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第十九話

「はぁぁ、食べた食べた。やっぱりここのランチ、味いいわねー」

「はわわ、すごくおいしかったんですけど、私の所持金の二倍のランチとかぁ……」


 ランチを食べ終わり、食後のティータイム。

 目の前で『はわわわ』しているエイジスを横目で見ながら食事の最中に彼女がこれまで起こった出来事を私に話してくれた内容を思い返す。


 彼女は本当に冒険者としてつい昨日登録を行ったばかりのど新人らしい。

 そして登録直後のテンションが上がっている状態で掲示板にちょうど張り出されるところだったゴブリン討伐の依頼をソロで受けたとのこと。


 しかし予想以上にゴブリンが強く一匹倒したところまでは良かったが二匹目に対して体勢を崩した状態で斬りつけてしまい、刃が変な角度で入り剣が折れてしまったらしい。

 かろうじてゴブリンを二匹倒したもののゴブリンは数匹で行動する。残りのゴブリンを仕留める手段がなく、仕留めたゴブリンはそのままに命からがら逃げてきたそうだ。

 早々に武器を失ったエイジスは途方に暮れた。

 初期装備もなけなしのお金で整えたので余分なお金はあまりなく、かといって武器無しではまともな依頼もこなせないのでとりあえず残金で武器が買えないものかと思い、今日武器屋に行ったところ変な三人組にいちゃもんつけられた、と言う事らしい。


 ふーむ、おっかしいなぁ?

 ファーネフィの冒険者ギルドって登録したばかりの初心者に対しては必ず講習を受けさせるっていう決まりがあったはずなんだけど、なんでエイジスはそれを受けてないの?

 講習を受けて合格貰えていれば、剣を折るなんていう変な使い方はそうそうしないし、武器がなくても出来るような雑用系の依頼ってのを冒険者ギルドで紹介するよって話も講習の時にあるはずなんだけど?

 そもそも登録したての新人にゴブリン討伐? しかもソロ? そんなの受付で弾かれるはず、むしろ何で通った? もしかして規定でも変わった? そんなの誰からも聞いたことがないんだけど。


「ねーエイジス? あなた、ファーネフィの冒険者ギルドで登録したのよね?」


 やっと落ち着いて紅茶を飲み始めたエイジスに声をかける。


「はい、そうですけど?」

「その時、講習の案内って聞いてない? ここでは『初心者任意講習』といいつつ実際のところ『強制講習』何だけど」

「? いいえ、何もありませんでしたよ? 登録自体はとてもスムーズに行ってもらえましたのですぐ終わりましたし」

「んーそっか。なら、この後私も冒険者ギルドに用があるし、気になるから一緒に行ってみない?」

「は、はい! 是非お願いします!」



 ファーネフィの冒険者ギルドは冒険者になりたての者、いわゆる初心者の扱いを重要視している。

 冒険者は場合によっては死のリスクがつきまとう。

 もちろんその分リターンもあるが兎角初心者はリターンばかりに目がいき、無茶をして帰らない人になるケースが多い。

 一応星の数で依頼内容を制限しているものの自己評価を高く見積り、レイズしてまで上の依頼を何度も受けたがる奴は要注意。


 冒険者ギルドとしては冒険者達が依頼を受けて、尚且つ達成してくれないと利益に繋がらない。

 初心者が死にまくれば、その町の冒険者ギルドの悪評が立つし、冒険者自体がよその町に逃げてしまう。

 そうなると依頼が回らなくなり、町全体が廃れて依頼が減るといった悪循環に陥るのだ。

 通常はそれを避けるために依頼を受ける際はアドバイスや助言、サポートをしっかりする程度だが、ファーネフィではそれに加えて初心者が死なないための講習を強制的に施している、というワケだ。


 ま、それを企画提案したのがリズ姉さんで、強引に導入浸透させたのがブロンなんだよね。

 おかげで五年前から冒険者の質もファーネフィ自体の評判も上がって町はとても活気がある。

 風の噂で聞けばファーネフィ近隣の迷宮では物足りなくなり、他の迷宮を求めて巣立って行った冒険者達の活躍や評判も上々。


 私も講習導入のためのテストといった名目でブロンから鬼のようなシゴキを味わされたクチだ。

 白薔薇盗賊団で一線級の活躍をしていた私でもあまりの過酷さに根をあげ、リズ姉さんに泣き付いた。

 そのおかげか、初心者に行う講習の内容はかなり緩和されたと聞いている。


 もしかして導入したブロンがいなくなったから廃止されたとか?

 そりゃないか。ドルグセンも当時導入から賛成だったみたいだし、実際初心者の死亡率は下がって質も上がったんだから止める理由がないよね。

 じゃあなんでエイジスは講習を受けていないのだろう?

 ま、行ってリズ姉さんに聞いてみりゃわかるかな。



 大通りには沢山の人々が行き交っているが

 何故だか冒険者ギルドの周囲だけ活気が見られない。

 通りを歩く人も心なしか避けているようにも見える。


「何か変な雰囲気ですね。先日来た時はもっとこう周囲に賑わいがあって人が多数出入りしていたのですけど、何かの行事の最中とか? ……あ、中は普通に騒がしいですね」


 不思議そうな顔をしながら先行したエイジスが扉を開けて奥へとすたすた入って行く。


 よかったぁ。

 午前中のような光景が広がっていたら気まずすぎてどうしようかと少し心配していたのよね。

 エイジスが先に入ってくれて本当に助かったわ。


 エイジスに続いて私も喧騒とした中に入る。

 するとその場にいた冒険者全員が一斉にこちらを見たかと思うと談笑が止み、室内は一瞬の静寂に包まれた後、すぐに何事もなかったかのような喧騒とした室内に戻った。


「なんでしょうね、この雰囲気。私が入った時もなりましたよ。値踏みされているようでなんかヤな感じです」


 エイジスが私のそばに来て小声で話してくる。


 確かに嫌な感じではあった。

 でもあれはどちらかと言うと値踏みではなく、何かを確認しているような視線だった気がする。


 冒険者と言う職業をナンパ目的のためにやっている奴らもいるって聞いたことがある。

 あ、そーいやさっきそれっぽいのをぶちのめしたばっかりか。

 入ってくる人を上から下まで舐め回すようなあの視線。無いとは言えないわね。

 でもそうなると女性の冒険者までこっちを見てたのが不可解なんだけど……まぁ、話しかけてくるような素振りも無いし、ほっとけばいいか。

 んー、受付にリズ姉さんの姿はなし、か。

 じゃあとりあえず受付に行って呼び出してもらおうかな。


「こんにちは、マルチェさん」

「おっ? ひっさしぶりじゃん。ギルドに来たって事は、例の依頼の報告? ギルマス呼ぼうか?」

「あー、そっちは昨日の夕方終りました。屋敷のほうにちょうど居やがったので」

「まーた行ってたのか、あんのバカッ! 仕事が滞るから常にギルドに詰めとけって言ってんだけどなぁ、ゴミカスが! 毎度毎度ごめんね」

「ふふっ、大丈夫ですよ。それよりリズ姉さんって何時から受付に来ます?」


 チラリと壁にかかっている時計を見るマルチェさん。


「もうそろそろ来るんじゃ……って言ってるそばから来たわね。おーい、リーーズーー!」


 受付の奥の扉が開いてリズ姉さんがちょうど出てきた。


「リズ姉さーん!」

「あらお昼一番で来るだなんて、もう少しゆっくり休んでから来ると思っていたわ、エル」


 ガタガタガタッ!!

 私の後ろにいた冒険者達が一斉に騒めきだした。


「おい、あのリズさんを『姉さん』と呼ぶ、だと!?」

「リズさんのあのフランクな接し方……」

「と言うことは……もしかしてあの薄汚い外套を着ているのがエルセティ? 教官の言っていた?」

「噂の英雄ブロンの秘蔵っ子ってあれが?」

「まったく強そうに見えないけど……なんというか私でも勝てそうなんですけど?」

「噂によるとドルグセンから五つ星を提示されたのに辞退したらしいぜ?」

「最初の講習挑戦者……そして内容を軽減させてくれた——つまり、俺の女神!」

「リズさんの妹さん、あの娘にお義兄さんと認められれば……俺は、俺は!」

「リズさんリズさんリズさんリズさんリズさんリズさんリズさん……」

「あ、わりぃ今日から俺、エルセティちゃん派になるわ」

「はぁはぁはぁ、隣にいる緑髪の子可愛いぃぃぃぃぃ」


 あ、これ全部突っ込んだら駄目なやつ。

 無視しよう、無視。

 つか、後ろからの視線の圧が凄すぎてちょっと辛いんですが。


「ゆ、ゆっくり休んだわよ。あれくらいで何日も休んでいたら冒険者としてやって行けないって」

「そう? 大仕事の後は身体を休めるのも大切な冒険者のお仕事なのよ」


 それは知ってる。

 講習でも習うからね。

 でも今の私は《メサイア》の効果で常に回復しているので長期間の休みは必要なかったりする。

 言えないけど。


「ま、そのうちゆっくり休みは取るよ。今日は冒険者として本格的に行動するから依頼を探しに来たのもあるんだけど、先にちょっと聞いておきたいことが出来たの」

「聞いておきたいこと?」

「そ、この娘のこと。エイジス」


 私の後ろに立っていたエイジスをリズ姉さんに紹介、さっきの出来事を説明する。




「うーん、それは確かに変ね。講習の案内が無かった上に講習をせずに依頼を受けただなんて」

「……あっ! リズ、もしかしてあの娘の仕業じゃない?」


 隣で聞き耳を立てていたマルチェさんが自分の受付に来ている冒険者をほったらかしてこっちに身を乗り出して話に割り込んで来た。


 マルチェさん、リズ姉さんと話し合うの私としては構わないけどあなたの目の前の冒険者さん、あからさまに放ったらかしにされてちょっと涙目だよ? あとでちゃんとケアしてあげなよ?


「え? あの娘ってもしかしてサラのこと? あの娘はまだ見習いで一人でここに立てないはずでしょ」

「うーん、それがね。私も今朝知ったんだけど、昨日の夜勤に入っていたらしいのよ。しかも指導相手はドロテアって言うね。組み合わせだけ見てももうトラブルの予感しかしない……」

「はぁ、きっとそれね。昨日は私も非番だったから夜勤の組み合わせなんてすっかり見落としてたわ」


 こめかみに手を当てて項垂れたリズ姉さんはエイジスに向き直り、深々と頭を下げた。


「エイジスさん、ごめんなさい。貴方が講習を受けれずに依頼を行って剣を失い、危険な目に遭ったのは当方のミスに他なりません。ギルドマスターに代わり謝罪致します」

「えと、大丈夫ですよ! 私は怪我もしてませんし、エルセティさんのおかげで前よりも立派な剣が手に入りましたし!」

「——その剣は俺のだぁ! ぜぇぜぇ、見つけたぜ緑髪に銀髪ぅ! もう容赦しねぇ、今度は本気で叩きのめしてやるからなッ!」


 突然聞こえた怒号に後ろを振り向くとさっき張り倒した三人組が荒い息で立っていた。


 いい感じに気絶させたと思ったのに気がつくの早くない?

 見た感じ急いでここまで来たってくらいの疲労感だけど、なんでここに私達がいるってわかったの? ただの偶然?


「はっ、何で『ここがわかったの?』って顔だな! いいぜ、教えてやる。武器屋の親父だよ。親父と『和解の握手』をたっぷりしっかりがっしりとしたらお前達が冒険者ギルドに向かうって話をしていたのを『親切』にも教えてくれたぜ!」


 親指と人差し指で輪っかを作り、ヒラヒラさせる男。


 はぁ!?

 あのタヌキ親父めぇぇぇ、何のために迷惑料払ったと思ってんのよ。これじゃあ何の意味もないじゃない!

 私とこいつらからの二重取りとかふざけんな!


「だがやるのは俺達じゃねぇ。おい、アニキを呼んで来い!」

「へへっ、アニキが相手となるとあの嬢ちゃんも終わりだな。相手が悪りぃ」

「よしきた、オイラが呼んで来るぜ! 首を洗って待ってろよ!」


 三人組の一人が外に駆け出して行った。


 てか、あんたらが本気を出すんじゃないの?

 アニキって誰よ?

 つか、もう関わりたくないんですけど。


「おうおうおう、俺の弟分を可愛がってくれたのは誰だぁ!?」

「この女です、アニキ!」

「はぁ? お前らこんなチンチクリンに負けたって? 一つ星からやり直した方がいいんじゃないか?」

「まま、そう言わずに頼んますよ、アニキぃ〜」

「しょーがねぇな。つーわけで、女。痛い目に遭いたくなかったらこいつから奪った剣を返しな。んで、詫びとして金目のもん全部置いていけ。そうしたら許してやる」


 こいつ、正気なの?

 ここは冒険者ギルドの室内なのよ。他の冒険者も見てる中で堂々と恐喝まがいな事をして無事で済むと思ってるわけ?


「はっ! 恐ろしくて声も出せねぇか。しょーがねぇ。俺の内面から溢れる強さは隠せないからな」

「……はあ」

「俺はあの伝説『天下五剣』のブロンが頭を下げて弟子になって欲しい、と頼んで来たから仕方なしに弟子になってやったほどの実力の持ち主なんだからしょうがねぇな」

「…………はぁ?」

「うわっ、出たぁー!」

「あぁーあ、この銀髪それを聞いてブルって固まっちまいましたよ」

「へいへい、ビビってるぅ」


 何言ってんの、こいつ。

 ブロンが頭を下げて弟子になって欲しい、と言って来たって?

 そんなバカなことあるわけないでしょう!

 私と一緒に冒険している時も何人弟子入り希望者が来て簡単な試験すらクリア出来ずに追い返された奴ばっかりだったし、弟子の存在なんて聞いたことないわ。

 いや、でももしかしたら私を引き取る以前にそう言う事があったのかも……?


「へ、へぇ。あのブロンに弟子なんて居たんだ。それって何年前に弟子だった話なの?」

「はぁぁぁ? 何年前だぁ? バカかお前、一年前から現在進行形で弟子でいて『やって』るよ! ブロンが辞めないでくれってしつこいからな!」


 はぁぁぁぁん?

 ふぅぅぅぅぅん?

 ほぉぉぉぉぉぉん?

『現在進行形』ねぇぇぇぇ?

 こいつ、言うに事欠いてとんでもない失言していることに全く気付いて無い。

 さすがの私もこれにはカチンと来たわ。

 リズ姉さんの前じゃなかったらとっくに肉塊にしているところだわ。


 チラリとリズ姉さんを振り返って見れば、顔自体はいつもの受付スマイルなんだけど、目が笑っていない。つか、頬がピクピクしてる。怖い。


 そして冒険者ギルド内の空気もさっきと打って変わって異様なまでの緊張感が、いや殺気が立ち込めていた。

 にも関わらず対象となる男達はこの状況に全く気付いていない。


 今も自分がどれだけブロンに目をかけられているかを滔々と語っている。

 悦に浸っているからだろうか、語れば語るほど周りの冒険者達の殺気が増していくことに未だに気付いていない。


 もはやこの冒険者ギルドは彼らにとって死地と化していた。


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