第十三話
「えと……どゆこと?」
部屋の天井付近には【500:1:500】という謎の数字が浮かび、目の前には金属製の間仕切りというか壁がある。
間仕切り、と思ったのは壁の上に空間があるから。つまり壁の向こう側にも何らかの空間が広がっているはず。
今いるこの部屋は扇のような形状をしており、目の前の直線部分が間仕切りになっている。
そして壁の一部にまたしても大きく表示されている数字。
30から始まり、一秒毎に1つずつ少なくなっていく。
「おのれ、次の部屋の扉に触れたら即落とし穴とか! 二回目からさっきまで何にもなかったから完全に油断してたわ」
そう、動く床の部屋を抜けて次の部屋の扉を開けたら通路の床が抜けた。また落とし穴に落とされたのだ。
今度はヌルヌル滑り台ではなく、割とすぐに着地できた。
真上には落とし穴があったがもう塞がっている。
周りを見渡しても見る限り扉などの道は無い。
そうして部屋の状況を確認していると数字が20を切る。すると——
「え? え? ゴブリン? 反対側にはオーク?」
金属製の間仕切りが格子状に変形。
左手側にゴブリンの群れが、右手側にオークの群れが息を荒くして武器を構えていた。
ゴブリン、オーク共に互いを意識、敵意剥き出しで威嚇しあっていたが、間仕切りが変化して私という存在に気が付き、ゴブリンとオークその両方が私の方を見る。
……一瞬の静寂がこの広い部屋を包んだ。
直後、それはどちらが発したのだろうか?
はたまた両種族共かもしれない。
先ほどの威嚇とは比べものにならない怒号が響き渡る。
「うっるさっ! こんな密閉された空間で騒ぐなっての! いったいなんでいきなりそんなに興奮し始めるのよ……ひゃっ! こ、こいつら騒ぎ始めたのはそういうことか!」
ゴブリン、オークと言えば基本的にオスしかいない。繁殖するためには人型種族のメスであればどんな種族でも拐って苗床にするという習性がある。
なので冒険者は言わずもがな、全種族の女性陣から忌み嫌われている魔物なのだ。
そんな魔物達が全匹私の方に目を向けて、下半身をいきり立たせているんだから身の危険を感じないわけがない。
「え、ちょっと待って。あの減っている数字ってもしかしてゼロになったらこの間仕切りの格子がなくなる、とか? 嘘でしょ……?」
ゴブリン、オークの皆さんは格子がまもなく無くなることがわかっているのだろうか?
いや単純に目の前にいる絶世の美女であるこの私に興奮しているのだろう、きっとそうに違いない。
格子を掴むスペースがなくなるほどの勢いでこちらに群がっているのでとても絵面が酷い、汚い、臭い。
あ、先頭でしゃがんでいたゴブリンが味方に踏み潰されて死んだ。
天井付近にあるゴブリン側の数字が500から499に変わる。
え、ちょっと待って?
もしかしてあの頭上にある数字って『ゴブリン 対 私 対 オーク』って意味なの?
嘘でしょ?
単純に考えればあいつら武器持って威嚇し合っていたし、間仕切り無くなって話し合いで平和に解決、とか出来る相手じゃないし、なんかさっきよりも鼻息荒くなってるし、こんな発情しているナ魔物とか最悪なんですけどぉー!!
正直、戦うことすら拒否したい!
関わり合いになりたくない!
次の部屋の扉、お願いします!
ゴブリンやオークは人を襲うし、女性を攫う。それはわかる。
これまで何体も普通に討伐して来たし、攫われた女性の救出も経験がある。
それでもこんなあからさまに一部分がヤる気マンマンな奴らは初めて。
「こうなったら風剣で先制攻撃して少しでも数を減らす! 【刃となりて喰い破る】!」
間仕切りの縦の格子に対して平行に風剣を振るう。
魔力の刃は空気を切り裂きながら飛んでいき、先頭にいたゴブリン達を両断する。
いつもであれば敵を両断した刃はそのまま敵の後方へとしばらく飛んでいくのだけど、あまりのゴブリン達の密度に威力が減衰されてすぐに消滅してしまう。
天井付近のゴブリン側の数字は499から494になっている。
「まずい、もう時間が無い!」
魔力の減りは考えず、間仕切りがあるうちに少しでも数を減らしたかったのでゴブリン、オークに向かって遮二無二に風の刃を飛ばしまくった。
「たあぁぁぁぁぁっ!!」
天井の数字 【441:1:468】
駄目だ、風の刃を飛ばしても飛ばしても手前の死骸が邪魔をして有効打が少なくなってきた。全然数字が減らない。
あぁ、目の前の数字がゼロにな……った。
「ひ、ひえぇぇぇぇっ!」
くっそ、あいつら一目散に私の方へ駆け出して来やがって!
ゴブリンもオークも目が血走って怖いんだよ! 私の貞操の危機感半端ないんだよ!
あ、オークの先頭いた奴が転んだ。後続がそいつを踏み付け……たらバランスを崩して倒れて後続を巻き込まれて転倒。最前線はもうグチャグチャだ。
でもこれはチャンス!
すぐさまオーク側に風の刃をを滅多撃ち。
前線でもたついていた奴らの息の根を止めつつ、混乱しているオークの手薄そうな壁際に飛び込んで強行突破。
抉り魔斬月で殲滅しながら進んでもよかったがあえてフェアリーカットで最小限のオークだけを始末して混乱の最中を華麗にすり抜ける。
おかげでオーク達とゴブリン達に気付かれず、後ろを取ることができた。
今頃奴らはそこにいない私を求めて見にくい争いを起こしているだろう。
あぁ、私ってばなんて罪なお・ん・な。
天井の数字 【410:1:398】
うん、減ってる減ってる。
このまま大人しくしていたら、共倒れになって終わんないかな……?
おや? よく見れば次の部屋に繋がると思われる扉があるわね。
あー駄目だ、押しても開かない。
今までの扉は押したら開いたのになんで?
ん? よく見ればこの両開きの扉、右側と左側に穴がある……もしかして、これ形的に鍵穴?
部屋にはゴブリンとオークの群れ。
扉には鍵。鍵穴が二つ。
そして減っていくゴブリンとオークの数を表していると思われる数字。
「……つまり全部倒して生き残れってこと、ね」
この部屋であいつらを見かけた時からそんな予感はしてた。
合計千体倒すのはキツいけど、この状況ならここで静かにしておけば勝手に減っていってくれる……はず。
もうしばらく大人しくしていようっと。
「ギ? ギギァー!」
——とか思っていたそばからゴブリンの最後方の奴に気付かれた。
奴は角笛で周囲の敵味方に私の存在を知らせ始める。
だが残念。
ゴブリンとオークの戦いは先頭集団だけでなく、とうの昔に側面にいた奴らも互いを見つけて開戦しており、おおよそ半数ががっつり戦闘状態になっている。
奴らに目の前の敵を放っておいて私に照準を合わせ直すなんて芸当は出来ない。
実際、私に気付いて向かってくる奴は後方にいて隙を持て余して周囲に目をやっていたやつくらいなのでゴブリン、オーク共に少数だ。
さらに言えば、その少数すらも私の方に向かってくる途中に互いを見つけ合い、戦いが始まっている。
これなら各個撃破は余裕ね。
天井の数字 【267:1:324】
お、身体能力の差でゴブリンが押され始めたのかな?
一度劣勢の流れになったらよほどのことがないと巻き返しは不可能よね。
このままゴブリンが身体能力と数に押されて全滅する運びとなるか?
私が介入して数を調整してもいいけど、それでターゲットが移ったら目も当てられないのよね。
ま、今のまま慌てず騒がず一休みしながらのんびり行こう。
ゴブリンとオークの戦いを眺めたり、近くに転がっている魔石を回収している。
ゴブリン、オークの素材については多すぎて持ち帰れないので放置。そのうち迷宮が吸収するでしょ。
あっちの阿鼻叫喚のエリアは死骸ゴロゴロなだけにかなりの数の魔石が見込めるけど、踏まれて割れたりしてるし、行けば間違いなくターゲットになるから今は無理無理。
なのでたまに私に気付いて向かってくる個体をサクッと仕留めるだけの簡単なお仕事を遂行中。
天井の数字 【199:1:301】
それはゴブリンの数が二百を切った時に起こった。
ゴブリン側の天井に魔法陣が展開。
そこから一回り大きい個体が五体落ちて来た。
「あれ、もしかしてゴブリンジェネラル!?」
負けている側への戦力の補強なのだろうか。
ゴブリン側はジェネラルを先頭に先ほどまでの烏合の衆から統率の取れた軍隊に早変わり。瞬く間に陣形を築き、有利な形へオーク達を誘い込んでいった。
天井の数字 【183:1:208】
みるみる間が詰まっていく。
ゴブリンがオークを駆逐していく光景は見ている分には爽快だったがいざ自分が当たるとなると厄介なことこの上ない。
「あのジェネラルを仕留めないとオーク側はどうしようもないわね」
ジェネラルに率いられたゴブリン達は私の方に見向きもせず、オーク達に攻勢をかけている。
逆に戦意を失ったオークが戦線を離脱して私の方に来て討ち取られる始末だ。
天井の数字 【167:1:149】
ゴブリンとオークの数字が逆転して程なく、オーク側が150を切った時にそれはまた起こった。
今度はオーク側の天井に魔法陣が展開。
一体だけだが通常のオークの倍はありそうな黒いオークが降りて来た。
「オークもジェネラルの登じょ……ってあれキングじゃないの!? ジェネラルすっ飛ばして!?」
法則性はわからないけど、オーク側はオークキン
グ様の御登場。
オークキングの特徴である【眷属の凶戦士化】が起こり、オーク達は狂ったようにゴブリンへと突撃。ゴブリン達の陣形を力で強引にねじ伏せていく。
あっという間に戦況が逆転。
またしてもオーク優位の状況になった。
天井の数字【99:1:125】
「お、今度はゴブリン達か。やっぱり流れ的にキングのご登場?」
ゴブリン側の天井に魔法陣が再度現れて予想通りキングが降臨。
このままシーソーゲームで共倒れしてくれないかなと淡い期待を持ちながら、戦いを眺めているとなにか様子がおかしくなっていることに気付いた。
「なんだか数字の減りが緩やかになったような?」
さっきまでジェネラルやキングが参戦するたびに互いの数字が急激に減っていたけどゴブリンキングが現れてから減りが遅……というより動いてない?
え、止まってる?
「ゴブリンとオークの群れが割れて……ゴブリンキングが、一人で前に出るの!? え、オークキングも出てきた!? いったいどうなってんの?」
双方の眷属が見守る中、子供と大人以上の背丈の差があるゴブリンキングとオークキングはしばらく無言で睨み合っていたかと思うと突然、両者が動いた。
両者の出した拳と拳がぶつかり合い、互いの中間地点で激しく火花を散らす。
やはり大将同士の頂上決戦で勝敗を決めるのか、と固唾を呑んで見守っているとどうにも様子がおかしい。
「なんで動かないの? ううん、ちょっと待って。そもそもゴブリンキングとは言えオークキングの力と拮抗出来る力なんてないはず。なのになんで互角なのよ? あ、あれ拳と拳がぶつかってるんじゃなくて……もしかして握手、してるぅ!?」
ゴブリンキングとオークキングがその手を離すと同時に私の方に向かって見るもおぞましい醜悪な笑顔を向けてくる。
「ちょっと、待って。その汚い笑顔のまま、腰を落として両手を広げて近寄って来ないでって。ちょ、全員その姿勢で私を取り囲もうとするのは止めなって! ……い、い、嫌ぁぁぁああぁぁぁぁぁああああ!?」
私の絶叫が部屋中に木霊するのだった。