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第十五話

 迷宮主の扉はやけに重たく、これまでの扉と違い完全手動だった。

 まるで部屋に入られることを拒んでいるかのようだったので私は全力で押し開けた。


「ふぅ。ホントこの迷宮は最後まで一筋縄ではいかないというか、天邪鬼な迷宮よね」


 一般的に迷宮主の扉は他の扉に比べると豪華であることは共通している。

 しかしこれまでの扉は開く際、訪問者を拒むようなことは無かった。むしろ招き入れるかのように勝手に開いてきた。

 作り込まれた見た目とは裏腹に簡単に開く扉ばかりだったのに。


「ふーん。さっきの部屋に似てるわね。この部屋もガランとして何も無い。間仕切りもなければ魔物の気配も無い。ただ一つ、あの部屋の中央の怪しい気配がしている祭壇を除けば、ね」


 やっとの思いで私一人がなんとか通れるくらいの隙間を開けて室内を覗き込んでいた。

 例の如く魔力灯による光源が用意されているので室内は入口から一番奥が見えるほどに明るい。

 部屋中央の祭壇の上。何かの塊らしき物がある。それが何なのか、ここからではわからない。


 部屋に一歩踏み入った瞬間、言いようのない悪寒に襲われた。


 引き返せるなら引き返した方がいいと私の勘が過去最大の警報を告げている。

 祭壇に近づけば間違い無く、これまでの人生で最大の命の危険に晒される、と。

 私の勘はよく当たる。

 特に盗賊時代はこの勘に従っていたので生き残れたようなところもある。


 迷宮の外までの退路を確保してからこういう部屋の探索を行いたいところだけど……今更か。

 でも何となくだけどこういう状況でこの手の扉はあの祭壇の辺りまで行くと勝手に閉まって部屋から出られなくなる、気がする。

 少しでも退路を確保するために一応、やっておきますか。


 床は石畳。

 これまで出番の無かった炎剣(レッドオブフレイム)を扉中心の石畳みの隙間に突き立てておく。

 こうすれば扉が閉まろうとした時に炎剣の横幅一本分の隙間が確保される。

 たかが剣一本分だけど、完全に閉まるよりはマシだと思う。


 とりあえず祭壇を確認する前に部屋の中、壁伝いに歩いて外周を一周。

 入口の扉の他に出口は無し。罠も無し。

 部屋の奥に行っても何の反応も無し。


「はぁ、これ祭壇に行ったら何か起こるってことで確定じゃない。さて、何が出てくるやら。……とりあえずゴブリンとオークだけはもう勘弁して欲しいところよね」


 私の身長よりも若干背の高い祭壇。

 その上にあるものが何なのかはこうして近付いてみてもわからない。

 代わりに嫌な気配の濃度はグンと濃くなった気がする。

 今のところ何も反応がないのでとりあえず祭壇正面の階段で上に登ってみる。


 もしかするとこの祭壇の上にある《何か》を壊したり取ったりすればこの迷宮を踏破したとみなされ脱出路が開くかもしれない。

 そういう迷宮があると言う話も全く聞かないわけではない。


「んーこれは何だろ、氷? けど冷たくないな。氷みたいな透明な塊の中に装飾剣があるの? もしかしてこれ封印されてる? いや待って違う、これ剣じゃない。柄も無ければ鍔も無い……もしかして《鞘》、だけ? なんで鞘が封い——!?」


 突如襲ってきた吐きそうな程の嫌な気配を感じて思わず祭壇から飛び退いた。

 見ればさっきまで私がいた祭壇上に真っ黒い煙が立ち込めている。


「透明な塊が蒸発して真っ黒い煙になっていく!?」


 それは次第に人の形を為していく。


「アーーーーーハーーーーーーッ!!」


 この声、あの人影、あの後ろ姿、もしかして……そんな、まさか、あいつは五年前に死んだはず……死んでるところは見てないけど、ナノアが倒したって……。


「アーハーッ! んーーー? お前、どこかで見たことあるような? どこで見たんだったかぁあー、あーあーあーーー! わかった、誰かと思えばエルセティ、お前エルセティか! はぁぁぁぁんほぉぉぉぉん見違えたなぁ、一瞬誰かわからなかったぜぇ」


 どんな時でも上半身裸のショートパンツ、裸拳が奴のアイデンティティ。

 筋骨隆々のがっしりとした体つきに鷹のような鋭い目つきに面長で高い鼻。

 スキンヘッドかと思いきや、後頭部の首の後ろ部分だけ伸ばして結わえている独特の髪型。

 その相貌は様々な漢を虜にしてきたようだが私達にとっては忌まわしき相貌でしかない。


「白薔薇盗賊団、ガチ・デス……の頭兄貴」

「アーハーッ! そうだぜ、そうだぜぇエルセティィィィィ! あの日あの時あの場所で、俺様はあんのナイスガイにやられちまった、ところまでは覚えてるぜぇ。いやぁあの一撃にゃ痺れたねぇ」


 心臓の辺りを愛おしげに撫でるガチデス。

 確かナノアに聞いた話によると最後は心臓を貫いて倒した、とか言ってたっけ。


「アーハー。しかしなんで今、ここに立っているのか、詳しいことは俺様にもわからねえ。だがお前のおかげでこの世に舞い戻って来れたってことは何故だかわかる。わかるんだよありがとうよぅ、エルセティ!」


『ありがとう』だって? ガチデスが? ホントに? ……きんもっ! そして寒っ! 気は確かなの? もしかして偽物なんじゃないの?

 昔はガチデスと顔を合わせるたびに『教育』称して殴る蹴るの暴行を受けていた私だ。

 その時のトラウマでガチデスの顔も見るのも声を聞くのも嫌だし、吐き気がするし、震えてくる。

 けどそんな姿を見せるとガチデスは嬉しくなるらしく、『教育』が輪をかけて酷くなるので表面上は何も感じてないように、鉄仮面を被っているつもりいたら凌げるようになっていた。


「アーハー! もう一個、俺にはわかるというか、やらなくちゃいけないことがあるんだ。エルセティ、わかるかぁ?」

「もしかしてナノアを探して復讐する、とか?」

「アーハー。あーそれな、それはもういい。あいつが美男子だったから気にしちゃいねえ。イケメンは何しても許されるってのは本当だよなぁ。やらなきゃならねぇことはなんつーかな。んー、さっきからうずうずしてんだよ。……目の前にいるエルセティ、お前を殺したくて、殺したくて、殺したくて仕方がねぇんだよ!」


 目の前にいるガチ・デスから殺意が噴き出す。


「俺をここに呼んでくれた礼、と言っちゃぁなんだが……苦しめ抜いた上で殺してやんよッ!! 【欲しいものはこの腕で(ゲットボーイッ)】!」

「くっ!」


 なんでお礼に殺されなきゃならないのよ、というツッコミはさておき、このガチデスの攻撃。放った攻撃に加えて反転した追加の一撃が鏡写の形で軌道を変えてで発生する、というもの。

 つまり黒光する剛速の拳が左右から違う軌道で私に迫る。

欲しいものはこの腕で(ゲットボーイッ)】、ガチデス愛用の魔道具の能力なんだけど、今はどこをどう見ても魔道具を所持していない。

 あれは確かピアスだったはず。

 今のガチデスは犯罪者の埋葬にありがちな腰巻一つ。

 なのにどうしてそれが使えるだろう?

 すでに目の前まで迫っている死の塊に対して強引に身体を捻って紙一重で回避し、大きく飛び退く。


 こいつ五年前より速くなってる、なんで!?

 あれから私もブロンの地獄のしごきに耐えて五年前より確実に強くなっている自信がある。

 なのにあいつ、ガチデスの方が速いってどういう事よ!?

 こうして、ガチデスの、攻撃を凌ぐ、だけで精一杯、とか……


「アーハーッ! 【ゲットボーイ】どうしたどうした、躱してばかりじゃ【ゲットボーイ】終わんないぜ? 【ゲットボーイ】こいよ、おら【ゲットボーイ】おらおらっ!」


 確かにこのまま逃げてばかりじゃいつかあの豪速の拳に捕まってしまう。

 流れを変えるために攻撃したいのはやまやまなんだけど、さっきから身体がどうにも思い通りに動かない、動き出しがどうしても一歩遅れるんだけど!?


「アーハーッ!」


 ガチデスが振り下ろしの大振りの攻撃を躱して背中が見えた。

 こいつはチャンス!


「せえぇぇぇぇぇっ!」


 私の前に現れた無防備な背面へ胴体を真っ二つにするつもりの全力で斬りかかる。

 さっきのゴブリンやオークならこの一撃で易々と両断出来るほどの威力。

 対人戦、ましてや防具を何もつけていない相手なら十分過ぎるほどの攻撃。

 もらった!


「アハッ!」

「う、うそ……」


 乾いた音がした。

 振り抜いた私の手の先を見れば、この五年間苦楽を共にした愛剣フェアリーカットの剣身が真ん中付近からポッキリと折れていた。


「アーハー! そういやエルセティ、剣使いのおまえには俺の二つ名を敢えて教えないようにしていたっけな? 『剣の天敵(ソードクラッシャー)』俺様の筋肉を貫ける剣なんてこの世にそうあるもんじゃねぇ。万が一お前が反抗してきた時、その絶望の顔を楽しみしていたんだが、まさかこんなところで拝めるたぁな。くはははは、笑いが止まらなねぇ。まったくいい顔しやがる!」


 妖精のように軽やかに舞いながら敵を倒すのがコンセプトの剣だったのにガチデスを前にしてそんな基本的な事を忘れてしまうなんて。

 フェアリーカット、情けない持ち主でごめんね、今までありがとう。

 仇は必ず取るから!

 残りの剣を使ってこいつを、ガチデスを必ず倒す!


「ならこいつで抉れ死ね、ガチデーースッ!! 【抉り取れ(ラァヴィン)】!」


 ブロンの大剣 抉り魔斬月と手に取り、背負っていた背嚢を投げ捨て、魔力全開でガチデスへと斬りかかる。

 対してガチデスは何を考えたのか、両手で挟むように抉り魔斬月を受け止めた。


「アーハーッ! 言ったろう、俺様は『剣の天敵(ソードクラッシャー)』、剣での攻撃なんて効かね……はあっ!? なんだ、こりゃ! 俺様の手が抉れる、だとッ!?」


 消えろ、ガチデスッ!

 お前みたいな奴はこの世にいちゃいけないのよ!

 もう駆け引きも何も考えない! 私の全身全霊全力全開全部を使って、これで終わらせる!!


「ああああぁぁぁぁぁッ!」


 過去最高に剣身を光らせた抉り魔斬月の一撃がガチデスを抉り殺そうと襲いかかる。


「アーハーーーッ!? ……なーんてなぁ。こんなもんタネを知っていれば、対策なんてどうとでもなるんだよ」


 その受け止めている手ごと抉り取る勢いで私は力を込めるも最初に抉った箇所からその刃は全く進んでいない。


 私の魔力全開で攻撃してるのになんで、どうしてなの!?


「アーハー。おー怖ぇ怖ぇ、本気のエルセティちゃんは怖ぇなぁぁぁぁ! だーが、残念。言ったろ? 俺様はこんな魔剣程度じゃあ倒せねぇんだよ」


 そんな、そんな筈はない。

 この大剣は、ブロンの大剣ならこんな奴くらい余裕で倒せるはずッ!


「う、うぐぐぐ……」

「アーハー。随分苦しそうな顔してるじゃねえの? まだ俺様の手のひらすら全然抉れてないんだが? 反応が面白そうだから教えてやんよ。その大剣、あのブロンの抉り魔斬月だろ?」


 ッ!? こいつ、なんで知ってるのよ? 私、口に出してた!?

 いくらブロンが愛用して肌身離さず持っていたとは言え、その性能は秘中の秘で普段はよく切れる大剣ってことで通していたから知る人は少ないってブロンが言っていたのに……


「アーハー。その顔は当たりだな。なぁに簡単なことよ。俺達の業界じゃあ実力のある冒険者の情報を仕入れるのは当たり前なんだよ。特にブロンなんて大物が近くにいれば警戒して当たり前。対策はバッチリってわけだ。ま、ファーネフィ騎士団の秘蔵っ子『血閃』があんなところまで出張ってくるのは完全に想定外だったけどなぁ」

「その『血閃』だけどあんたを仕留めた功績で今や騎士団の副団長様よ」

「アーハー。さすが俺様の貢献度、すごいもんだねぇ」


 ナノアの話でお茶を濁してみたものの、強敵用に持ってきた主力がこの有様ではまずい。

 くそぅ、ブロンのやつぅ。

 何が『秘中の秘』よ、肝心要の悪党に情報が漏れていたらなんの意味もないじゃない! バカバカバカぁ!


「アーハーー! そろそろいいか? しっかり握っとけよ? アッハッ!」

「えっ? きゃあぁぁぁ!」


 突如、抉り魔斬月を両腕で抱え込んだガチデスは自ら素早く内側にきりもみ状態で倒れこみ、私と言うより抉り魔斬月に体重を乗せ、回転力という凶悪で強力な負荷をかけてくる。


 私自身に直接的なダメージがなかったこと、この強悪な敵を前に武器を手放すことの危険性を本能が瞬間的に察してしまい、つい大剣を手放すどころか握り込み力んでしまった。


 ガチデスの回転力と私の抵抗力、それらが相反する方向に作用して抉り魔斬月本体に瞬間的にとんでもない負荷がかかった。

 その結果……


「アーハー! これで二〜本目〜。いいねいいねぇ〜。ほれほれ、待っててやるから早く次の獲物を用意しな、エルセティ」

「くっ、オリハルコンの剣身と鋼鉄製の本体をねじ砕くなんて……このバケモノめ」


 このブロンの形見、抉り魔斬月が砕かれるなんて信じられない。

 武器としての耐久性が無かったわけでもない。ちゃんと手入れはしていた。

 なのにこうも簡単にバラバラに破壊するなんて……


 余裕たっぷりのガチデスに見下ろされている中、丸腰になっていることに気が付いた私は転びながら距離を取り、起き上がって先ほど投げた背嚢へと向かう。


「痛っ! そりゃあんな回転しているところを素手で握っていたら、こうわるわよね」


 ズル向けになった両の手のひらから血が滴り落ちていることに気付く。

 走りながら自分の服の裾を破り、両手に巻きつける。

 それでもまだ痛いが何もしないよりはマシだ。


 私は背嚢から氷剣、風剣、土剣をまとめて取り外す。


「アーハー。今度は基本属性の魔剣か。いいねぇいいねぇ、俺様にもダメージが通るかもしれないから気をつけなきゃあな」


 確かに五年前、ガチデスにダメージを与え倒したのは騎士団のナノアだ。ナノアも風属性。もしかすると基本属性の攻撃に弱いのかもしれない。

 でもそれは何年も使い慣れた相棒のような武器があってこその結果だろう。

 私のようなブロンのコレクションの中から使ったことのある魔剣を持って来ただけの付け焼き刃とは全然違う。

 きっとそれはガチデスもわかって言っている。

 でも今の私にはそれらを使うしかない。

 さっき仕留めるつもりで全力を出してしまったから残りの魔力は正直あと僅か。

 果たして仕留め切れるだろ——ああぁぁぁッ!?


「アーハーッ! ハイハイ、ゴメンよぉ? 俺様を前にしてよそ見と考え事はいけないなぁ? それともどれを使うか本気で待ってくれるとでも思ったか? バカなんですかぁぁぁぁ?」

「く、この、ガチデス……! ガハッ、待ってて、くれると少しでも信じた私がバカだったわけね。 でも乙女の後ろから、襲いかかるなんて、あんまりじゃない? 嘘ばかりついてると女性にモテないわよ」


 氷剣、風剣、土剣を取り出して一瞬視線を落としてどう戦うかを考えていた隙を突かれ、ガチデスに裏拳で横殴りに吹き飛ばされた。その際、私の手を離れた三本の剣はガチデスに即座に踏み砕かれた。


「アーハー! 俺様が女に興味がないのは知っているだろう? イケメン相手ならこの荒ぶる三本爪の鷹のポーズで大人しく全裸待機していたが——」

「【咲き誇る紅き大輪(インストールフレイム)】!!」

「アーーーーーーハーーーーー?!?」

「ふ、ふふお返しよ。魔力の炎はよく燃えるでしょ? これ、で死んで……いいわよ」


 いたたたた。

 今ので肋骨、二、三本やられたかもしんない。

 めちゃくちゃ痛い。

 けど骨を断って肉を焼いてやった。

 消し炭になりやがれ、ちきしゃーめ!


 背面から押し寄せた業火に包まれ、あっという間に火だるまになるガチデス。

 こんなこともあろうか、と背嚢は入り口付近に投げておいたのだ。

 そして私が立っていた位置に来たガチデスに対して部屋に入った時に仕掛けておいた炎剣(レッドオブフレイム)の能力を発動させた。

咲き誇る紅き大輪(インストールフレイム)】は魔力を燃料とした炎を噴き出すことが出来る。魔力さえ蓄積させておけば、離れていても今のように遠隔操作で発動が可能な一種の固定砲台なのだ。

 ま、一回だけしか撃てないから使い所が難しいんだけど。


 ガチデスが仰け反りながら燃えている間に私は倒れたままの状態で背嚢に結んでおいたロープを手繰って……


「フンッ! 小賢しい真似を! だが剣という武器全てを失ったお前にもはや勝ち目は無ねぇ。終わりだ、エルセティィィィ!」

「燃えながらも炎剣をへし折り消火、か。『剣の天敵(ソードクラッシャー)』の面目躍如ってところかしらね。しかし随分と辛そうですこと、うふふふ」


 背嚢の影に隠れて聖骸布で包まれた剣をこっそりと取り外し……


「口はまだ達者だな。しかしそれもここまでだ。次は容赦無く、骨という骨を、この拳で文字通り粉砕してやる!」

「はっ、こんがり丸焼きになったハゲイがよく言うわ。余裕が無くなっているのがモ・ロ・バ・レ。いつもの口癖に口調が無くなっているわよ?」

「……うるさい、黙れ」


 ゆっくり……ガチデスに声の震えを、切っ先の聖骸布を捲り取るの気取られないように準備する。


「口癖がなくなると限界が近い……アンタらの見たくもない行為を無理矢理見させら、聞かされた私達女の間じゃ周知の事実だったんだけど、ヤってる本人達は知らないっていうね、笑い話にもなんないわ」


 実際、盗賊団として仕事をしている時もたまにガチデスは口癖がない時があった。

 正規の騎士団や冒険者、思っていたより相手強すぎてピンチの時は逆に挑発するなどして誤魔化していた。男連中は騙せても私には限界が近い事が分かっていた。

 大概、そういう時はすぐに部下達をけしかけて全員で袋叩きにするといった逃げ方でその場を凌いでいたものだ。


「うるさい、うるさい、うるさいッ!! エルセティ、お前は殺す! 絶対に殺す! 必ず殺す! 人の形が無くなるまでこの拳でぐちゃぐちゃにすり潰してやるッ!!」


 ダメージを与えてから挑発して怒りで我を忘れさせれば勝機も出てくるかと思ったんだけど……うーんまずい、非常にまずい。

 昔の事なんてこの数年、すっかり忘れていたのに思い出せば出すほど、ガチデスに教育された時の恐怖を思い出して身体が震えてきた。


 今の私は言ってしまえば瀕死に近い。

 魔力は尽きかけ、肋骨は数本折れ、使い慣れた武器も無い。おまけに忘れていた白薔薇盗賊団時代に植え付けられたガチデスに対する恐怖をだんだんと思い出して震えからまともに身体を動かせない始末。

 今、攻撃されれば確実に死ねる。

 軽く小突かれて、倒されたらきっと心も折れてもう立てない。


 だからといって死ぬわけにはいかない!

 今死んだらリズ姉さんが絶対悲しむ。あの優しいリズ姉さんを悲しませるわけにはいかない! 悲しませたく無い!

 だから、だから私はまだ、死ねないんだ!!


『…………いい覚悟じゃねぇか。ピンチはチャンスでもある。どんな時でも死中に活を求めろって教えてたろ?』


 ……ブロン?

 今、ブロンの声が聞こえたような?


『諦めるな。諦めてしまえば見えるものも見えなくなる』


 ブロンだ。

 やっぱりブロンだ!


『あぁ、大丈夫だエルセティ。お前ならいける。はっ、そんな顔すんなよ。俺はお前の心にいる。ずっといる。そんでまたいつか、きっとどこかで、な……だからもう振り返るな。前だけを向いて行け。顔を上げろ。歯を食いしばれ。そして立ち上がれ。今こそ、あのくっだらねぇクソッタレな過去と……決別して来いッ!』


 ブロンが、後ろにいる。

 いてくれる。聞こえる。力強い。

 背中が暖かい。

 後ろで私の肩をしっかり支えてくれているのだと確かに感じる。


「わかったよ、ありがとうブロン」

「なにぐちゃぐちゃ言ってんだぁぁぁぁぁ! さっさと逝っちまいなぁぁぁぁぁぁッ!!」


 心が、身体が、嘘のように軽くなって震えが止まった。

 いける。

 これなら、いけるッ!


 ガチデスとの因縁を終わらせるため、私は身体を起こした。

 

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