬢で色んな冒険者を見ていて知ってるだろうけど、私はブロンしかほぼほぼ知らないし、戦利品だってここ最近までずっとブロンが管理していてこの剣くらいしか無いのよね」
そう私達は五年前、【白薔薇】盗賊団壊滅の際、ブロンに助け出された。
奴隷の契約の中でも外法と呼ばれる最悪の契約を強制されていたらしい。
それを解除するのにかなりの所蔵品を売り払って大金を作ったと割と最近ブロンから聞かされた。
「……なのにまだあれだけの量があるんだから、現役時代のブロンってどれだけだったのよ」
葬儀を終えて、ブロンが所有していた屋敷の整理をし始めた時のことを思い出すと数日経った今でもゾッとする。
一見するとあまり調度品などが置かれていない質素な雰囲気の広めの屋敷だ。
私もここの一室で五年間生活していたものの、ブロンが依頼や討伐した魔物の素材などをどこに保管しているか知らなかった。
聞いても教えてくれなかった。
全室を改めて掃除点検をしたところ、最後のブロンの自室で地下室への隠し扉を見つけた。
おやおや〜、これはブロンの知られざる一面が見られるかも?
なんて好奇心いっぱいで地下に降りたところ、
目を見張るような量のお宝が無造作に山積みされて茫然とした。
こんなのとてもじゃないが私一人でどうこう出来る量じゃない、という事でリズ姉さんが勤めている冒険者ギルドにヘルプを出した。
元々、生前のブロンと冒険者ギルドのギルドマスターとの約束でブロンの死後、屋敷は冒険者ギルド職員の女子寮にする話になっていたらしい。
自分達の寮になるんだから手伝ってもバチは当たらないでしょ。
応援に来た冒険者ギルドの手が空いている人やリズ姉さんと私で全てをリスト化、整理整頓清潔清掃を行い、やっとそれがさっき終わったところなのだ。
「ふむ、終わったようだな。エルセティ」
「『終わったようだな』じゃないですよ! 少しは手伝ってくれても良かったんですよ、ドルグセンギルドマスター?」
今やって来た、この人はドルグセン・ブリオッシュ。
この領都ファーネフィの冒険者ギルドのギルドマスターだ。
「ギルドマスターという職業はとても忙しいのだよ。親友の遺品整理の手伝いはもちろんしたかったさ。だが公務が優先だ」
「はいはい、それはわかってます。職員さんをお貸しいただいたことは感謝していますとも。ですが屋敷の片付けも職員さんの福利厚生に繋がるんだからこれも公務の一環じゃないんですかね?」
「なかなか良いところを突くな。しかしブロンの自室や遺品はエルセティが引き継ぐのだろう? そうなると地下室もその中の品物も全て君のものだ。本来なら個人の所有物に対して我々冒険者ギルドは管轄外なところを協力した。依頼料無しで」
さすがギルドマスター、あー言えばこー言う。
ま、最初からドルグセンの手伝いなんて期待してなかったけどね。
「わかりましたって。その件は相殺でいいですよ。それで? 整理しているのを冷やかしに来た、ってだけじゃないんでしょ?」
「さすがブロンの弟子。察しが良くて助かるよ」
「はぁ、察しがいいも何も、あなたが自分から訪ねてくる時はいつもそうでしょ」
私は思わず肩をすくめた。
このドルグセン・ブリオッシュというエルフの男、一見すると飄々として弱そうに見えるが私の見立てではかなり強い。
ブロンと同等、それ以上かもしれない。
が、いかんせんこいつは自分で動かない。
まともに動いているのをこの五年間両手で足りるほどしか見たことがない。
いつも冒険者ギルドの自室にいる。
動いたかと思えば、こうして頼み事をしに来る時だけ。
ブロンもこいつが訪ねてくるたびに渋い顔をしていた。
聞いているだけで面倒くさい依頼ばかり持ち込まれたが文句を言いつつ、きっちり完了させていたブロンはさすがだと思っていた。
「で? 依頼は何? ブロンはもういないんだから変に期待されても困るわよ? 受ける受けないを決めるのは内容を聞いてからにするわ」
そう、ブロンはもういない。
それは当然、ドルグセンも知っている。
にも関わらず、こうして依頼をしてきたということは何かある。必ず何かある。
「何、簡単な依頼だよ。南にあるビアキという町の近くにプトンという山にある。その山中の迷宮の調査をして欲しいんだ」
「ビアキぃ? ここ領都ファーネフィが領地の北の方だからまるっきり真反対の方向じゃない。結構遠かったわよね?」
「片道歩いて約三日半、馬で約半日、亜竜馬で約二時間だな。馬でいいならギルドが貸してやるぞ」
「要らないわよ。行くとしたら自分で亜竜馬を借りる。それで何で迷宮の調査なの?」
ここまでのやり取りで私に断る気がない事を察してドルグセンは勝手知ったる応接室の方へ歩き始める。
それを見て私はドルグセンについて行き、リズ姉さんも色々察してお茶の用意をしに台所の方へ歩いて行った。
応接室のソファーに座ったドルグセンは私が対面のイスに座るとテーブルの上に常備してある飴を一つ頬張り、口の中でコロコロと転がしながら話し始めたのだった。