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第十六話

悪鬼のような形相でハゲイ、もといガチデスが

カサカサとまるで地を這うような姿勢で迫っているが、さっきまでのような焦燥感は微塵も感じられない。


歯を食いしばり、肋骨の折れた痛みに耐えながら最小限の動作で静かに剣へ残り少ない魔力を込める。


「……【蝕め(バッドデッド)】」


魔力を込めればその発動率は上がり、発動後の効果が現れる時間も早くなる。

私にはもう武器がないと思い込み、勝手に油断して踏み込みすぎていたガチデスの眼前にそっと剣を突き出す。

私にはもう剣を振る力も無い。飛び込んで来てくれるのを待つだけ。


向かって来たガチデスはギリギリのところで目の前に現れた剣に気付き、身を捩るが避けきれずその肩に一撃を喰らい、飛び退いた。


「ちぃッ! まだ武器を隠し持っていやがったか。だが残念だったな、温存しておいた武器で不意をついても俺様にはこの程度のかすり傷しかつけられなかったようだぜぇ?」

「……」

「普通に斬っても最初の剣のように折れると踏んで俺の勢いを利用したカウンターの突き、置きにきたか。悪くない、悪くないが俺には通用しなかったなぁ!」


ガチデスが警戒して攻撃の手を止め、何か言っている。

しかし私にはもうあと僅かの体力と魔力しか残されていない。

もう今は何でもいい。とにかく時間を稼ぐ。


私は剣を杖代わりにして倒れそうになるのを拒否すると上目遣いでガチデスをキッと睨む。


「あ〜ん? 何か言いたそうだな? 今更命乞いなど聞かねぇぞ?」

「死ね、クソ野ろ——あ、ぐっ!」


殴り飛ばされた私に自力で立てる力は残されていない。


「あぁそうかそうか、わかったぞ。お前、もう起き上がることも出来ないな? さっきのは最後の足掻き、蝋燭が燃え尽きる前の攻撃って奴だな。くはははははは、いいぜいいぜ。最後まで諦めない奴は嫌いじゃねぇ。その方が楽しめるからなッ! あーそうだな、白薔薇盗賊団の流儀には反するがとどめを刺す前に四肢を折り、穴という穴を犯してやろう!」

「……」

「女には興味が無かったが、何でか知らんがさっきから()()()()でな。穴ならなんでもいいから突っ込みたくて堪らないんだよ!!」

「ゲス野ろ——あ、ぐっ!」

「アヒャヒャヒャヒャ! そーだ、いいぞ。折れるなよ、最後まで折れるなよエルセティ!」


まるでボールのように数度蹴り飛ばされるが剣だけは握ったまま離さない。


「剣は離さねぇか。こりゃ俺がブッ刺したら俺も刺されちまうかもしれなねぇなぁ? おー怖い怖い。オラァッ!」


蹴り飛ばされる。

壁に当たって跳ね返って来たところをまた蹴り飛ばされる。

天井に当たって落ちて来たところをまたまた蹴り飛ばされる。

どこにもぶつからず部屋の反対方向からまたまたまた蹴り飛ばされる。


「しぶてーな、まだ剣を離さねぇか。まあいい、もう動かすことなんて出来ねえだろ」


もう無駄口は必要ない。


「もう俺も汁が垂れて垂れて我慢の限界だぜ。そろそろ仕上げと行くか。ほぉれ、まずは右手ぇ〜!」

「んッ!」


鈍い音がした。

私の右肘がありえない方向に折れ曲がる。

と同時に襲ってくる激痛に声を殺し耐える。

悲鳴をあげたところでガチデスを喜ばせるだけなのはわかっている。これ以上こいつを喜ばせる趣味も意味も無い。

私はガチデスの嗜虐心を適度に煽りつつ、耐えて時間を稼ぐだけでいい。


「はいはい、お次は左足ぃ〜!」

「〜〜ッ!!」


虫を踏み潰すかのような雑な動作だったが最も簡単に私の左脛がくの字に折られた。

悲鳴はあげない。

顔は苦悶に満ちている反面、心中は少しでも時間が稼げてほくそ笑んでいる。

こいつは気がついていない。


「ほれほれ、どうしたぁ抵抗しないのかぁ? もう終わりかぁ? 今度はその剣を握っている左手の〜、甲! 次はその指を一本ずつ折ってやろう」

「ッ!! 〜〜ッ!!」


私の手の甲を踵で踏みつけ砕いた後、ガチデスは喜悦の表情で私の指を一本一本を折る、というよりも握り潰していく。


はっ、せいぜい今の間に楽しんでおくがいい。

この、さっきあんたを傷付けた武器が何なのか、知ってから後悔するといい。


「ッッ!」

「残りの、右足どーん! ……さぁ〜、次はお待ちかねのメインディッシュだ」


右膝に飛び乗るように両足で踏まれ、膝が砕けた。

その後ガチデスは腰布に手をかけた。


そろそろ効果が出てもいい頃なんだけど……。


「あ? は、はんだ? か、かはだが……? ちはらが、でな、い」


きた!

さあガチデス、過去にあんたが如何に最悪の武器を、一時の戯れに創り出したのか、思い知るといい。

こんな大事な事を見落として、私の四肢破壊なんかに興じているからこうなるのよ。

ま、私からすれば忘れてもらって助かった、ってところなんだけどね。


身体の自由が効かなくなってきたガチデスが私の目の前で膝から前のめりに倒れる。


「ほまえか? は、にを、ひた? へルセ、ティ」


ガチデスの問いかけには答えず、芋虫のように這いつくばり先ほどまで握っていた聖骸布を巻き付けた剣の柄を歯でしっかりと咥え膝立ちになる。

その拍子に聖骸布の一部がハラリと解け、剣が露わになる。


「ッ!? ほ、ほれ、は盗、賊団の、時ふぉ剣! ぐぎぎき、ほうと、ふぁふぁっ、てふぃればへったいに受け、たりしな、かった、お、のれッ!」


身体の麻痺。

継続的な毒のダメージ。

五感の低下。

筋力の弛緩。

魔力の継続的漏洩。

呪いによる身体能力の低下等々。

この剣、パンドラにはアンタ達が戯れに加えたこの世のあらゆる毒や呪いが山盛りなことを漸く思い出したようね。

どうせ使うのは私だから、と言って加え過ぎたせいで使用者である私にも影響が出ていたのにそれがまた面白いとか何とか盛り上がりやがって。

柄を口で咥えている今もびりびりと毒が回り始めているからあんまり時間は無いわね。


「はて! はてヘ、ルセ、ティ! ほれが、ほれが、はるか、た。ふるして、くれ。ほう、ほまえを、ころほ、うはんてしはい! はから——」


何言ってるか、わかんないわよ。

もう、正直あなたの顔は見たくないの。


(これで……終わり)


剣をしっかりと咥えたまま、うつ伏せになっているガチデスへと勢いよく倒れ込む。

すると咥えていたパンドラはガチデスの側頭部へ深々と突き刺さった。


「がっ!? あぁヘル、ヘルセ、テ……」


ふん、さっさと消えなさい。


全身を捻るようにパンドラを斬り上げる。


側頭部から頭蓋を両断され、コト切れたガチデスの目から生気が失われていく。

と同時にガチデスの体は現れたときの反対、体の端から真っ黒い煙になって霧散していった。


体全体が真っ黒い煙になってなくなったのを見届けて私はやっと警戒を解いてパンドラを離して床に仰向けで寝転んだ。


「はぁはぁ……終わった、んだ」


気が付けば、後ろに感じていたはずのブロンの気配も無くなっていた。


「ありがとう、ブロン。……私、やったよ」


頬に涙が伝う。

少し痺れが残る左手の二の腕を顔を当てる。


あの時、ブロンが後ろで支えてくれなかったらここまで頑張れなかった。身体も動かなかった。気持ちも切れていた。

ガチデスを倒せたのはブロンのお陰だ。

ファーネフィに戻って落ち着いたらもう一度お墓参りしに行こう。


私はしばらくそのまま動かなかった。



……それにしてもいったいあいつ何だったのだろう?

状況的にこの部屋の主なんだろうけど、五年前に人間だった男が迷宮主になる、なんてことあるのだろうか?

ま、考えるだけ無駄か。

答えなんてわかんないもんね。


さて、しかしこれからどうしよう?

私の体は右手、左手、右足、左足の四肢全部あいつに折られて少し動かすだけでも激痛が走る状態だけど、命の危険性はない。と思う。

この部屋も今のところ他の何かが現れる気配は感じられない。

あるとしたら例の祭壇にある《鞘》をどうにかしたら何だろうけど、これ以上何かが出て来たら、終わり。どうしようもない。あいつで終わりな事を祈るばかりね。


「う〜ん、手足の事はさて置き。すぐさま死ぬような状況じゃないし、パンドラを使ったから少し手足が痺れているけど持ってきた状態異常回復セットは……あーダメだ。またブロン直伝の『勿体無くて使えない病』が発現してしまったよ。体験的に放っておけば治る、とは言え、こういう時にこそ使うべきものなんだろうけどねー」


とりあえずさっきから気になっている祭壇の上にある《鞘》を見に行ってみるか。

その前に……。


最初、《鞘》は透明な塊の中にあった。

ガチデスが現れる際、透明な塊は蒸発して真っ黒い煙になり、ガチデスを形作っていった。

そしてガチデスを倒した後、真っ黒い煙は祭壇上に戻らず大気に溶けるように霧散していった。

この事から多分今、《鞘》は剥き出しで触れる状態……のはず。

迷宮主の部屋で主らしき敵を倒して未だ帰りの道が現れてない。考えられるのは、

――まだ敵がいる。

実はガチデスは主では無かった説。

もしくは主を倒した報酬を受け取っていないから。

のどちらかだと思う。

前の方の考えだと割と積んでいるから、後者であることを切に願う。


私はガチデスの側頭部を貫いた後、床に転がしていた忌まわしくも世話になった剣を一応用心のために回収。

かろうじて聖骸布が巻かれている箇所をまたしても口で咥え、折れて動かない手足の激痛に耐えながら、芋虫のように這って祭壇の階段を登る。


あぁ、登りづらい。

手足、せめて足だけでもまともならこんな苦労はしなかったのにガチデスめ、きっちり両手足全部を折りやがって。あの状況じゃアレしか勝ち目がなかったらしょうがないか。

しかし生き残れた事は自体はよかったけど、よく考えたら帰り道、これ詰んでるんじゃ?

ここまで落とされたから少なくとも登る系だよね?


 


〜イロイロ教えて! のコーナー3〜


「リズと」

「えるせてぃの」

「「イロイロ教えて!」」


「はい、リズです。今回も突然ですが、怪我をした場合と魔法について教えちゃいます」

「ふっ、あたらなければどうということもない」

「エルちゃんなにそれ?」

「にきたちがだいすきなせりふのひとつ。いちどいってみたかったの。つか、あたらなかったらしなないよね? わりとただしくね?」

「それが出来たら冒険者さん達も安心安全万々歳なんだけどね。現実問題、どうしても冒険者さん達は怪我をする場面が出てきます」

「ほむほむほむら」

「特に大きな怪我をすると治るまで冒険、つまりお仕事できなくなってしまいます。なので皆さん怪我には細心の注意を払って活動しています」

「え〜? けがなんてまほうでちゃちゃっとなおしてもらえばいいんじゃなーの?」

「確かにそういう選択肢もある事はあります。でもね? みんながみんな魔法を使えるわけじゃないし、怪我が治る魔法いわゆる回復魔法と言うのは比較的大きな教会でしか行っていなくてとてもお金がかかる行為なの」

「せいしょくしゃがしふくをこやす……ぜにげばだね!」

「回復魔法自体が貴重と言うか珍しい魔法だからある程度はしょうがない、かな? とは言え、大きな怪我だと何日も通ったり、教会で一室を借りて継続して治療を受けないといけなかったりするのでよほど稼いでいる冒険者さんでないとそこまでの治療は受けないんだけどね」

「なんでかいふくまほうがつかえるひとがすくないの? ほんきでさがしたらけっこういそうじゃない?」

「回復魔法だけで無く、そもそもの話なんだけどね。魔法自体が貴重なのよ」

「へ? まりょくはみんなあるよね? みんなふつうにひをつけたり、みずをだしたりしてるよね?」

「えるちゃんのまわりはそうかもね。魔力は貴族も平民も動物も魔物もみんなあるけど、一般的に魔法を使うには精霊と契約しないと使えないのよ」

「じゃみんなけいやくすればいいんじゃね?」

「だよね。そう思うよね? でもそうなると困る人が出てくるわけで」

「こまる? みんながまほうをつかえるようになってこまるひとこまるひと、んーーーーまほうがすでにつかえるひと?」

「正解、いわゆる既得権益者ね。魔法が貴重なのは使える人が少ないからなんだけど、みんなが使えたらそれはそれで世の中のバランスがおかしくなる、って言われているので希少性が維持されているって感じ」

「ほーん、いわゆるおとなのじじょうってやつか。ところでけいやくはどうやってするの? そのへんにういているせいれいにぼーるをぶつけてげっとすればいいの?」

「ぼーる? 動物や虫じゃないんだからそんなに簡単には出来ないよ? 契約は儀式を行う必要があるんだけど、それは国が運営する魔法学校に入学しないといけないの」

「おーみえる、しゃくいのたかいおきぞくがおやのななひかりでえらそうにしていやがりますななんともくそなようすがみえるぞよ」

「そういう事もあるかなー。とりあえず今回はここまで。魔法学校については長くなるのでまたの機会に」

「まとめると、びんぼうにんはけがしたらきあいでなおせ。かいふくまほうはほとんどのやつがもってねー。まほうがつかいたきゃがっこうへいけ。つまりおおけがしたらびんぼうぼうけんしゃはしぼうかくていってことだね」

「まあ、確定とまでは言わないんだけどね。厳しい状況に置かれるのは確かですね。という事で今回はここまで。お相手は——」

「ぽちっとな」

「んっ! エルちゃんいきなりなにす——」

「リズねえさんのぽっちをぽちっとな」

「あんっ! こら、ちょっ——」

「ぽちっとな」

「んっ!」

「ぽちっとな、ぽちっとな、ぽちっとな」

「あ、んっ、はぁんっ! ……え〜る〜ちゃ〜ん? いい加減にしないとぉ」

「いやなかおをされながらみるおぱんつもいいけれど、しゅうちしんぜんかいのまっかなかおをみたいがためにぽっちをおすほうがすきなえるせてぃと」

「…………リズでしたっ!」

「おぱいにきせんなし! b地区」


——閑話休題


「あーぁ、こんな時に伝説のエリクサーがあればなぁ」


——エリクサー

伝説の回復薬。

疲労を軽減するポーションや魔力を回復するマジックポーションと違って怪我をたちどころに治してしまうとんでもない薬。

国の宝物庫で厳重に保管されていたり、とある大貴族がいざという時のために庶民では到底お目にかかれない大金を出して購入したと言われている価値のある貴重な物。


今あれば、こうパパッと使って……つか、って…………あーうん、やっぱり『勿体無くて使えない病』って厄介だね。

仮に持っていたとしてもすぐに死ぬ危険の無い今の状況で使える気がしないわ。

これがこの病を患っている者の末路。

果たして治る事はあるのだろうか……?


などとどうでもいいことを考えながら這い進み、やっと祭壇上に辿り着いた。

そこで私は驚愕の光景を目の当たりにするのだった。

 

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