第十四話
「はぁ、はぁ……まったくなんなのよ、こいつらは! 集団でこの儚げで可憐でか弱い乙女の私を襲うとか最低も最低、下衆の下衆ね!」
私の頬を一筋の汗が伝う。
後ろには心臓を一突きにされたり、首を刎ねられたり、細切れにされた見るも無惨なゴブリン達とオーク達の死骸の山が築かれていた。
絶叫の後、私はオークキングへ飛びかかりそのにやけ面の首を一息で刎ね、勢いそのままゴブリンキングも両断してやった。その後、雪崩のように覆い被さろうとしてきた奴らをただひたすら無心で斬って刺して刎ねた後、めちゃくちゃ自衛した。
天井の数字 【0:1:0】
やっと最後の一匹を始末してその場にへたり込む。
「あ、あははは、まだ震えてる。初めてがゴブリンもしくはオークとか最悪よね。全部始末したし、もう剣を離しても……ってあれ? おかしいな? 剣から手が離れないや」
どうやら自分が思っていた以上に緊張して剣を握り込んでいたらしい。頭では『もう戦闘は終わり。剣を離しても大丈夫』と信号を送っているのに肝心の身体の方の緊張が続いていて言う事をなかなか聞いてくれなかった。
剣を離すことが出来たのは落ちていた魔石を背嚢に詰めれるだけ詰め終わった時だった。
片手では正直やりにくかったがそんな状態で先に進むかにもいかず、気晴らしを兼ねて詰めていくうちに襲ってくる魔物を倒した実感をようやく得られたようで剣を離すことが出来た。
「普通に魔物を討伐するのは何ともないのに。違う意味で襲われるってこんなに怖いものなんだね……ふぅ、よし。もう大丈夫。行ける」
魔物は全て魔石になり、騒がしかった部屋内も静まりかえっている。
斬り落とした部位はもうすでに迷宮に取り込まれ、肉片の一片も落ちていない。
魔石はまだまだ落ちているがこれ以上は持ち帰れないので放置だ。そのうち魔石も迷宮に取り込まれるだろうが仕方ない。
ゴブリンキングとオークキングの魔石の側に落ちていた棒状の金属を手に取る。
「多分コレが『鍵』、なんだよね? 何というか、模様が入った取っ手付きのただの棒にしか見えないんだけど『鍵』なんだよね? 大丈夫だよね? これが罠だったら許さないよ?」
ゆっくりと『鍵』を穴に差し込み、回す。
「……?」
何の手応えもなければ音もなく、反応もない。右に左に回してみてもクルクルと回転するだけで何も変わらない。そこでもう一本の『鍵』ももう一つの穴に入れてみるがこれも反応無し。
同時に入れたり、左右逆にしたり、何度も抜き差ししてみるが全く扉は開かなかった。
「も〜何よこれぇ。どうやったら開くのよ、この扉は!」
何をどうやっても開かない扉に対して次第に苛立ちが募り、つい片方の『鍵』を差し込んだまま『鍵』をビンタするように叩いてしまった。
すると『鍵』を差し込んだ方の扉が音もせずスーと横に滑る。
「…………え?」
半分だけ全開になった扉を前に思考が固まる。
「……」
不意に身体が勝手に動き、残った扉を横から叩く。すると動き始めに少し引っかかりがあったが残りの扉も音を立てず横に滑り、扉は全開となった。
「……開き戸じゃ無いんかい! 引き戸とかふざけんなぁぁぁぁっ!!」
私は誰もいない部屋で一人絶叫するのだった。
その後、苛立ち半分興味半分で扉を調べてみると今回の扉は一度開けた後でも開閉可能。閉めている時はこれまでの開き戸のように押そうが引こうが開かない。
逆に扉に刻まれている凹凸を利用すれば、『鍵』はなくてもスライドさせることができると言うことがわかった。
しかも裏側にはコの字型の閂が数個あり、表同様の穴に差し込めば扉をロックさせられるということもわかった。
つまり……さっさとこの扉の反対、通路側に行ってロックさせてしまえばそれで終了だったのだ。
あんなゴブリンやオークの群れと貞操の危機を、恐怖を感じながら戦うこともなかったのだ。
さらに言えば、この二本の棒はどうやら取っ手としての役割しか無さそうということもわかり、脱力感に見舞われた。
「はぁ、これは魔石が手に入ったことを良しとするしかないわね。気持ちを切り替えて次の部屋に行きましょ」
通路を抜け、次の扉を用心深く開く。
「床良し! 左右の壁紙良し! 天井良し! 後ろ良し! 室内良し!」
何も無い?
ほんと?
油断させといて部屋に入ったら何かあるんでしょ? 私はわかってるのよ?
これまでのことを考えたら、こんな魔力灯があるだけの何も無い部屋なんて罠でしょ? でしょ?
え? ホントに何も無いの?
入口の反対側にあった扉まで辿り着いて普通に開いたよ?
わかった! この扉自体が罠なのね!
そうと分かれば、今度は騙されないわよ!
「…………あー扉以外なーんにも無いわ」
結構時間をかけて部屋の中を慎重に調べてみたが拍子抜けするくらい本当に何も無かった。
仕方ないので半信半疑ながら扉を抜けて次の部屋を目指した。
「………………また?」
次の部屋も同じだった。
魔力灯に煌々と照らされるだけの何も無い部屋。罠を警戒して慎重に歩いても何も無い床。そして普通に押せば開く扉。
ここまで何も無いと逆に怖い。
と思っていたが扉を開いた通路の先にある光景を見てそれまでのことが全部ぶっとんだ。
「は、ははっ、やっとやっと着いた。この迷宮を迷宮足らしめる迷宮主。迷宮主の扉!」
迷宮主を討伐すれば帰り道が現れる。
この鬱陶しい仕掛けでいっぱいの迷宮からオサラバ出来る。
そんな気持ちで気持ちが高揚していた私はこれまでの倍の幅、倍の高さの噂に聞くまるで王城の如き豪奢な扉を必死に押し開けた。
この先に待ち受ける最後の罠のことなど微塵も考慮せずに……。